イベント《ルーシー side》
◇◆◇◆
────時は少し遡り、生徒会室を辞した直後のこと。
私は足早に階段を降りて、校舎裏へ向かっていた。
目的は言うまでもなく、イベントのため。
別にここまで急ぐ必要はないんだけど、どうも焦っちゃって。
居ても立ってもいられなかった、というか……。
妙に早い鼓動を前に、私は『落ち着かなきゃ』と考える。
自分の精神状態が、どうシナリオに影響するか分からないため。
きっとフラグクラッシャーのリディアほどではないだろうが、油断は出来ない。
というのも、今回のイベントはゲームでも成功率低めだから。
失敗しても大した影響を受けない分、難易度は高く設定されているの。
つまり、上級者向け。
ただ、これをクリアすると魔王戦でめちゃくちゃ楽が出来る。
だから、何としてでも成功させたい。
正面玄関から外へ出た私は人集りを一瞥し、小さく深呼吸する。
『出来るだけ、いつも通りに』と言い聞かせ、校舎裏へ足を運んだ。
普段と違い、なんだかヒッソリしたような雰囲気を感じながら、私は辺りを見回す。
今回のイベントの最重要人物────妖精を探すために。
イベントの大雑把なあらすじは、こう。
人間の文化に興味のある妖精がアントス学園の学園祭を訪れ、あちこち見て回る。
でも、途中で迷子になってしまうの。
人に道を尋ねようにも誰も居らず、困り果てていたところにヒロインが通り掛かるという訳。
そこでヒロインに助けられ、妖精は感謝の印にとあるアイテムを授けるのだ。
やること自体はそこまで難しくないし、比較的平和。
でも、気をつけなきゃいけないのが────妖精には、人の心を見抜く力があること。
『見抜く』と言っても、考えていることを言い当てるほどのものじゃない。
ただ、喜怒哀楽を感じ分けられるだけ。
とはいえ、人の邪な感情を判別したり嘘を暴いたりするには充分。
だから、出来るだけフラットな精神状態でありたかった。
『妖精に警戒されたら困るし……』と思いつつ、私はキュッと唇を引き結ぶ。
気を紛らわせるためにリディアとの思い出を思い浮かべ、テクテクと歩き回った。
『ここでチョコを食べながら、女子会したなぁ』と考えていると、
「────もし、そこのお方」
と、声を掛けられた。
反射的に後ろを振り返る私は、思わず『やった!』と言いそうになる。
だって、そこに居るのは間違いなく────妖精のフィリアだから。
『ゲームの立ち絵とそっくり!』と浮かれつつ、何とか表情を取り繕う。
「はい、何でしょうか?」
ゲームでヒロインが放ったセリフをそのまま真似て、私は対話に応じた。
すると、フィリアは緩やかに口角を上げる。
「実は道に迷ってしまって、困っているんです。もし、お時間に余裕がありましたら正門まで送っていただきたいのですが」
白いローブから覗く手を胸元に当て、フィリアは『頼めませんか?』と問う。
ゲームと同様とても礼儀正しい彼女は、黒い帯に隠された目をこちらへ向けた。
確か妖精は虹眼と言って、とても珍しい色彩の目をしているから隠しているのよね。
人間に正体がバレれば、利用されるかもしれないから。
妖精という種族は魔力量が人並み外れている上、長寿だから狙われやすいの。
あと、すっっっごく美人。
『全体的なイメージはエルフに近いかも』と思いつつ、私は柔らかい笑みを浮かべる。
少しでも、警戒心を解そうと思って。
「もちろん、構いませんよ。ちょうど、暇をしていたところなので」
「あら、本当ですか?では、よろしくお願いします」
大人の女性を彷彿とさせる妖艶な笑みを零し、フィリアはお辞儀した。
その際、フードに詰め込んでいた艶やかな金髪が零れ出る。
が、直ぐにサッと仕舞った。
先程より深くフードを被っているフィリアの前で、私はクスリと笑みを漏らす。
「美人さんは大変ですね」
「えっ……?」
「一生懸命隠してらっしゃいますけど、滲み出るオーラが段違いですよ」
心の底からそう思い、私は容姿を褒めちぎった。
本当はもっと言いたいくらいだが、ヒロインの言動を心掛けているため断念。
ただ、心の中の声までは制御し切れなかった。
グローブまで嵌めて徹底的に肌を隠しているのが、いいよね!
禁欲的で、逆に唆られるというか!
しかも、フィンガーレスだし!
中指に引っ掛ける形のグローブを見つめ、私は『オシャレ〜』と心の中で呟く。
────と、ここでフィリアは真っ赤になりながら下を向いた。
「う、嘘をついている訳ではなさそうね……」
独り言のつもりかボソリと呟き、フィリアは口元を押さえる。
そしてしばらく悶々とすると、おもむろに顔を上げた。
どことなく緊張した面持ちでこちらを見据え、フィリアは慎重に言葉を紡ぐ。
「本当は最後まで知らないフリを貫こうと思ったけど、貴方────私のことを知っているでしょう?」
「!!」
突然核心を突かれ固まる私に、フィリアは呆れたような笑みを浮かべた。
『分かりやすいにも程があるでしょう』とでも言うように。
「やっぱりね。貴方ずっと誰かを探している様子だったし、私を見つけたとき凄く嬉しそうだったから」
社交モードから素に戻ったのか、フィリアはタメ口で話してきた。
表情もさっきより人間味があり、どことなく親近感を覚える。
が、それを喜んでいる暇などなかった。
「じゃ、じゃあどうして声を掛けてくれたんですか……?」
至極当然の疑問をぶつける私に、フィリアはクスリと笑みを漏らす。
「貴方から、悪意を感じなかったからよ。それにあそこまで一生懸命探されちゃ、放っておけないでしょう?」
やれやれとでも言うように肩を竦め、フィリアは『子供に弱いのよ、私』と述べた。
かと思えば、スッと真剣な顔付きに変わる。
雰囲気もどこか暗い……というか重くなり、こちらにプレッシャーを掛けてきた。
「じゃあ、次はこっちから質問ね。どうして、私を探していたの?」
「それは……」
思わず口篭る私は、どう返答しようか迷う。
いっそ黙秘権を行使しようかとも思ったが、そんなことをすればフィリアの信用は勝ち取れない。
もしかしたら、『案内の話はやっぱりなしで』と言われる可能性だってあった。
話してみた限り、素のフィリアは押しの強い子だ。
そのまま流されて、案内を……とは、ならない筈。
キッパリ断らなきゃいけない場面で、尻込みするタイプには見えない。
だから、フィリアの納得する理由を言う必要があるんだけど……嘘や誤魔化しは通用しないだろう。
妖精だもん。
となると、選択肢は一つしかない訳で……。
「分かりました。全て正直にお話します。でも、絶対に他言無用ですからね」
「ええ、もちろん」
二つ返事で了承するフィリアは、ゆるりと口角を上げた。




