学園祭当日
◇◆◇◆
────準備期間に入ってから、早一ヶ月。
多少のトラブルはありつつも、何とか満足のいく出来に仕上がり、あとは本番を待つのみとなった。
ふぅ……ちょっと緊張してきたわね。
あれだけ練習したんだから大丈夫だと思うけど、本番でミスしないか心配だわ。
学園祭の開会式を終え、早速衣装に着替えた私は戦々恐々とする。
出番もセリフも少ない役とはいえ、不安は尽きないから。
『ちゃんと出来るかしら?』と嘆息し、私は仮面をじっと見つめた。
────と、ここでピンクのドレスに身を包むルーシーさんが現れる。
「リディア、貴方のご両親最前列に居るよ。ついでにニクスとリエートも」
『ほら』と言って舞台袖から手前側を指さし、ルーシーさんは肩を竦めた。
「相変わらず、愛されているね」
呆れ半分に溜め息を零し、ルーシーさんはスッと目を細める。
「大人組は今日のために頑張って、予定を空けてきたらしいよ」
「えっ?」
思わず声を上げる私に、ルーシーさんは悪戯っぽく笑った。
かと思えば、『あっ、これは秘密にしてね』と耳打ちしてくる。
どうやら、極秘事項だったらしい。
そっか。お父様達は本来であれば、アイテム収集や四天王の討伐に明け暮れている筈だものね。
「これは頑張らないといけませんね」
『絶対に失敗出来ない』というプレッシャーを感じながら、私はギュッと手を握り締めた。
すると、ルーシーさんに軽く背中を叩かれる。
『その意気だ』とでも言うように。
「────皆、そろそろ出番だよ。準備して」
タキシードのような格好で現れたレーヴェン殿下は、僅かに声を張り上げた。
『開演五分前だ』と告げる彼に促され、私達は慌てて初期配置につく。
照明やセットの入れ替えを担当する裏方の方々も、最終チェックに入った。
────さあ、いよいよ開演ね。
手に持った仮面を被り、私はローブの袖に手を隠した。
その刹那、開始の合図であるブザーが鳴り響く。
一瞬にして静まり返る会場を他所に、ステージの幕は開けた。
「むかーしむかし、あるところに美しいお姫様が居ました。見るもの全てを虜にし、動物にさえ好かれるお姫様はとても幸せに暮らしていました」
ナレーションのセリフに合わせて、ルーシーさんは愛想を振り撒き、ニコニコ笑う。
侍女役や執事役の子と手を繋いでクルリと回り、愛されヒロインを演出した。
そして、打ち合わせ通りヒロイン以外の子達は一旦退場する。
「そんなある日、お姫様のところに隣国の王子様がやって来ました」
その言葉を合図に、舞台袖からレーヴェン殿下が登場した。
名実ともに王子の彼は極自然にキラキラしたオーラを放ち、ルーシーさんへ近寄る。
と同時に、胸を押さえて固まった。
「嗚呼、なんて美しい人だ。良ければ、私の妻になって下さいませんか?」
蕩けるような笑みを浮かべ、レーヴェン殿下は手を差し伸べる。
しかも、跪いて。
これには、観客達も思わずうっとり。
『ヒロイン役の子、羨ましい』なんて声が上がる中、私はステージ上へ姿を現す。
「あら、いけませんわ、王子様。貴方の妻になるのは、この私です」
袖に手を隠した状態で腕を組み、私は偉そうに振る舞った。
その瞬間、何故か観客席の方から冷たい視線を感じる。
『なんだろう?』と思ってそちらに目を向けると、不機嫌そうな兄とリエート卿が居た。
『誰が誰の妻に、だって?』と苛立つ二人を前に、私は一瞬ギョッとする。
が、レーヴェン殿下に視線で促され、一先ず悪役を全うすることにした。
「そのような娘より、私の方がずっと王子様に相応しい。さあ、今すぐ考え直してください」
「申し訳ないが、私の心は既に彼女のものだ。君を選ぶことは出来ない」
「何故です?私はその娘より、役に立ちますよ。ほら」
天井に向かって手を伸ばし、私は風魔法と氷結魔法を同時に発動する。
まるで渦を巻くような吹雪に見舞われる天井を前に、観客達は『おお……!』と声を上げた。
二属性の魔法をこうやって混ぜ合わせるのは、珍しいからついつい反応してしまったらしい。
「私は誰よりも強く、偉大で美しい魔女です。それでも、外見しか取り柄のない娘を選ぶと言うのですか」
胸元に手を添えてレーヴェン殿下に迫り、私は魔法を解除した。
フッと止まった吹雪を前に、レーヴェン殿下は立ち上がる。
「そういう君は何故、私を好きになってくれたんだい?」
「それは貴方が清く、優しく、美しい青年だからです」
脚本通りに一歩前へ出て、私は両手を広げた。
「実験に失敗して醜い姿となってしまった私を、慰めて下さったのは貴方だけ。だから、どうか私を選んでください」
「すまない。やはり、君の気持ちには応えられない」
ルーシーさんの肩をそっと抱き寄せ、レーヴェン殿下は困ったように笑う。
────と、ここで兄とリエート卿がガッツポーズをした。
『よくやった、王子!』とでも言うように。
珍しいわね。お二人がこんなに白熱というか、夢中になるなんて。
演劇には興味ない、と仰っていたのに。
過去の発言を思い返しつつ、私は広げた両手をそのまま持ち上げる。
「嗚呼、恨めしい……恨めしい……」
独り言のようにボソボソ呟き、私は光魔法で雷を演出した。
赤、黒、紫と様々な色を使って。
「外見しか取り柄のないくせに出しゃばる小娘も、私の初恋を奪っておきながら他の女に走る王子も……全て憎い!」
低く唸るような声でそう言い、私は次の魔法を準備する。
その間、何故か兄とリエート卿から『いいぞ、やっちまえ!』という声援を受けたが……一先ず、スルー。
とにかく、目の前のことに集中しようと思って。
「二人とも仲良く地獄に落ちるがいい!」
目いっぱい声を張り上げ、私は両手を下ろした。
と同時に、冷気が二人を襲う。
「危ない、姫……!」
すかさずルーシーさんを庇ったレーヴェン殿下は、冷気に当てられ気絶した。
無論、フリである。
ちなみにあの冷気で、健康を害される心配はない。
『当たったら、ちょっと冷たい』程度。
「お、王子様……!」
床に倒れたレーヴェン殿下へ駆け寄り、ルーシーさんは涙ぐむ。
ここ数週間の特訓の成果を見事発揮し、ボロボロと泣き始めた。
『す、凄い!ルーシーさん!』と感心しつつ、私は再び両手を上げる。
「一人だけ生き残るのは、辛かろう。直ぐにそなたも王子のところへ送ってやる」
「きゃー!誰かー!」
レーヴェン殿下に上から覆い被さり、ルーシーさんは助けを呼んだ。
すると、舞台袖から侍女役や執事役の子達が現れ、私に攻撃を繰り出す。
かなり控えめに。
「こ、この魔女め……!」
「お姫様には近づけませんよ!」
「ふんっ……小癪な真似を」
こちらも魔法で応戦……しているように見せかけながら、数歩後ろへ下がる。
と同時に、天井を見上げた。
ルーシーさんの話によれば、終盤で照明が落ちてきて怪我を負うのよね。
だから、注意して見ておかないと。
『こういうフラグは折るに限る』と思いつつ、暫く使用人役の子達と交戦を繰り広げる。
────と、ここでルーシーさんがレーヴェン殿下を抱き締めた。
「嗚呼、王子様……どうか、目を開けてください。私はまだ告白のお返事も出来ておりません」
膝の上にレーヴェン殿下を載せ、ルーシーさんはポロポロと涙を流す。
「もし、もう一度お話出来るなら……私は貴方様に全てを捧げます」
レーヴェン殿下の頬に手を添え、ルーシーさんはそっと顔を近づけた。
それを合図に、暗転。
あっ、そろそろかしら?
ある一点を見つめながら、私は魔法の発動準備に入った。
と同時に、照明はつき────
「王子様はお姫様の口付けにより、目を覚ましました」
────ルーシーさん目掛けて、落下する。
このまま放っておけば、十秒もしないうちに大事故へ繋がるだろう。
少なくとも、笑い話では済まされない筈。
だから────私は風魔法で照明を一度、跳ね飛ばした。
『早くどこかに固定しないと』と思案する中、劇はいつの間にか魔女を倒すシーンへ入る。
「魔女よ、そこまでだ。これ以上、君の横暴を許す訳にはいかない」




