表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/91

学園祭当日

◇◆◇◆


 ────準備期間に入ってから、早一ヶ月。

多少のトラブルはありつつも、何とか満足のいく出来に仕上がり、あとは本番を待つのみとなった。


 ふぅ……ちょっと緊張してきたわね。

あれだけ練習したんだから大丈夫だと思うけど、本番でミスしないか心配だわ。


 学園祭の開会式を終え、早速衣装に着替えた私は戦々恐々とする。

出番もセリフも少ない役とはいえ、不安は尽きないから。

『ちゃんと出来るかしら?』と嘆息し、私は仮面をじっと見つめた。

────と、ここでピンクのドレスに身を包むルーシーさんが現れる。


「リディア、貴方のご両親最前列に居るよ。ついでにニクスとリエートも」


 『ほら』と言って舞台袖から手前側を指さし、ルーシーさんは肩を竦めた。


「相変わらず、愛されているね」


 呆れ半分に溜め息を零し、ルーシーさんはスッと目を細める。


「大人組は今日のために頑張って、予定を空けてきたらしいよ」


「えっ?」


 思わず声を上げる私に、ルーシーさんは悪戯っぽく笑った。

かと思えば、『あっ、これは秘密にしてね』と耳打ちしてくる。

どうやら、極秘事項だったらしい。


 そっか。お父様達は本来であれば、アイテム収集や四天王の討伐に明け暮れている筈だものね。


「これは頑張らないといけませんね」


 『絶対に失敗出来ない』というプレッシャーを感じながら、私はギュッと手を握り締めた。

すると、ルーシーさんに軽く背中を叩かれる。

『その意気だ』とでも言うように。


「────皆、そろそろ出番だよ。準備して」


 タキシードのような格好で現れたレーヴェン殿下は、僅かに声を張り上げた。

『開演五分前だ』と告げる彼に促され、私達は慌てて初期配置につく。

照明やセットの入れ替えを担当する裏方の方々も、最終チェックに入った。


 ────さあ、いよいよ開演ね。


 手に持った仮面を被り、私はローブの袖に手を隠した。

その刹那、開始の合図であるブザーが鳴り響く。

一瞬にして静まり返る会場を他所に、ステージ(出し物)の幕は開けた。


「むかーしむかし、あるところに美しいお姫様が居ました。見るもの全てを虜にし、動物にさえ好かれるお姫様はとても幸せに暮らしていました」


 ナレーションのセリフに合わせて、ルーシーさんは愛想を振り撒き、ニコニコ笑う。

侍女役や執事役の子と手を繋いでクルリと回り、愛されヒロインを演出した。

そして、打ち合わせ通りヒロイン以外の子達は一旦退場する。


「そんなある日、お姫様のところに隣国の王子様がやって来ました」


 その言葉を合図に、舞台袖からレーヴェン殿下が登場した。

名実ともに王子の彼は極自然にキラキラしたオーラを放ち、ルーシーさんへ近寄る。

と同時に、胸を押さえて固まった。


「嗚呼、なんて美しい人だ。良ければ、私の妻になって下さいませんか?」


 蕩けるような笑みを浮かべ、レーヴェン殿下は手を差し伸べる。

しかも、跪いて。

これには、観客達も思わずうっとり。

『ヒロイン役の子、羨ましい』なんて声が上がる中、私はステージ上へ姿を現す。


「あら、いけませんわ、王子様。貴方の妻になるのは、この私です」


 袖に手を隠した状態で腕を組み、私は偉そうに振る舞った。

その瞬間、何故か観客席の方から冷たい視線を感じる。

『なんだろう?』と思ってそちらに目を向けると、不機嫌そうな兄とリエート卿が居た。

『誰が誰の妻に、だって?』と苛立つ二人を前に、私は一瞬ギョッとする。

が、レーヴェン殿下に視線で促され、一先ず悪役を全うすることにした。


「そのような娘より、私の方がずっと王子様に相応しい。さあ、今すぐ考え直してください」


「申し訳ないが、私の心は既に彼女のものだ。君を選ぶことは出来ない」


「何故です?私はその娘より、役に立ちますよ。ほら」


 天井に向かって手を伸ばし、私は風魔法と氷結魔法を同時に発動する。

まるで渦を巻くような吹雪に見舞われる天井を前に、観客達は『おお……!』と声を上げた。

二属性の魔法をこうやって混ぜ合わせるのは、珍しいからついつい反応してしまったらしい。


「私は誰よりも強く、偉大で美しい魔女です。それでも、外見しか取り柄のない娘を選ぶと言うのですか」


 胸元に手を添えてレーヴェン殿下に迫り、私は魔法を解除した。

フッと止まった吹雪を前に、レーヴェン殿下は立ち上がる。


「そういう君は何故、私を好きになってくれたんだい?」


「それは貴方が清く、優しく、美しい青年だからです」


 脚本通りに一歩前へ出て、私は両手を広げた。


「実験に失敗して醜い姿となってしまった私を、慰めて下さったのは貴方だけ。だから、どうか私を選んでください」


「すまない。やはり、君の気持ちには応えられない」


 ルーシーさんの肩をそっと抱き寄せ、レーヴェン殿下は困ったように笑う。

────と、ここで兄とリエート卿がガッツポーズをした。

『よくやった、王子!』とでも言うように。


 珍しいわね。お二人がこんなに白熱というか、夢中になるなんて。

演劇には興味ない、と仰っていたのに。


 過去の発言を思い返しつつ、私は広げた両手をそのまま持ち上げる。


「嗚呼、恨めしい……恨めしい……」


 独り言のようにボソボソ呟き、私は光魔法で雷を演出した。

赤、黒、紫と様々な色を使って。


「外見しか取り柄のないくせに出しゃばる小娘も、私の初恋を奪っておきながら他の女に走る王子も……全て憎い!」


 低く唸るような声でそう言い、私は次の魔法を準備する。

その間、何故か兄とリエート卿から『いいぞ、やっちまえ!』という声援を受けたが……一先ず、スルー。

とにかく、目の前のことに集中しようと思って。


「二人とも仲良く地獄に落ちるがいい!」


 目いっぱい声を張り上げ、私は両手を下ろした。

と同時に、冷気が二人を襲う。


「危ない、姫……!」


 すかさずルーシーさんを庇ったレーヴェン殿下は、冷気に当てられ気絶した。

無論、フリである。

ちなみにあの冷気で、健康を害される心配はない。

『当たったら、ちょっと冷たい』程度。


「お、王子様……!」


 床に倒れたレーヴェン殿下へ駆け寄り、ルーシーさんは涙ぐむ。

ここ数週間の特訓の成果を見事発揮し、ボロボロと泣き始めた。

『す、凄い!ルーシーさん!』と感心しつつ、私は再び両手を上げる。


「一人だけ生き残るのは、辛かろう。直ぐにそなたも王子のところへ送ってやる」


「きゃー!誰かー!」


 レーヴェン殿下に上から覆い被さり、ルーシーさんは助けを呼んだ。

すると、舞台袖から侍女役や執事役の子達が現れ、私に攻撃を繰り出す。

かなり控えめに。


「こ、この魔女め……!」


「お姫様には近づけませんよ!」


「ふんっ……小癪な真似を」


 こちらも魔法で応戦……しているように見せかけながら、数歩後ろへ下がる。

と同時に、天井を見上げた。


 ルーシーさんの話によれば、終盤で照明が落ちてきて怪我を負うのよね。

だから、注意して見ておかないと。


 『こういうフラグは折るに限る』と思いつつ、暫く使用人役の子達と交戦を繰り広げる。

────と、ここでルーシーさんがレーヴェン殿下を抱き締めた。


「嗚呼、王子様……どうか、目を開けてください。私はまだ告白のお返事も出来ておりません」


 膝の上にレーヴェン殿下を載せ、ルーシーさんはポロポロと涙を流す。


「もし、もう一度お話出来るなら……私は貴方様に全てを捧げます」


 レーヴェン殿下の頬に手を添え、ルーシーさんはそっと顔を近づけた。

それを合図に、暗転。


 あっ、そろそろかしら?


 ある一点を見つめながら、私は魔法の発動準備に入った。

と同時に、照明はつき────


「王子様はお姫様の口付けにより、目を覚ましました」


 ────ルーシーさん目掛けて、落下する。

このまま放っておけば、十秒もしないうちに大事故へ繋がるだろう。

少なくとも、笑い話では済まされない筈。

だから────私は風魔法で照明を一度、跳ね飛ばした。

『早くどこかに固定しないと』と思案する中、劇はいつの間にか魔女()を倒すシーンへ入る。


「魔女よ、そこまでだ。これ以上、君の横暴を許す訳にはいかない」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ