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釈然としない

「あの……申し訳ありませんが、詳しい説明をお願いしてもいいですか?正直、訳が分からなくて」


 何故、ペンキのことを予期していたのか。これも何かのフラグなのか。


 様々な疑問が脳裏を駆け巡り、私は困惑を露わにする。

『大体、どうしてそんなに冷静なの……?』と戸惑っていると、ルーシーさんは一つ息を吐いた。


「端的に言うと、本来受ける筈だった嫌がらせを事故の一環として受けているの」


「……えっ?」


「ほら、シナリオではヒロイン()いじめられているでしょ?だから、その補填的な?」


 『私も最近、気がついたんだけどね』と述べつつ、ルーシーさんは腕を組む。

と同時に、指先で顎を撫でた。


「これは私個人の見解だけど────イベントやフラグの時期と状況を変えることは出来ても、消滅は出来ないんだと思う。ある程度、シナリオの力は働いているんじゃないかな。少なくとも、私には」


 『貴方は何故か全く影響を受けてないけど』と肩を竦め、苦笑いする。


「まあ、とりあえずそういう訳だからブレスレットの運搬はよろしく」


「それは、はい。もちろん。でも、なんというか……釈然としないです」


 『どうして、ルーシーさんだけ』と不満に思う私に、彼女はスッと目を細めた。

ちょっと嬉しそうに。


「でも、悪いことばかりじゃないよ。このおかげで、学園祭当日の不安は多少和らいでいるし」


 『シナリオの力が働く=イベントが成立する』と捉えているのか、ルーシーさんは鼻歌を歌う。

ちょっと楽観的な気もするが、あまりグチグチ言ってもしょうがないので私は何も言わなかった。

『シナリオの力を阻害する方法を知っている訳じゃないし』と嘆息する中、ルーシーさんは歩を進める。


「ねぇ、あの二人って今どこに……きゃっ!?」


 ふとこちらを振り返ったルーシーさんは、見事階段を踏み外した。

これもシナリオの力によるものなのか、それとも単なるドジなのかは分からないが、とにかくピンチである。


「ルーシーさん……!」


 反射的に彼女の名前を叫び、私は風魔法を展開した。

生身じゃとても間に合わないし、今は両手が塞がっているから。

『ルーシーさんの体を傷つけないように』と注意しつつ風力を調整し、一旦彼女を跳ね飛ばす。

そう、トランポリンのように。


 焦っちゃダメよ、私。

まずはルーシーさんの体勢を整えないと。

着地はそれから。


 リエート卿ほど風の扱いが上手くない私は、『少しずつ高度を落としていって、ルーシーさん自身に着地を』と考える。

それが一番安全で、確実だから。


「ルーシーさん、落ち着いて着地体勢に……」


「────こんなところで、何をやっているんだ?」


 聞き覚えのある声が耳を掠め、私は勢いよく後ろを振り返った。

すると、そこには兄の姿が。

なんなら、リエート卿まで一緒に居る。

『助かった!』と安堵する私は、慌てて彼らの手を引っ張った。


「実はルーシーさんが階段から、落ちてしまって……!とりあえず上に避難してもらったのですが、見ての通り着地が……!」


「あー、それであんな格好に」


 『それは災難だったな』と言い、リエート卿はポンポンと私の背中を叩いた。


「もう大丈夫だから、安心しろ。ここから先は俺に任せておけ。よく頑張ったな」


 ニッと笑って一歩前に出るリエート卿は、下から何かを掬い上げるようにして手を動かす。

すると、柔らかい風が巻き起こり、ルーシーさんの体を包み込んだ。

かと思えば、ゆっくり……本当にゆっくり階段の踊り場へ降ろす。


 あれはクライン公爵家に転移した際、使っていたものね。

エレベーターみたいに安全で、驚いた記憶があるわ。


 無事に着地したルーシーさんを見下ろし、私はホッと胸を撫で下ろす。

『やっぱり、リエート卿の風魔法は素晴らしいな』と思いながら。


「ありがとうございます、リエート卿」


「助かりました」


「おう。無事で良かったぜ」


 グッと親指を立てて応じるリエート卿に、私とルーシーさんは笑顔を向けた。

和気あいあいとした雰囲気がこの場に流れる中、兄が声を上げる。


「それより、どこに行くつもりだったんだ?良かったら、送っていくぞ。またドジを踏まれても、面倒だからな」


「いや、もう事故りませんって!」


 『私の信用なさすぎ!』と嘆き、ルーシーさんは口先を尖らせた。

不満を露わにする彼女の前で、私は急いで間に入る。

言い合いにでも、発展したら困るため。


「いえ、私達はお兄様達を探していて……えっと、だから送ってもらう必要はありませんわ」


 『今、会えましたし』と語る私に、兄とリエート卿は首を傾げる。


「僕達に何か用か?」


「あっ!もしかして、宝石のことか?」


 『やっぱ、足りなかった?』と苦笑し、リエート卿は頬を掻く。

今にも追加発注を掛けそうな彼を前に、私とルーシーさんは首を横に振った。


「いえ、そういうことではなくて」


「ブレスレットを作り過ぎちゃったから、二人にプレゼントしようと思ったんです。材料を揃えてくれたお礼ということで」


 『良かったら貰ってください』と述べるルーシーさんに、私はコクコクと頷く。

そして、二人に袋を渡した。


「えっ?いいのか?俺らが貰っちゃって」


「はい」


「私達の手には余る代物なので」


「売るなり、あげるなり好きにしろと言ったのに」


 『全く……』と呆れつつも、兄は少し嬉しそうだ。

リエート卿も、若干目を輝かせている。


「ありがとな。すげぇ嬉しい」


「まあ、せっかくだから貰っておいてやる」


「おいおい、そこは素直に喜べよ」


「はっ?お前のように鼻の下を伸ばせ、と?」


「えっ!?俺、今そんな表情(かお)してんの!?」


 ショックを受けた様子で仰け反り、リエート卿は『嘘だろ!?』と叫んだ。

と同時に、両腕で顔を隠す。


「だらしない顔をリディアに見られたくねぇ……」


「もう手遅れだろ」


「なんっ……!?」


 ギョッとしたように目を剥き、リエート卿は後ずさった。

かと思えば、こちらに背を向けて俯く。

『ガーン』という効果音が聞こえてきそうなほど落ち込んでいる彼を他所に、兄はこちらへ向き直った。


「とりあえず、二人ともその……ありがとう。大事に使う」


「うん、どういたしまして」


「こちらこそ、材料を提供していただきありがとうございました」


 ペコリと頭を下げ、私は再度感謝の意を表した。

ルーシーさんも釣られたようにお辞儀し、お礼を言う。


「それじゃあ、私達はこれで」


「生徒会のお仕事、頑張ってくださいね。また何かお手伝い出来ることがあれば、遠慮なく声を掛けてください」


 『いつでも大歓迎ですから』と言い、私はルーシーさんと共にこの場を後にした。

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