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チョコ《ニクス side》

「チッ……!このお人好しめ、恩を仇で返されても知らないからな」


 『自己責任だ』と主張しつつも、僕は魔法の発動準備へ入る。

本当に恩を仇で返されたら……リディアに怪我でもされたら、困るため。

『知らない』というのは、ただの嘘……いや、強がり。

本当は心配で堪らないのだ。


「うふふっ。ありがとうございます、お兄様」


 ふわりと柔らかい笑みを零し、リディアは僕の隣に並んだ。

そして、アガレスの目の前までやってくると、チョコを包装から出す。

微かに甘い匂いを漂わせるソレを手のひらの上に載せ、アガレスに見せた。


「これは食べ物です。とっても、甘くて美味しいんですよ。良かったら、食べてみませんか?」


「め……し?」


「えっと、どちらかと言えばデザートですが……まあ、大きな括りで言うとそうなりますね」


「……」


 一応言葉は通じるのか、アガレスは黙ってチョコを見つめる。

その間にも、氷結範囲は確実に広がっているが……気にならないようだ。

『命より飯なのか』と半ば呆れる中、アガレスは大きく口を開ける。

一瞬、『リディアに噛み付くつもりか!?』と焦ったものの……どうやら、そうではなさそうだ。

ただ口を開けているだけという状態に、僕は


 こいつ、まさかリディアに食べさせてもらおうとしているのか?


 と、悟る。


「僕ですら、あ〜んなんてしてもらったことないのに、こいつ……」


 別の意味で怒りが湧いてきた僕は、眉間に皺を寄せる。

と同時に、横を向いた。


「リディア、貸せ。僕が口に放り込む」


「えっ?」


 今まさに奴の口へ……というか舌へチョコを置いてしまったリディアは、パチパチと瞬きを繰り返す。

『えっと……』と口篭りながら、とりあえず手を下ろした。

アガレスの口内にあるチョコと僕の顔を見比べ、彼女は『どうしましょう……?』と困り果てる。


「ごめんなさい、チョコはこれしか持ってなくて……」


 申し訳なさそうに身を竦め、リディアは『お兄様も食べさせてあげたかったんですね』と零した。

とんでもない勘違いを引き起こす彼女の前で、僕は頭を抱える。


「いや、そういう意味じゃ……はぁ、もういい」


 大真面目に取り合うのも馬鹿らしくなり、僕はさっさと話を流した。


「それより、これ放っておいていいのか?」


 口を開けたまま微動だにしないアガレスを指さし、僕は『凄い間抜け面だぞ』と述べる。

すると、リディアは慌ててアガレスの方へ向き直った。


「そうでした!えっと……舌の上で転がすように、味わってみてください」


 たった一粒しかないということもあり、リディアは『ただ咀嚼して飲み込むだけじゃ勿体ない』と思案する。

そんな彼女の前で、アガレスはゆっくりと口を閉ざした。

かと思えば、少し目を見開く。


「……うまい」


 初めて『飯』以外の単語を発し、アガレスは僅かに表情を和らげた。

多少空腹を満たされたおかげか、先程より人間らしく感じる。

少なくとも、獣のような獰猛さはなかった。


 ただ腹を満たすだけなら、さっきの氷でも良かったんじゃ……?

もしや、『食べ物』として認識していなかったからか?


 などと憶測を立てていると、アガレスが肩の力を抜く。


「ありが、とう」


 凍傷の関係でもう喋ることもままならないのか、声は微かに震えていた。

でも、表情は凄く満足そうで……もうこの世に未練なんて、ないみたいだ。

悪意も敵意も殺意もない様子のアガレスに、僕は複雑な感情を抱く。

『本当にこいつを殺さなければならないのか?』と。


 未来はどうであれ、今は何もしていない。

食事管理さえ、しっかりやれば暴れることもないだろうし……共存出来るんじゃないか?


 お人好しのリディアに感化されたのか、夢物語にも近い考えが脳裏を駆け巡った。

そんなの希望的観測に過ぎないのに。

『もし、何かあっても僕達じゃ責任を取れない』と自分に言い聞かせる中、リディアにそっと手を引かれる。


「お兄様、アガレスを助けることは……」


「────ダ、メだ」


 そう言って、僕より先に反対したのは────他の誰でもない、アガレス本人だった。

今にも割れそうな(崩れそうな)手足を動かし、リディアの手に触れる奴は額を擦り付ける。

まるで、感謝の意を示すかのように。


「お、れは魔王様の命令に……逆ら、えない……命、を……助けてもらった、から……」


 悲しそうに微笑み、アガレスはじっとリディアを見つめた。

何か言いたげな彼女に小さく(かぶり)を振り、そっと目を伏せる。


「そういう契約、なんだ……ごめん……こうなるって……知って、いたら……いや、相手が……魔王様だって……分かって、いたら……あのとき、死を……選んだ、のに……」


 拙い言葉で事情を説明し、アガレスはちょっと名残惜しそうに手を離した。

リディアから距離を取るように後退り、胸元を握り締める。


「だ、から……これ以上間違わない、ように……終わらせてくれ」


 懇願にも近い声色で、アガレスは死を望んだ。

リディアが……いや、僕が躊躇わないように。


「……分かった。楽に逝かせてやる」


 『これ以上悩んでもしょうがない』と割り切り、僕は覚悟を決める。

今にも泣きそうなリディアを一瞥し、アガレスに近づいた。

もう息も絶え絶えといった様子の彼に、僕は手を伸ばす。


「一つ言い忘れていたが、色々暴言を吐いてすまなかった」


 『知らなかったとはいえ、言い過ぎた』と謝罪し、アガレスの胸元に触れた。

『大丈夫』と言う代わりに笑う彼を見据え、僕は小さく深呼吸する。


「安らかに眠れ、アガレス」


 手向けの言葉を述べ、僕は一瞬で────アガレスの心臓を凍りつかせた。

その途端、彼は心肺停止の状態に陥り息絶える。

元々低体温症だったこともあり、苦痛なくあの世へ逝けただろう。


 とても穏やかな死に顔を晒すアガレスに、僕は魔術を施した。

このまま氷漬けにするのは、なんだか忍びなくて。

凍った皮膚や臓器を元に戻しながら、僕は目に滲む涙を瞬きで誤魔化した。

ここで泣くのは、人類(僕達)のために命を捧げてくれたアガレスに失礼だから。


「手伝います、お兄様」


 そう言って、リディアは僕の隣に腰を下ろす。

目にいっぱいの涙を溜めつつも泣かない彼女は、懸命に魔術を行使した。

────間もなくして作業は終わりを迎え、アガレスの遺体は綺麗になる。

でも、僕達は誰一人として動けなかった。

ただただアガレスの顔を眺めて、じっとしているだけ。


「……皇国騎士団に来てもらって、アガレスと学園長を運び出そう。父上に連絡してくるから、少し待っていておくれ」


 『念のため見張っておいてほしい』と頼んでくるレーヴェン殿下に、僕達は首を縦に振る。

そして、ゆっくりと立ち上がった。

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