レーヴェン殿下のギフト
もしかして、私からかわれている?
そんな考えが脳裏を過ぎる中、ルーシーさんはポンッと私の肩を叩いた。
「これからもその調子で頼むよ、フラグクラッシャー」
「は、はい……頑張ります?」
一先ず了承の意を示す私に、ルーシーさんは目を剥いた。
かと思えば、勢いよく肩を揺さぶってくる。
「いや、そこはツッコミを入れなさいよ!何普通に受け入れてんの!?」
「いえ、その……こういうことに慣れてなくて」
「えっ!?人たらしのくせに、コミュ障なの!?」
『普段、めっちゃ人当たりいいじゃん!?』と叫び、ルーシーさんはまじまじとこちらを見つめる。
まるで、珍生物でも見るかのような目つきで。
「わ、私ってそんなに変ですか?」
「……まあ、希少種ではあるんじゃない?」
オブラートに包んで答えるルーシーさんは、パッと手を離して立ち上がる。
『そんな……』と項垂れる私を前に、彼女は軽くストレッチすると結界を軽く叩いた。
「そろそろ、お開きにしよう。あんまり遅くなると、ニクス達に文句を言われそうだし。それに」
そこで一度言葉を切ると、ルーシーさんは真剣な顔つきに変わる。
「四天王の討伐に向けて、色々準備もあるから。明日から、本格的に忙しくなるよ」
────という宣言を受けた翌日。
私達は生徒会室に再度集まり、顔を突き合わせた。
誰もが緊張した面持ちで立ち竦み、ゴクリと喉を鳴らす。
責任重大な任務だということを理解しているため、それなりに不安や恐怖を感じているらしい。
「それで、ターゲットに変わった点はありませんでしたか?」
出来るだけ冷静に話を切り出すルーシーさんは、桜色の瞳に期待を滲ませた。
が、レーヴェン殿下は小さく首を横に振る。
「なかったよ。一時間ごとに千里眼で居場所を確認していたけど、至って普通だったかな」
────千里眼。
それはギフトの一種で、どんなに遠くに居る物や者も視認出来る能力。
ただし、自分の魔力でマーキングしたものしか視れないため対象に直接魔力を込めるか、もしくは自分の魔力が籠った何かを渡さないといけない。
なので、今回私達はターゲットの小物……もっと正確に言うと、メガネを拝借した。
レーヴェン殿下の魔力を込めるために。
正直あまり気は進まなかったが、『後で返すんだから』と自分を納得させて実行した。
誰かを監視する上で、レーヴェン殿下のギフト以上に適したものはないため。
だって、マーキングさえ上手くこなせば相手に気取られる心配は、ほぼないもの。
普通に尾行するより、ずっとリスクを抑えられるわ。
「そうですか……やっぱり、研究室に行くのは生贄を捕まえてからになりそうですね」
悔しそうに顔を歪めるルーシーさんは、『はぁ……』と深い溜め息を零す。
「────四天王アガレスを保護・強化している場所さえ分かれば、こんな回りくどい手を使わずに済むんですが……」
『参ったな……』と零し、ルーシーさんは頭を振った。
他の三人も微妙な表情を浮かべている。
というのも、四天王の居場所を早めに割り出すため私を────生贄もとい囮にすることが決定しているため。
昨日の会議であった『一悶着』というのが、まさにソレだ。
だって、さすがにルーシーさんには任せられないし……お兄様達はまず、生贄の候補から外れているものと思われる。
理由は言わずもがな、強すぎるから。
私も一応それなりに戦えるけど、矢面に立つことがあまりないため実力を軽く見られている可能性が高かった。
「くそっ……!特待生、本当に四天王の居場所は分からないのか!?」
苛立たしげに前髪を掻き上げ、兄はルーシーさんに詰め寄る。
『リディアに何かあったら……!』と心配する彼に、ルーシーさんは眉尻を下げた。
「すみません……本当に分からないんです。ただ────生贄となる生徒を研究室に連れていくのは、確実です。現在、アガレスは強化の最終段階に入っており、魔力の豊富な子供を欲していますから。そのため、ターゲットは必死になってアガレスの満足する生贄を探している筈です」
「確かにその条件なら、リディア嬢が最適だね。隙さえ見せれば、あっさり釣れそうだ」
小さく肩を竦めるレーヴェン殿下に、リエート卿はコクリと頷く。
「多少のリスクは承知の上で、仕掛けてくるだろうなぁ……あーあ、本当嫌になる」
「……強くなったことをこれほど後悔したことはない」
『せめて、実力を隠していれば……』とタラレバを話し、兄は小さく肩を落とした。
やり切れないといった表情を浮かべ、壁にそっと寄り掛かる。
と同時に、天井を見上げた。
「確か……本来の未来では、全く別の女子生徒を喰らって覚醒し、さんざん暴れ回ってから逃亡するんだったな?」
「はい。皆さんのガードが固すぎて、リディアを捕えられなかったようです」
愛想笑いにも似た表情で、ルーシーさんは嘘を並べた。
だって、本来の未来では……いや、シナリオでは強すぎるリディアを恐れて、手が出せなかっただけだから。
でも、それを言うと色々ややこしくなるため誤魔化している。
「そうか……なら、途中までその未来通りに出来ないか?レーヴェン殿下のギフトを使って、ターゲットとその女子生徒を監視すれば……」
「────お兄様」
咎めるような声色で呼び掛け、私は月の瞳をじっと見つめた。
グッと言葉に詰まる兄の前で、私は何とも言えない表情を浮かべる。
心配ゆえにこのような提案をしているのは、分かっているから。
でも、ここは妹としてきちんと諌めるべきだろう。
「それは賛同しかねます。危険だと分かっていながら、傍観するのはもう御免ですから。何より、本来の未来に沿って行動するとなると時間を要してしまいます。その間に魔王討伐の件を知られてしまったら、全て水の泡です」
『人の口に戸は立てられない』という諺があるように、どこから話が漏れるか分からない。
あの会議に参加してくれた方々を信用していない訳じゃないけど、やはり早期解決が望ましい。
『魔王に何か手を打たれる前に』と逸る気持ちを押さえ、私は小さく笑う。
「大丈夫です。必ず無事に帰ってきますから。私の魔法の威力は、お兄様もご存知でしょう?」
「それに、俺が教え込んだ体術もあるし!不意討ちさえなければ、大丈夫だ!」
『戦闘経験は浅いが、ゴリ押しでいける!』と太鼓判を押し、リエート卿はグッと親指を立てた。
敢えて楽観的な態度を見せる彼に、兄は呆れたような表情を浮かべる。
『この筋肉バカが』と毒づきながらリエート卿の足を蹴飛ばし、一歩前へ出た。
「悪い。ちょっと冷静さを失っていた。さっきの発言は忘れてくれ」
そう言って頭を下げる兄は、もうすっかり吹っ切れた様子だった。
『僕の妹を囮に使うんだ、絶対成功させるぞ』と意気込み、前を向いている。
月の瞳に強い意志を宿す彼の前で、ルーシーさんはホッとしたように表情を和らげた。
「では、当初の予定通りレーヴェン殿下は引き続きターゲットの監視を。一応、リディアにもマーキングしておいて、いざという時居場所を突き止められるようにしておいてください」
「分かった」
すんなり首を縦に振るレーヴェン殿下は、こちらに向き直りそっと手を差し出す。
『ちょっといいかな?』とお伺いを立ててくる彼に、私はコクリと頷いた。
と同時に、手を重ねじっと待つ。
「じゃあ、少しだけ我慢しててね」




