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フラグを折る天才

「はい、そうなります。でも、詳細をお話しする前に改めて四天王について説明しますね」


 そう言って、ルーシーさんは一本指を立てた。


「四天王とは────魔王の持つギフト『超進化』によって、改造された人間(・・)のことです。別名魔族とも呼ばれる彼らは魔王の配下の中でも飛び抜けて強く、高い知能を持っています」


 『魔物の比じゃない』と語り、ルーシーさんは少し表情を険しくした。


「まともに()り合えば、こちらもそれなりの痛手を負うことになるでしょう。ただ────会議の時にも説明しましたが、四人ともまだ完全ではありません。つまり、まだ成長途中ということ。魔王が世界の滅亡を先延ばしにしてきたのも、配下の成長を待っていたからです」


「なるほど……それで、ここ数十年はなりを潜めてきたのか」


 納得したように頷いた兄は、自身の顎を撫でる。

────と、ここでリエート卿が手を挙げた。


「じゃあ、十年前の襲撃は何だったんだ?」


 クライン公爵家の一件を話題に出し、リエート卿は『何のためにあんなことを?』と尋ねる。

確かに四天王の成長を待ってから仕掛けるのであれば、わざわざ騒ぎを起こす必要はない。

戦力を蓄えるという意味でも、静かにしているのが最善だろう。


「あれは恐らく────魔王健在の意思表示と牽制、それから小手調べかと思います。数十年の間に、人類も色々変わってきていると思うので」


 恐らく魔王の性格を一番理解しているであろうルーシーさんの返答に、リエート卿は顔を歪める。


「……俺達はそんなつまらない事情に巻き込まれたのかよ」


 当時の光景を思い出しているのか、リエート卿は眉間に深い皺を刻んだ。

明らかに納得いかない様子の彼を前に、兄は一つ息を吐く。


「まあ、結果的に全員無事だったんだから良かっただろ」


「……そうだな。リディアやニクスのおかげで、魔物を見事一網打尽に出来たし」


 『あれは魔王もビビっただろ』とポジティブに捉え、リエート卿は楽しげに笑った。

すっかりいつもの調子に戻った彼を他所に、ルーシーさんはポカンとしている。


「えっ……えっ?リディアも行ったの?」


「あっ、はい。転移魔法を使えるのが、私しか居なかったもので」


「あぁ、それで……なるほど……リエートは……」


 ブツブツと独り言を零し、ルーシーさんは大きな溜め息をついた。

かと思えば、呆れたような……でも、どこか嬉しそうな表情を浮かべる。


「貴方って、本当にフラグを折る天才ね」


「えっ?」


「何でもない。それより、本題へ戻りましょ」


 ヒラヒラと手を振ってクライン公爵家の話題を流し、ルーシーさんは本格的に話し合いを始める。

議題は言うまでもなく、学園内に居る四天王をどう倒すかについて。

そこでちょっと一悶着あったものの、概ねルーシーさんの言い分が通り、作戦会議は幕を下ろした。


 今度は生徒会のお仕事か。お兄様達は本当に大忙しね。


 間髪容れずに書類の決裁や資料の作成を始めた三人に、私は一先ずお茶を出す。

『ありがとう』と言って受け取る彼らに笑顔で頷き、私は鞄を持って退室した。

というのも、ルーシーさんに呼び出されているため。

一応、兄達の許可は貰っている。というか、ルーシーさんがもぎ取った。

『ちょっとくらい、息抜きしたっていいじゃない』と。


 ここ最近のルーシーさんの頑張りは、お兄様達も知っているから断れなかったんでしょうね。

それに『こちらからアクションを起こさない限り、当分の間は安全』とまで、言われたら……ね?


 押し黙るしかなかった兄達の様子を思い出し、私は『直ぐに戻りますから』と心の中で言う。

────と、ここで校舎裏の土手に辿り着いた。


「お待たせしました、ルーシーさん」


 既に待ち構えていた彼女へ声を掛け、私は素早く結界を展開する。

また、先日と同じ要領で姿も隠した。

まあ、もう夕方なので人通りは少ないと思うが。

でも、念には念を入れておかないと。


「お隣失礼しますね」


「うん」


 まだこの距離感に慣れないのか、ルーシーさんはちょっと照れ臭そうだが、嫌がる素振りはない。

なので、私は遠慮なく隣に腰を下ろした。

と同時に、結界に包んでおいたチョコも広げる。

夕食前だと小腹が空くと思って。

『食べ過ぎには注意しないと』と考えつつ、チョコを一粒手に取る。


「それで、お話というのは?」


 もうすぐ日暮れということもあり早速質問を投げ掛けると、ルーシーさんは少し表情を強ばらせた。

かと思えば、真っ直ぐにこちらを見据える。


「その前に、クライン公爵家の一件をもっと詳しく説明してくれる?」


「ええ、構いませんよ」


 チョコを飲み込んでからコクリと頷き、私は当時の状況を出来るだけ細かく話した。

と言っても、十年も前のことなので記憶はちょっとおぼろげだが。


「なるほどね。首都に来てからクライン公爵家の一件を聞いて、シナリオが変わったのは知っていたけど、そういう風に改変されていたんだ」


「改変、と言いますと……本来は違う展開になる筈だったんですか?」


「うん、そう。本当はね────」


 そこで一度言葉を切ると、ルーシーさんはとても悲しそうな表情を浮かべた。


「────あの一件で、クライン公爵家の直系はリエートだけになる筈だったの」


「!!」


 『公爵夫妻と小公爵は死ぬ予定だった』と説明され、私は衝撃を受ける。

でも、確かに私が動かなければ……リエート卿と兄をクライン公爵家に連れて行かなければ、全滅も有り得る事態だったため、あっさり腑に落ちた。

『あのとき、勇気を出して本当に良かった』と安堵する中、ルーシーさんは言葉を続ける。


「ゲームのシナリオでは、こう説明されていた。魔物の大群がクライン公爵家を襲い、そのときたまたま不在だった次男だけ助かった、と」


 『領民も合わせて、ほとんど助からなかった』と語り、ルーシーさんは手元に視線を落とした。


「このことをキッカケに、リエートは聖騎士を辞めてクライン公爵家の当主になるんだけど……まるで、人が変わったように暗くなったんだって。多分、家族の死を受け止めきれなかったんだと思う」


 膝の上に置いた手を強く握り締め、ルーシーさんはクシャリと顔を歪める。

溢れる感情を抑え切れないようだ。


「それでアントス学園に入学する頃には、口数も笑顔もすっかり減って……魔王を討つこと(親の仇を討つこと)だけが、生き甲斐になるんだ」


 『ヒロインを好きになった後も、それは変わらない』と言い、ふと顔を上げた。

ルーシーさんは涙で潤んだ桜色の瞳に様々な感情を滲ませ、力なく笑う。


「ゲームをプレイしていた当初は、『そういう影のあるイケメンよき〜』なんて思っていたけど……私、不謹慎だったよね。実際にリエートを目の当たりにすると、そんなの微塵も思えないよ。ただただ、『みんな無事で良かったね』としか……」


 申し訳なさそうに身を縮め、ルーシーさんはポリポリと頬を掻いた。

過去の自分を恥じているのか、ちょっと気まずそうである。


「それで、まあ何が言いたいかというと……」


 そろそろと視線を上げ、ルーシーさんは控えめにこちらを見つめた。

かと思えば、居住まいを正す。

『いきなり畏まって、どうしたんだろう?』と疑問に思う私の前で、彼女は────


「リディア、ありがとう。リエートを救ってくれて。一ヲタクとして、めっちゃ感謝している」


 ────と、お礼を述べた。

『やっぱ、推しには幸せでいてほしいからさ』と主張する彼女は、明るく笑う。

リエート卿の不幸を変えられた事実に、歓喜しながら。


「い、いえ……!私はそんな大したこと……」


「はいはい、謙遜しない。むしろ胸を張りなさいよ、フラグクラッシャー」


 喜んでいいのか分からない二つ名を私につけ、ルーシーさんは目を細める。

心底楽しそうに。

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― 新着の感想 ―
[良い点] いつも楽しく読んでます! このまま四天王のフラグも折って、味方までは無理でも助けてほしいな~
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