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僕の家族《ニクス side》

◇◆◇◆


 僕は────リディア・ルース・グレンジャーのことが嫌いだ。

僕の家族を壊した原因だから。

こいつさえ現れなければ、僕はまだ幸せのままだったんだ。


 リディアが生まれる前、グレンジャー公爵家は皆の笑顔で溢れていた。

優しく包容力のある母と、厳しいながらも愛情深い父。

そんな二人を献身的に支える使用人達。

まさに絵に描いたような幸せ風景。


「父上、母上!僕、また満点を取りました!」


 歴史学のテストを持ってティータイム中の両親に駆け寄り、僕は誇らしげに胸を張る。

そうすると、二人は必ず


「あら、凄いじゃない!」


「さすが、私達の子供だな」


 と、褒めてくれた。

目を輝かせニコニコ笑う母と満足そうに頷く父を前に、僕は充実感と達成感でいっぱいになる。

使用人達の反応も講師達の評価も嬉しいが、やはり両親の言葉が一番嬉しかった。


「ニクスも、こちらへいらっしゃい」


「お茶にしよう」


 当然のように同席を許す両親は、嫌な顔一つせずこちらへ手を伸ばす。

『おいで』と歓迎してくれる二人に頷き、僕は差し出された手をギュッと握った。

久々の家族水入らずが嬉しくて、ついつい頬を緩めてしまう。


 父上も母上も仕事や社交活動で忙しいから、共に過ごせる時間は少ない。

でも……いや、だからこそこの時間がとても愛おしく感じる。


 別に特別な料理を頂いている訳でも、珍しい話題を口にしている訳でもないが、なんてことない日常が何より楽しかった。

『毎日、とても充実している』と実感する中、僕は手を引かれるまま空いている席へ座る。

そして、母の勧めるケーキと父の淹れた紅茶を頂いた。

『こんな日々がずっと続くといいな』と思いながら。

────まあ、現実はそう甘くない訳だが……。


 僕達家族を壊した発端となる出来事は、ある日の食事中に起きた。

いつものように食堂で両親と顔を合わせていると、一人の女性が入ってくる。

────おくるみに(くる)まれた赤子を抱えて。


 あれは確か、母上が可愛がっているメイドだよな?

最近見かけないと思ったら、赤子を産んでいたのか。


 クルンと毛先が丸まった紫髪を持つメイドに、僕は『赤子を見せに来たのか?』と首を傾げる。

それにしては、ちょっと様子が変だが……。

ニヤニヤと口元を歪めるメイドの姿に、僕は言い表せぬ不安を感じた。

得体の知れない何かが体に纏わりつくような感覚を覚えていると、母が席を立つ。


「あら、リズじゃない。無事に赤ちゃん、産まれたのね。良かったわ。産まれる直前になって、休暇を申請されたものだから心配していたのよ。もっと早く言ってくれたら、色々配慮したのに」


 『私達の仲なのに、水臭い』と言いながら、母はメイドの元へ駆け寄った。

スースーと寝息を立てる赤子に微笑み、『可愛い』と呟く。

早くも赤子にメロメロになる母だったが、ハッとしたように顔を上げた。


「それより、今日はどうしたの?突然、訪問してくるなんて……余程のことがあったのでしょう?あっ、もちろん赤ちゃんの顔を見せに来てくれただけでも嬉しいわよ?ただ、リズらしくない行動だったから驚いちゃって」


 『いつもは事前に連絡をくれるから』と言い、母は心配そうな表情を浮かべる。

『何かあるなら力になるわよ』と申し出ると、凛とした目でメイドを見つめた。

その瞬間、眠っていた赤子が目を覚ます。

自然とそちらへ視線を移す母は、突然硬直した。


「あら……この子の目、なんだか────イヴェールにそっくり……ね」


 思ったことをそのまま口走り、母はハッとしたように目を見開く。

失言だと気がついたらしい。


「ご、ごめんなさい!私ったら……!本当の父親に失礼よね……!」


 両手で口を押さえると、母は慌てて謝罪を口にした。

『あまりにも無神経だった!』と猛省する彼女の前で、メイドはニッコリと微笑む。

悪意など微塵も感じられない純粋な(まなこ)で母を見つめ、『ふふっ』と笑った。


「別に構いませんよ。だって────この子は公爵様との子供ですもの」


「「「!!?」」」


 何食わぬ顔でとんでもないことを口走ったメイドに、僕達は言葉を失う。

『聞き間違いか?』と疑うほど有り得ない発言に驚き、狼狽えた。


「えっ?今、なんて……?」


「ですから、公爵様との子供です」


 『聞き間違いではない』と証明するかのように、メイドは同じ言葉を繰り返す。

すると、母が不快感を露わにした。


「ちょっと……悪い冗談は、やめてちょうだい!」


「いいえ、冗談ではありません。ねぇ?公爵様」


 同意を求めるように父へ目をやり、メイドはニッコリ笑う。

突然水を向けられた父はブンブンと首を横に振り、無実を訴えた。


「違う。私の子供ではない。大体、貴様とはルーナ抜きで関わったことなど……」


「あら、覚えてませんか?○月○日の夜!異様なほど、ぐっすり眠れたでしょう?朝起きた時、何か違和感はありませんでしたか?」


 満面の笑みで切り返すメイドに対し、父は柄にもなく面食らう。

未婚時代から母に仕えている使用人ということもあり、対応を決め兼ねているのか迷いを見せた。

かと思えば、僅かに目を見開く。


「違和感……そういえば────肌着の種類が変わっていたような……」


 『あの時は気のせいかと思ったが……』と零し、父は顔を青くした。

プルプルと震える彼の前で、メイドはうっとりとした表情を浮かべる。


「あら、気づいていらしたんですね。嬉しい……実はアレ、私が着替えさせたんですよ。ちょっと汚れてしまったもので……ふふっ」


「なっ……!ふざけるのも大概にしろ!そもそも、子作りなんてすれば当然目を覚ますだろう!」


 『いくら熟睡していても、起きる筈だ!』と主張し、父は身の潔白を叫んだ。

────が、メイドは一切顔色を変えない。

『想定内の反応だ』とでも言うように目を細め、父に一歩近づいた。


「あの日のワイン、珍しく赤だったでしょう?」


「!!」


「公爵様は白がお好きですもんね。でも、それだと薬を盛ったら(・・・・・・)直ぐにバレてしまうので、敢えて発注ミスをしました。お優しい公爵様なら、『数日くらい、赤でもいい』と仰ってくれる筈なので」


 『実際、そうだったでしょう?』と言い、メイドはクスリと笑みを漏らす。

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