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奇跡《ルーシー side》

 首裏にクリーンヒットしたからか、男性はバタンッと倒れる。

『あっ、これ完全に気を失っているやつだ』と考える中、リディアはそっと目を閉じた。


「すぅー……はぁ……」


 気持ちを落ち着かせようとしているのか深呼吸を繰り返し、リディアはおもむろに目を開ける。

と同時に、重苦しい雰囲気が霧散した。

そのおかげか、呆気に取られていたニクス達はハッと正気を取り戻す。


「おい、リディア!どうして魔法を使わなかった!?」


「そうだよ!怪我でもしたら、どうするんだい!?」


「俺の指導で結構鍛えたとはいえ、危ねぇーだろ!」


 ニクス、レーヴェン、リエートの順番でリディアを叱りつけ、注意した。

すると、彼女はシュンと肩を落とす。


「すみません……今、魔法を使ったら相手を殺してしまいそうだったもので……」


「そんなことは気にしなくていい!」


「そうだ!後始末は任せろ!」


「悪党の命まで気にするなんて、お人好しにも程があるよ……!」


 ニクス、リエート、レーヴェンの三人は『悪党に手加減する必要なんてない!』と主張した。

悪党の命<リディアの怪我という価値観を前面に出す彼らに、彼女はおずおずと首を縦に振る。

全面的に納得は出来ないものの、ここまで優先順位がハッキリしていては何も言えないのだろう。

そんな彼女の心情を察してか、ニクスはスッと目を細める。


「大体、リディアは……」


「あ、あの……!」


 長い長いお説教タイムへ入りそうなニクスを遮り、私は片手を挙げた。

すると、全員から注目を浴びる。

正直ちょっと気まずかったが、私はどうしても言わなければいけないことがあった。


「そ、外に依頼者の男性が居る筈なので出来れば捕らえてほしいんですけど……」


 助けてもらった手前、言いづらかったものの……何とか一番重要な情報を伝える。

その途端、ニクス達がピシッと固まった。

『やっぱり追加注文なんて、厚かましかったか?』と悩みつつ、私は声を振り絞る。


「い、いや……!もう逃げちゃったかもしれないですけど、さっきまで外に居て……!自作自演の件も、依頼者の男性と実行犯の男性が話しているのを聞いて、知ってしまったというか……!」


 しどろもどろになりながらも色々補足すると、ニクスが『はぁー……』と深い溜め息を零した。

かと思えば、


「それを早く言え、大馬鹿者!」


 と叫んで、荷馬車の扉を蹴破る。


「行くぞ、リエート!」


「お、おう!」


 ハッとしたように頷きながら、リエートは剣を抜いた。

そしてニクスよりも先に外へ出ると、『おい、待て!』と怒号を上げる。

恐らく、まだ依頼者の男性が居たのだろう。

で、今まさに逃げられそうになっている、と。


「チッ……!足は止めてやる!さっさと連れ戻してこい!」


 ニクスは蹴破った扉から顔だけ出し、そう叫んだ。

と同時に、リエートのものじゃない男性の悲鳴が木霊する。

続いて、何かが倒れる音や割れる音が鳴り響くものの……すぐ静かになった。

『外で一体、何が起きているんだ……』と思案する中、ニクスはカチャリと眼鏡を押し上げる。


「御者はいい!とりあえず、主犯格だけ連れてこい!特待生に顔を確認させる!」


 御者……?ということは、馬車で逃げようとしていたのか。

道理でリエートが焦る訳だ。


 『生身の人間であれば、余裕で追いつくもんね』と考えていると、リディアがそっと眉尻を下げた。

かと思えば、何かを決心したかのようにニクスの元へ駆け寄る。


「あの、お兄様……お顔の確認はもう少し時間を置いてからでも……」


 私の精神状態を気にかけているのか、リディアは苦言を呈した。

『あんなことが起きた後なのに……』と零す彼女を前に、私はフッと笑みを漏らす。

いついかなる時でも他者を気遣う、その優しさがなんだか擽ったかったから。


 このお人好しの悪役令嬢は、きっといくら頑張っても悪役になり切れない。


 そう確信しながら、私はゆっくりと立ち上がった。


「大丈夫。今はもう落ち着いているから。心配してくれて、その……ありがとね」


 少し照れながらもお礼を言い、私はタンザナイトの瞳を見つめ返す。

すると、リディアが嬉しそうに微笑んだ。


「いえ、そんな……出過ぎた真似をしてしまい、申し訳ございません。でも、辛くなったらいつでも言ってくださいね。私が壁になります」


 『身長は高めですので』と述べ、リディアは少し胸を張る。

『ルーシーさんの視界から、完璧に相手を隠してみせる』と意気込む彼女を他所に、リエートが戻ってきた。

────主犯格の男性を引き摺って。


「ほら、こいつ。見覚え、あるか?」


 そう言って気絶した男性の上半身を荷台に乗せ、リエートはこちらの反応を窺う。

私が少しでも怖がったら下ろすつもりなのか、男性の首根っこを掴んでいた。

『なんか、子猫の持ち方みたいだな……』と思いつつ、私はじっと主犯格の男性の顔を見つめる。


 う〜ん……どこかで見たような気が……あっ!


「────モリス令息。神殿で暮らしていた時、何度かお会いしました」


 『今でも手紙が来ますし』と補足しつつ、私は記憶を遡った。


 そういえば、プロポーズ紛いのことは三回くらいされたな。

もちろん、全部スルーしたけど。


 『鈍感女子を装って、やり過ごしていた気が……』と思い返し、私は一つ息を吐く。

だって、こんな蛮行に及ぶタイプには見えなかったから。

どちらかと言うと、いつもオドオドしていて消極的なイメージだった。

『人は見かけによらないってことか』と肩を竦める中、レーヴェンは魔法の蔓で実行犯の男性を縛り上げる。


「とりあえず、彼らの身柄は皇室(こちら)で預かろう。貴族も絡んでいるとなると、学園や神殿だけでは対処し切れないだろうから」


 『力を貸すよ』と言い、レーヴェンは実行犯の男性を引き摺って荷台から降りた。

その際、モリス令息の背中を踏んづけたような気がするが……まあ、見なかったことにしよう。

『気のせい、気のせい』と自分に言い聞かせる私の前で、レーヴェンは人差し指を空へ向けた。

かと思えば、光の玉のようなものを打ち上げる。

恐らく、信号弾の代わりだろう。


「ご協力、感謝します。でも、その……一応、城まで同行してもいいですか?神殿代表として」


「ああ、構わないよ」


 リエートの申し出を二つ返事で了承し、レーヴェンはこちらを振り返る。

『君達はどうする?』とでも言うように。


「僕はリディアと特待生を連れて、一度学園の方に戻ります。事件の真相や僕らの無事を報告しないといけないので」


 生徒会長としての責務を全うするため、ニクスは犯人達の身柄をレーヴェンに託した。

『あとはよろしくお願いします』と述べる彼に、レーヴェンは笑顔で頷く。


「分かった。ここは私達に任せて、先に行くといい」


「ありがとうございます」


 ニクスは胸元に手を添え、優雅にお辞儀した。

そしてリエートに『しっかりな』と声を掛けると、こちらに向き直る。


「よし、帰るぞ」


 ニクスのこの一言に、私は────目を潤ませた。

無事に帰れるのかと思うと、嬉しくて。

保護されたのだからこれは当然の流れだが、全てを諦めていた私にとっては奇跡みたいなものだった。

ホッとするあまり膝から崩れ落ちそうになるのを必死に堪え、私は前を向く。


「はい!」


 泣き笑いに近い表情で首を縦に振り、私は今ある幸福を噛み締めた。

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