ゲームオーバー《ルーシー side》
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────時は少し遡り、ニクスと別れたばかりの頃。
私はリエートに連れられるまま、山の麓を離れていた。
おかしいな……本来のシナリオに、こんな展開はない筈だけど。
あっ、もしかして────お人好しのリディアに折られまくった恋愛フラグを補填するため、世界が動いた!?
だとしたら、しっかりしないと!このチャンスを無駄にしてはいけない!
『リエートの好感度を爆上げしてやる!』と奮起し、私は軽やかな足取りで前へ進んでいく。
『誘拐未遂事件の方は時間的にまだ余裕あるし、大丈夫でしょ』と楽観的に考えながら、頬を緩めた。
やっときた乙女ゲームらしい展開に、浮き立っているのかもしれない。
今までリディアに潰されまくっていた分、余計に。
『やっぱり、この世界はヒロインを中心に回っているのよ!』と思いつつ、口を開く。
「あの、リエート……様、私────」
────貴方のことが前から、気になっていたんです。
と続ける筈だった言葉は、奥に停められた荷馬車を見て閊えた。
だって────あれは間違いなく、ヒロインを誘拐するときに使用されたものだから。
一瞬見間違いか何かかと思ったが、御者の格好まで完全一致なんて……そうそうない筈。
そういえば、どうしてリエートはさっきから喋らないんだろう?
ゲームの彼は無口だったから、あまり気にしてなかったけど────よく考えたら、おかしいよね。
実際のリエートは、凄くお喋りなんだから……。
じゃあ、今目の前に居るのは────。
恐ろしい考えが脳裏を過ぎり、私は悩むよりも先に踵を返した。
これは自分の望んだ展開だというのに。
おかしい……おかしい!こんなの知らない!
確かにリディアの介入で、シナリオ通りにはいかないかもって思っていたけど……!でも!何でこんな……怖い!
半分パニックになりながら、私は急いで来た道を引き返す。
所詮、私は単なる一般人に過ぎず……ヒロインのように立ち向かう度胸も、勇気もない。
しっぽを巻いて逃げ回る弱者でしかないのだ。
ねぇ、攻略対象者達は……!?
そろそろ、助けに来てもいい筈でしょ……!?
なのに、何で来ないの……!?
まさか、私がシナリオと違う行動を取ったから……!?
じゃあ────私はどうなるの!?このまま、誘拐される訳じゃないよね!?
「そんなの絶対に嫌……!リエート、ニクス、レーヴェン!助けて……!」
本気で身の危険を感じ、私はひたすら叫んだ。
────が、返事はない。
あるのは、後ろから迫ってくるリエートの偽物の気配と足音だけ。
不味い……!捕まる……!
わざわざ振り向かずとも分かる奴との距離感に、私は不安と恐怖を覚える。
目に浮かんだ涙を袖口で拭い、私は必死に手足を動かした。
「もうこの際、誰でもいいから……!お願い、助けて!」
半ばヤケクソになりながら、そう言った瞬間────リエートの偽物に捕まる。
と同時に、布を顔に押し当てられ……一瞬で、気が遠くなった。
恐らく、麻酔薬を染み込ませてあったのだろう。
『ヤバい……意識が……』と思った時には、もう手遅れで……深い眠りへと落ちる。
そして、目を覚ましたら────倉庫のような……納屋のような空間に居た。
ガタガタと揺れながら動いているため、多分あの荷馬車に乗せられたんだと思う。
……結局、助けは来なかったか。
一度寝て冷静になったのか、私は淡々と現状を受け入れる。
縄で縛られた手足を眺めながら、『貴方と運命の恋を』の知識を引き出した。
本来のシナリオでは、荷馬車へ乗せられそうなところに攻略対象者達が駆け、助けられるという展開だった。
でも、シナリオ通りの行動を取らなかったせいか……それとも、黒幕になる筈だったリディアがお人好しのせいか、全然違う展開になってしまった。
まあ、今回の件に関してはゲームのリディアもほとんど関わってなかったけど。
せいぜい、首謀者の女子生徒の背中を押したくらい……だから、『概ねシナリオ通りになるのでは?』と思ったのに。
最悪の展開と呼ぶべき状況を前に、私は『はぁ……』と深い溜め息を零す。
ヒロインのスペック的に、まず自力で脱出は無理。
攻撃力0の完全サポート型だから。
『せめて、護身術だけでも覚えておけば良かった』と後悔しつつ、私は扉をじっと見つめる。
シナリオ通りなら、首謀者の女性がそろそろ現れる筈……。
それで、『殿下に近づかないで』とか『貴方が出しゃばった真似をしなければ』とか言うんだけど……私、大して殿下に関わってないのよね。
お人好しのリディアのせいで、接点を持てなかったから。
そのため、本当にあの女子生徒────イザベラが首謀者なのかも怪しい……。
『学園ではかなり好意的に接してくれたし』と思い返す中、馬車が停まった。
『合流地点に着いたのか?』なんて思いながら耳を澄ますと、男性二人の会話が微かに聞こえる。
「それで、聖女候補は?」
「まだ荷台で眠っているかと」
「ふんっ……そうか。じゃあ────ちょっと痛めつけてこい」
「はい……?」
「単に人攫いから救ったというだけでは、インパクトに欠ける。何より、確実に結婚へ漕ぎ着けるとは思えない。だから、襲われているように見せかけるんだ」
『確証が欲しい』と主張する男性に、もう片方の男性は渋る素振りを見せた。
『いや、それはちょっと……』と躊躇う彼を他所に、私は一人納得する。
なるほど。この茶番を計画したのは、聖女候補との結婚を企む男性……いや、貴族だったのね。
他人に化ける能力まで持っている人間が、一般人に手を貸すとは思えないもの。
かなり金払いがよく、身元もしっかりしている人じゃないと応じないだろう。
今回の依頼内容はそうだな……多分、聖女候補を攫うように見せかけ、依頼者へ引き渡すというもの。
それで依頼者は聖女候補を救った英雄となり、無事結ばれる。
何故なら、傷物となった私にまともな縁談は舞い込んでこないから。
たとえ、純潔を奪われずに済んだとしても……。
大事なのは事実じゃなくて、周囲の捉え方だから。
『嗚呼、最悪……』と項垂れ、私は目に涙を溜める。
こちらの世界の貞操観念を考えると、これから先の人生が憂鬱でしょうがない。
『実際はただの自作自演なのに……』と不満を抱きながら、そっと目を閉じた。
救ってくれた英雄の求婚を断るなんて……世間は許さないだろうな。
あーあ、完全にゲームオーバーだよ。
どの道を選んでも、私はきっと幸せになれない……結局のところ、私にヒロインは務まらなかったんだ。
『完璧に人選ミスじゃん』と心の中で呟き、私はふと紫髪の美女を思い浮かべる。
『リディアに憑依したあの子なら、上手くやれたのかな……』と考えつつ、一筋の涙を零した。
────と、ここで荷台の扉が勢いよく開け放たれる。
どうやら、先程の話し合いに決着がついたらしい。
「チッ……!無茶苦茶、言いやがって……!」
バンッと勢いよく扉を閉め、男性は苛立ちを露わにする。
恐らく、依頼者の男性に『言う通りにしろ!』と押し切られたのだろう。
『感情の赴くままに殴られたらどうしよう』と不安がる中、男性は私の目の前まで足を運んだ。
かと思えば、乱暴に胸ぐらを掴む。
「悪く思うなよ、聖女サン」




