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野外研修

 ここで更に黙秘すれば、神殿が調査や監視を始めるかもしれない。

そうなると、ルーシーさんになかなか会えなくなる……せっかく同じ前世持ちの仲間を見つけたというのに、それは悲しい……。

何より、ルーシーさんの未来予知(知識)が公になる可能性(リスク)を上げてしまうかもしれない。

だって、シナリオ通りの行動を心掛ける彼女はちょっと不自然だから。

勘のいい人なら、きっと違和感を抱く筈……。


 もちろん、直ぐに『未来を知っているんだ!』と気づくことはないと思うけど、そんなの時間の問題。

ルーシーさんの今後を考えると、バレるリスクは減らしておくべきよね。

少なくとも、本人は公になることを望んでいないのだから。


 『上手く立ち回りましょう』と決心し、私はサンストーンの瞳を真っ直ぐ見つめ返した。

と同時に、自身の顎を人差し指でツンッと(つつ)く。


「大まかに言うと、野外研修のことですかね?」


「野外研修?」


「ええ。『山の中って、危険がいっぱいだよね〜!』と話していたんです」


 後ろめたい気持ちを何とか押し殺しながら、私はそう述べた。


 嘘は言っていない……だって、本当に誘拐未遂事件が起きるなら、危険だもの。


 などと心の中で弁解していると、兄が不意にブツブツと独り言を呟く。


「なるほど。それでさっき……」


 納得したように頷き視線を上げると、兄はスッと目を細めた。


「よし、リエート────特待生の子守りは頼んだ」


「え”っ……」


 予想外の方向から攻撃を食らったリエート卿は、思わずといった様子で頬を引き攣らせる。

動揺のあまりダラダラと冷や汗を流す彼に対し、兄は実にいい笑顔を向けた。


「お前、聖騎士だろ。聖女候補の護衛にうってつけじゃないか」


「いや、それは……そうかもしれないけど!俺だって、リディアと……!」


「とにかく、任せた。リディアの方は、僕が面倒を見る」


「いや、待っ……」


「生徒会長命令だ」


 リエート卿の反論を力技で押し込め、兄はカチャリと眼鏡を押し上げた。

『話は終わりだ』とでも言うように仕事へ戻る彼の前で、リエート卿はバタンとテーブルに突っ伏す。

と同時に、拳をテーブルに叩きつけた。


「横暴にも程があるだろぉぉぉおおおお!!」


 というリエート卿の絶叫が、生徒会室に木霊した────その数週間後、私達はついに野外研修へ繰り出す。

場所は事前の告知通り、山。

と言っても、頂上ではなく麓なので遭難や体力不足の心配はないが。

形式はどちらかと言うと、ピクニックに近いかもしれない。


 学園から、山までの移動も馬車だったし。

歩いたのは、ほんの数キロ程度。

それでも、息切れしている人は結構居るけど。

貴族令嬢なんて、特に。


 『ヒールなんて履いてくるから』と苦笑いしつつ、私は女子生徒に水の入ったコップを手渡す。

『ありがとうございます』と礼を言う彼女にニッコリと微笑み、別の方の元へ向かった。

────が、兄に捕まってしまう。


「そんなの放っておけ」


「でも、皆さん疲れていらっしゃいますし、熱中症にでもなったら……」


「本当に危なくなったら、教師陣が対応する。何より、水分補給は男の役割だ」


 そう言って、兄はある方向を指さした。

促されるままそちらへ目を向けると、女子生徒を介抱する男子生徒の姿が見える。

距離感から察するに、恐らく二人とも初対面だが……なんというか、いい雰囲気だった。


 なるほど。これは疲れた女性を男性が気遣い、仲良くなる……所謂、恋愛イベントなのね。

一種のお見合いパーティーとでも、言うべきかしら。

もし、そうなら私の出る幕はなさそう。


 野外研修の目的も他者との交流を深めることなので、放置を決め込む。

『知らなかったとはいえ、出しゃばってしまった』と反省する中、ポンッと肩を叩かれた。


「よっ」


 聞き覚えのある声に導かれ、後ろを振り返ると────そこには、リエート卿とルーシーさんの姿が。

どうやら、兄の言いつけ通り二人で行動しているらしい。


「チッ。何でこっちに来た」


「なんだ、来ちゃダメなのか?」


 『今、自由時間だろ』と反論するリエート卿に、兄は眉を顰める。


「仲良く特待生とお喋りでもしていろ」


「その特待生が、お前と喋りたいんだとよ」


「はぁ?」


「てことで、あとは頼んだ」


 先日の仕返しのつもりか、リエート卿はルーシーさんを兄に預けてトンズラする。

────私の手を引いて。

挨拶する暇もなく人混みの中へ連れてこられた私は、パチパチと瞬きを繰り返す。

兄の反応を考えると、今すぐ戻るべきだが……ここでリエート卿の手を離したら、迷子になりそうだ。

なので、一先ず彼について行く。

すると、一年生の多いエリアへ辿り着いた。


 ここなら人の出入りも多いため、時間を稼げると踏んだのだろう。

イベントの時、上級生は積極的に一年生と話す習慣……というか、伝統(?)を持っているから。

学年の違う私達が一緒に居ても、違和感を持たれにくい。

────が、やはりリエート卿は目立つのでかなり注目を浴びていた。


「リエート卿、戻らなくていいんですか?」


「ああ。だって、せっかくの野外研修だぜ?リディアとの思い出、作りたいじゃん」


 『俺は今年で卒業だし、今しかないんだよ』と語り、身を屈める。

そして、何かを摘み取った。


「おっ?ラッキー。四葉じゃん」


 私のネックレスと同じクローバーを持ち上げ、リエート卿は身を起こす。

穏やかな表情でこちらを見つめる彼は、私の横髪にそっとクローバーを挿した。

当たり前のように幸運の証をくれる彼に、私は戸惑う。


「リエート卿自身がお付けになっては?」


「俺はいいんだよ。どうせ、似合わねぇーし」


「でも……」


「俺はリディアに貰ってほしいんだよ。お前になら、何をあげても惜しくない。だから、貰ってくれ」


 無邪気な笑顔でそう語るリエート卿に、私は根負けする。

ここまで言われて、突き返すのはあまりにも失礼だから。

『彼には今度、何かお礼しよう』と思いつつ、首を縦に振った。


「分かりました。ありがとうございます」


 『大事にしますね』と言い、私は柔らかく微笑む。

横髪に挿されたクローバーを少し触りながら、『帰ったら、押し花にでもしよう』と考えた。

────と、ここで視界の端に銀髪が映る。


「おや、四葉のクローバーかい?珍しいね」


 そう言って、私とリエート卿の間にスルッと入ってきたのはレーヴェン殿下だった。

『生徒会の仕事がある』とでも言って私達のところに来たのか、ファンと思しき女子生徒達はこちらを遠巻きにしている。

おかげで、かなり目立ってしまった。

『これはお兄様に見つかるのも時間の問題ね』と苦笑しつつ、私はレーヴェン殿下に向き直る。


「ごきげんよう、レーヴェン殿下。こちらのクローバーは、リエート卿にプレゼントして頂きましたの」


「へぇー?意外だな。リエートはジンクスとか、おまじないとか知らないかと思っていたよ」


「いや、さすがの俺だって四葉のクローバーくらい知ってますよ」


 『殿下は俺をなんだと思っているんですか』と文句を言い、リエート卿は溜め息を零した。

『心外だ』と言わんばかりの態度を取る彼に対し、レーヴェン殿下は謝罪する。

と言っても、悪びれる様子は一切ないが。

毒気を抜かれるほどの爽やかな笑みを前に、リエート卿は呆れ気味に肩を竦めた。

別にそこまで怒っている訳じゃないので、『まあ、いいか』と割り切ったらしい。


「そういえば、ニクスとルーシー嬢はどうしたんだい?」


 私とリエート卿のペア(?)が居ないことを指摘し、レーヴェン殿下はコテリと首を傾げる。

兄の性格上私の傍から離れることは有り得ないし、リエート卿も責任感が強いためルーシーさんの護衛を勝手に放棄するとは思えない。

だから、不思議で堪らないのだろう。

パチパチと瞬きを繰り返す彼の前で、リエート卿はそらりと視線を逸らす。

さすがに『無理やりペアを交換してきました!』とは、言えないようだ。

少なからず負い目を感じている様子のリエート卿に、私はクスリと笑みを漏らす。

その刹那────


「やっと、見つけた!」


 ────人混みを掻き分けて、こちらへやってくる兄の姿が見えた。

『血相を変えて』という表現がよく似合う慌てっぷりを見せながら、彼は近づいてくる。

そして、私の肩をガシッと掴み、右へ左へクルクル回した。

とりあえずされるがままになる私を前に、兄は『無事で良かった……』と独り言のように呟き安堵する。


 リエート卿も一緒に居たのに、心配しすぎでは……?

一体、どうしちゃったのかしら?


 過保護にしても度が過ぎている対応に、私は頭を捻る。

『今までこんなことなかったのに』と疑問に思っていると、不意に兄が顔を上げた。

かと思えば、怪訝そうに眉を顰める。


「はっ?何でリエートが一緒に居るんだ……?」


「はっ?『何で』って、そりゃあ……俺が連れてきたんだから、当たり前だろ。つーか、お前こそルーシーをどこへやったんだ?」


 『まさか、置いてきたのか?』と怒りを露わにするリエート卿に、兄は首を傾げた。

『意味が分からない』とでも言うように。


「何を言っているんだ?特待生なら、さっきお前が連れて帰って……」


「いや、俺はずっとここに居たけど」


 『お前のところになんて行ってない』と主張し、リエート卿は腕を組む。

本気で何のことか分からず混乱する彼に対し、兄は焦りを見せた。


「おい、待て。悪い冗談は……」


「冗談ではありません。リエート卿なら、ずっと私の傍に居ました」


「あぁ、私も証言しよう」


 リエート卿の発言を私とレーヴェン殿下が擁護すると、兄は目を真ん丸にした。

かと思えば、乱暴に前髪を掻き上げる。


「なっ……!?じゃあ、さっきのリエートは一体……まさか、偽物!?じゃあ、特待生は────」


 そこで一度言葉を切り、兄はサァーッと青ざめた。

最悪の事態を想定してたじろぐ彼は、勢いよく後ろを振り返る。

────が、当然そこにルーシーさんは居ない。


 嗚呼、ついに始まってしまったのね……ゲームのシナリオが。


 この中で私だけが知っている事実を思い浮かべ、不安でいっぱいになった。

ルーシーさんは無事なんだろうか?と。

ゲームや漫画であればハラハラドキドキはありつつも、ヒロインの無事を確信していただろうが……これは現実。

やはり、心配は絶えない。

『ヒロインだから、大丈夫』なんて思えず悶々としていると、兄がやっとの思いで言葉を紡ぐ。


「────誘拐(攫われた)……?」

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