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デビュタント

◇◆◇◆


 ────なんやかんやありながらも何とか準備を終え、私はデビュタント当日を迎えた。

母に見立ててもらった紫色のドレスに身を包み、髪型は編み下ろしにしてもらう。

お下げの一つ結びバージョンと言えば、分かってもらえるだろうか。

ちなみにアクセサリーは、髪飾り代わりの花とクローバーのネックレスである。


「おい、本当にそれで行くのか?やっぱり、ネックレスは別のものに変えないか?」


 そう言って、じーーーっとこちらを見つめてくるのは兄のニクスだった。

どうやら、リエート卿にもらった誕生日プレゼントを身につけているのが気に食わないらしい。

もう馬車に乗って皇城へ向かっている最中だというのに、まだ諦めがつかないようだ。


「今朝から何度も言っていますが、変更する気はありません。これはパートナーの申し出を断ってしまった、お詫びというか……せめてもの償いですので」


 リエート卿からの強い要望もあり、本来チョーカーにする筈だったアクセサリーをネックレスに変えた……という背景がある。

なので、そう簡単に変更することは出来なかった。


「それに結局────パートナーはお兄様になったんですから、これくらい許してくださいませ」


 一時はリエート卿を婚約者に仕立て上げ、皇室の要請を断る案が出ていたものの……皇室と話し合い、何とか丸く収まった。

まあ、兄としてはモヤモヤの残る結果になってしまったかもしれないが。

何故なら────


「────パートナーは僕でも、ファーストダンスの相手は殿下じゃないか」


 声色に不満を滲ませ、兄は拗ねたようにそっぽを向いた。

どうやら、皇室の提示した妥協案を未だに受け入れられないらしい。

エスコート役の仕事を一部横取りされたようで、気に食わないのだろう。

一から十までちゃんとこなしたい派の人間だから、余計に。


「ダンスを踊ったら、直ぐにお兄様の元へ戻ってきますわ。ですから、機嫌を直してください」


「……本当に直ぐだろうな?」


「はい」


 間髪容れずに頷くと、兄は僅かに表情を和らげた。

いや、ポーカーフェイスに戻ったと言った方がいいかもしれない。

カチャリと眼鏡を押し上げ、座席の背もたれに身を預ける彼は大きく息を吐いた。


「なら、いい。その代わり、最低三曲は僕と踊れ」


 『一番になれないなら、せめて数で補え』と言い、兄は譲歩する姿勢を見せる。

渋々ながらも態度を軟化させた彼に、私は『もちろんです』と大きく頷いた。

────と、ここで馬車が止まり皇城に到着したことを悟る。

小窓からそっと外の様子を窺うと、金や銀で彩られた建物が目に入った。

『あれが皇城ね』と推察する私の前で、御者が馬車の扉を開ける。

『どうぞ』と促す彼に礼を言い、私と兄は地上へ降り立った。

と同時に、会場である皇城のホールへ向かう。


「あんまり人が居ませんね」


「招待客の大半はもう入場しているからな。ほら、こういうパーティーは爵位の低い者から順番に会場入りするって説明しただろう?」


 『ウチは公爵だから、貴族の中だと一番最後だ』と語り、兄は足を止めた。

どうやら、会場に着いたらしい。

おもむろに顔を上げると、警備を担当している衛兵達と目が合った。

愛想良く挨拶してくれる彼らに軽く会釈し、私は隣に立つ兄を見上げる。


「今日デビュタントを迎えるリディア・ルース・グレンジャーと、付き添いのニクス・ネージュ・グレンジャーだ。扉を開けてくれ」


 大人相手でも物怖じせずハキハキと喋り、兄は皇城から届いた招待状を見せた。

すると、身元確認を行った衛兵達が笑顔で『ようこそ』と歓迎してくれる。

ピンッと背筋を伸ばし、観音開きの扉に手を掛ける彼らは『では、開けますね』と一声掛けてくれた。

かと思えば、


「リディア・ルース・グレンジャー公爵令嬢、並びにニクス・ネージュ・グレンジャー小公爵のご入場です!」


 と言って、扉を開け放った。

美しく飾り立てられた会場を前に、私と兄はゆっくりと歩き出す。

周囲の注目を集めながら。


 やっぱり、グレンジャー公爵家って凄い家門なのね。

皆、私達に興味津々みたい。

子供から大人まで、こっちを見つめているわ。


「チッ……!おい、リディア。付き合う人間は選べよ。あいつらは公爵家の財産を狙う、ハイエナみたいなものだからな」


 『普通の友達になれるとは思わない方がいい』と忠告し、兄は会場の奥へ歩を進める。

────と、ここでポンッと軽く肩を叩かれた。


「よっ、二人とも」


 そう言って、私達の前に躍り出たのは────友人のリエート卿だった。

『遅かったじゃん』と語る彼は騎士服に近い正装を身に纏い、珍しく(めかし)し込んでいる。

髪型もオールバックで、左耳には服と同じ真っ赤なピアスをしていた。

おかげで、だらしない印象……というか、不良っぽさ(?)が消えて好青年に見える。


「おい、何の真似だ?」


「はっ?何が?」


「その格好だよ」


「えっ?何かおかしいか?」


「何もおかしくない。だからこそ、おかしいんだよ」


 『どういう風の吹き回しだ?』と訝しみ、兄は眉を顰めた。


「お前は皇室主催のパーティーだからと言って、オシャレしてくるようなタイプじゃないだろ」


「いや、酷い言い草だな」


 『まあ、事実だけど』と苦笑いしつつ、リエート卿はポリポリと頬を掻く。


「今日はリディアの晴れ舞台だから、ちょっと気合い入れたんだよ」


「自分の晴れ舞台でもアクセサリー一つしてこなかったやつが、か?」


「うっ……!ま、まあ……その、リディアは恩人だし?」


「……本当にそれだけか?」


 じーーーっと穴が空くくらいリエート卿を見つめ、兄は詰め寄った。

何か心当たりでもあるのか、『もっと他に理由があるんじゃないか』と疑いに掛かる。

そして、尋問(探り)開始しようと(入れようと)した瞬間────


「ご来場の皆様、静粛に願います!デスタン帝国の小さな太陽、レーヴェン・ロット・デスタン皇太子殿下のご入場です!」


 ────と皇太子の登場を知らされ、扉が開いた。

それにより会話は強制的に打ち切られ、皆一様に姿勢を正す。

先程までの騒がしさが嘘のように会場内は静まり返り、大人子供関係なく(こうべ)を垂れていた。

未来の君主に敬意を表し、厳かに振る舞う中────一人の美少年が会場へ足を踏み入れる。


 腰まである銀髪を後ろで結い上げ、黒い正装に身を包む彼はゆっくりと前へ進んだ。

そして玉座の前までやってくると、クルリとこちらを振り返る。

皇族の象徴であるアメジストの瞳に我々を映し、柔らかく微笑んだ。

中性的な顔立ちをしているからか、妙に神々しく見える。


 彼が……彼こそがデスタン帝国の皇太子であり────『貴方と運命の恋を』の攻略対象者、最後の一人。


(おもて)を上げよ。楽にしてくれて、構わない」


 威厳のある口調に反し、柔らかな声でそう言い、レーヴェン殿下はスッと目を細める。


「社交界の幕開けである春の祝賀会へ、ようこそ。そして、これからよろしく頼むよ。私も本日より、正式に社交の場へ参加することを認められた身。諸先輩方の伝統や誇りを胸に刻み、紳士らしい振る舞いを心掛けよう」


 まず大人達に挨拶を済ませ、レーヴェン殿下は僅かに視線を下げた。

まだ幼く、小さい子供達(私達)を視界に入れるために。


「また、私と同じくデビュタントを迎えた諸君。まだ右も左も分からないと思うが、共に成長していこう。この国をより良いものにするために。君達は私の同志であり、ライバルだ。互いに切磋琢磨し合いながら、交流を深めて行ければと思う」


 『仲良くしよう』と明るい声で言い、レーヴェン殿下は私達の緊張を優しく(ほぐ)してくれた。

ホッとしたように息を吐き出す私達の前で、彼は侍女からワイングラスを受け取る。

と同時に、こちらを向いた。

間もなくして私達のところにも果実水やワインが運ばれ、それぞれグラスを手に持つ。


「では、この出会いが掛け替えのないものになることを願って────乾杯」

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