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講義

「手始めに────兄のニクス・ネージュ・グレンジャーに会いに行きましょう」


 ─────という宣言の元、私は小公爵の自室へ赴く。

ちょっと緊張しながら扉を見上げ、恐る恐るノックしてみた。


「あの……リディアです。今ちょっとよろしいですか?」


 『忙しいなら、日を改めます』と言い、私は相手の反応を待つ。

が、一向に返事はない。

それどころか、物音一つ聞こえなかった。


 あ、あら……?もしかして、寝ている?なら、一度出直した方がいいかしら?


 『せっかくの睡眠を邪魔するのは……』と考え、私は身を翻す。

と同時に、扉を開けられた。


「何をやっている?僕に用があるんじゃないのか?」


 そう言って、引き返そうとする私を制止したのは────見目麗しい少年だった。

月のように透き通った瞳とサラサラの金髪を持つ彼は、訝しげにこちらを見つめる。


「まさか、イタズラのつもりでノックを?」


「い、いえ違います……!直ぐに返事がなかったので、寝ているのかと思って……!」


 『ピンポンダッシュのようなことはしていない』と主張し、私はブンブンと首を横に振った。

すると、彼は一つ息を吐いて眼鏡を押し上げる。


「そうか。まあ、いい。入れ」


「は、はい」


 促されるまま部屋の中に入り、私はキョロキョロと辺りを見回した。


 本と資料がこんなにたくさん。次期当主教育って、思った以上に大変なのね。


 今更ながら『いきなり訪問して良かったのか』と考えつつ、私は来客用のソファへ腰を下ろす。

小公爵も空いている席へ腰掛け、こちらを見据えた。


「それで、用件はなんだ?」


 一も二もなく早速本題を切り出す小公爵に、私は内心苦笑を漏らす。

だって、とても兄妹の距離感とは思えなかったから。

『想像以上にドライな対応……』と困惑しながら、横髪を耳に掛けた。


「えっと、実は勉強を教えてもらいたくて」


「勉強?そんなの家庭教師に聞くなり、自習するなりしろ」


「そうしたいのは山々なのですが、魔法の分野は今いらっしゃる家庭教師の先生や自習じゃどうにもならなくて」


 ここに来る途中で考えておいた訪問理由を口にし、私はチラリと相手の顔色を窺う。


 一応、嘘は言ってない……今いらっしゃる家庭教師の先生は礼儀作法やテーブルマナーを主に教えている方だし、自習では色々と限界があるため。

別に今すぐ魔法を学ばないといけない理由はないけど、自然と交流するには最適の口実と言えた。

とはいえ、多忙を極めている小公爵にこんなことを頼むのはちょっと心が痛むけど。


 『今からでも、要求を撤回するべきか』と思い悩む中、彼は顎に手を当てる。


「魔法の勉強、か。なるほど、それで氷結魔法の使い手である僕に……」


 納得した様子でしげしげと頷き、小公爵はふと掛け時計を見上げた。


「勤勉なのはいいことだ」


「あ、ありがとうございます」


「だが、今すぐ時間を取るのは難しい。僕も何かと忙しいからな」


「そうですよね。突然こんなことをお願いしてしまい、申し訳ありません。魔法のことは自分でどうにかします」


 さすがに『そこを何とか!』と食い下がる訳にはいかず、席を立つ。

『無理を言ってしまって、申し訳ない』と思いながら、踵を返そうとすると────


「ちょっと待て」


 ────と、引き止められてしまった。

『えっ?』と声を上げて固まる私の前で、小公爵は眼鏡を押し上げる。


「誰も『教えない』とは言っていない。『今すぐ時間を取るのは難しい』と言っただけだ。明日でもいいなら、時間を取れる」


「ほ、本当ですか?」


「ああ」


 間髪容れずに首を縦に振る小公爵に、私はパッと表情を明るくした。


 小公爵はなんだかんだ言いながら、妹思いなのかもしれない。

これまでは多忙のあまり、交流を持てなかっただけで。


 『もし、そうなら嬉しいな』と思いつつ、私は自身の胸元に手を添える。


「では、是非お願いします」


 ────と、返事した翌日のお昼頃。

私は小公爵の指示通り動きやすい乗馬服に着替え、裏庭を訪れた。

そして、既に到着していた小公爵を見つけると、直ぐさま駆け寄る。


「お待たせしました」


「いや、時間通りだから気にするな」


 『こちらが早く来すぎただけだ』と言い、小公爵は腕を組んだ。

かと思えば、背筋を伸ばす。


「では、早速魔法の講義を始めるとしよう」


 そう言うが早いか、小公爵はチラリとこちらを見た。


「ところで、貴様は魔法のことをどこまで知っている?」


「お恥ずかしながら、ほとんど何も知りませんわ」


「じゃあ、魔法の定義から説明した方が良さそうだな」


「はい、よろしくお願いします」


 『魔法=凄いこと』程度の認識しかない私は、素直に教えを乞う。

すると、小公爵は『……あぁ』とぶっきらぼうに頷いた。


「いいか?魔法というのは、自然の理を覆す現象のことだ────と言っても、きっと理解出来ないだろうから、もっと簡単に説明してやる」


 そう言うなり、小公爵は手のひらを上に向け────飴玉サイズの氷をたくさん出現させた。


「今の現象は、自然の理にどう反していると思う?」


「えっと……何もないところから、氷が現れたことでしょうか?」


「正解だ。本来ここには存在しない筈のものが、ここにある。それが魔法」


 『もっと噛み砕いて言うと、材料なしでモノを生産することだ』と述べ、小公爵は氷に息を吹き掛けた。

その瞬間、氷がまるで霧のようにフッと消える。


「ちなみに、今やったのは魔術。魔法と何が違うか、分かるか?」


 こちらの学力を推し量ろうとしているのか、小公爵はレンズ越しに見える月の瞳を光らせた。

『思ったことをそのまま言ってみろ』と促す彼に頷き、私は自分の見解を述べる。


「新たにモノを生産するのではなく、既に存在するモノで異常現象を起こしたこと……ですかね?」


「まあ、概ね正解だ。魔術は既にあるモノに干渉し、操るもの。でも、モノの本質を変えることは出来ない。だから、氷をパンに変えたり爆発させたりすることは不可能だ」


「なるほど」


 小公爵の分かりやすい説明に瞠目しながら、私は相槌を打った。

『さすが、グレンジャー公爵家の次期当主』と感心する中、私はじっと彼の手を見つめる。


「あの、私でも魔法や魔術を使えますか?」


 この世界に魔法があると知ってからずっと気になっていた疑問をぶつけ、私は唇を引き結んだ。

僅かな期待を抱く私の前で、小公爵は困ったような表情を浮かべる。


「それは何とも言えない。魔法や魔術は基本────世界の理に縛られないエネルギーであるマナを元に作られた、魔力がないと使えないから」


 『現状どうしようもない』と零す小公爵に、私は更なる疑問をぶつける。


「じゃあ、魔力はどうやったら手に入れるんですか?」


「いや、これは努力じゃどうにも出来ない。生まれつきのものだから」


「と言いますと?」


「空気中のマナを取り込み、魔力へ変換する器官が体内にないと、どうにも出来ないってことだ」


「そうですか……それは残念です」


 シュンと肩を落とす私は、『リディアのスペックに賭けるしかない』と考えた。


 体の作りに関わる事となると、本当にどうしようもないものね。


 山下朱里のとき嫌というほど思い知った先天的なものの恐ろしさを思い返し、私は嘆息する。

『まあ、健康な体を手に入れただけでも有り難く思わなきゃ』と考え、気持ちを切り替えた。

────と、ここで小公爵がこちらに手を差し出す。


「手を出してみろ。貴様の魔力について、少し調べてやる」


「えっ?そんなこと可能なんですか?」


「ああ。と言っても、さすがに魔力の総量や相性は検査してみないと分からないがな。でも、魔力の有無くらいは判別出来る筈だ」


「まあ、本当ですか」


 期待に胸を膨らませ、私は小公爵の手に自身の手を重ねた。

すると────体の中に冷たい何かが、入ってくる。

物凄く不思議……というか違和感のある感覚だが、不快感はなかった。

落ち着かない気分のまま、じっと耐えること二分────突然、小公爵がカッと目を見開く。


「な、なんだこれは……魔力量が────半端じゃないぞ」


 これでもかというほど動揺を見せる小公爵は、目を白黒させた。

が、何とか平静を取り戻し、おずおずと手を離す。


「詳しい数値は検査してみないと分からないが、魔力を有しているのは確実だ」


「そうなんですね。調べていただき、ありがとうございます」


 『自分も魔法を使える』という事実に胸躍らせ、私はふわりと柔らかい笑みを浮かべる。

すっかり上機嫌になる私を前に、小公爵はコホンッと一回咳払いした。


「魔法の講義はここまでにしよう。更に詳しく知りたければ、執事にでも頼んで魔法専門の家庭教師を呼んでもらえ」


「はい、分かりました」


 多忙中の小公爵にこれ以上甘えるのは気が引けるため、素直に首を縦に振る。

『本格的に習うのは検査を受けてからでいいかな?』と思いながら背筋を伸ばし、私は優雅にお辞儀した。


「本日は本当にありがとうございました────お兄様(・・・)。おかげで、大変勉強になりました」


「……ああ」


 どこか歯切れの悪い小公爵は、月の瞳に憂いを滲ませる。

そのおかしな態度に、私は違和感を覚えるものの……何が問題なのか分からず、首を傾げた。


 普通にお礼を言っただけ……よね?あっ、もしかしてお辞儀の仕方が変だったとか?


 『もっと深く頭を下げた方が良かったかしら?』と思案する中、小公爵は屋敷の方へ足を向けた。


「そろそろ、中に戻ろう。途中まで送っていく」


 先程の微妙な反応に反して紳士的な小公爵に、私はパチパチと瞬きを繰り返す。

一体、リディア()のことをどう思っているのか分からなくて。

『一応、親切ではあるのだけど……』と頭を捻り、私はそっと眉尻を下げた。


「えっと……せっかくの申し出ではありますが、遠慮いたします。私は裏口の方から、中に入ろうと思っていますので」


 一旦考えを整理したくてそう断ると、小公爵は怪訝そうに眉を顰める。


「裏口?そこからだと、貴様の自室までかなり遠くないか?」


「そうですね。でも────途中でお母様(・・・)のお見舞いに行こうと思っているので、問題ありません」


 『お母様の部屋は裏口からの方が近いですし』と言い、私はニッコリと微笑む。

ちなみに、お見舞いは元々予定していたことだ。

公爵夫人からも訪問許可を貰っている。

『手土産は何がいいかしら?』と悩む私を前に、小公爵は呆然と立ち尽くした。

かと思えば、


「────妾の子(・・・)である貴様が何を……!」


 小公爵は鋭い目付きでこちらを睨みつける。

月の瞳にこれでもかというほど不快感を滲ませる彼は、強く歯を食いしばった。

と同時に、小公爵の周囲を巡るようにして冷気が放たれる。

その途端、地面がパキッと凍った。

鼻の奥がツンとするような寒さを前に、彼は(ひょう)混じりの雪を四方八方へ撒き散らす。

完全に無差別だが、人を殴り殺せそうなほど大きい氷塊は私へ向けられた。


 狙ってやっているのか、それとも無意識にやっているのかは分からないけど……とにかく、不味い状況であることは確かね。

幸い、リディアの身体能力が優れているから避けられそうだけど……って、ん?


「────足が動かない……?」

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