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交戦

「それより、さっさと構えろ────魔王の配下達がお出ましだぞ」


 その言葉を合図に、近くの草むらから兎達が飛び出してくる。

頭にツノを生やしているため、一目で『普通の動物じゃない』と判断出来た。

『これが魔物なのね』と観察する私を他所に、リエート卿が剣を抜く。


「二人は下がっていてくれ。直ぐに片付ける」


 先程までの弱々しい態度から、一変……リエート卿は凛とした面持ちで前を見据えた。

かと思えば、目にも止まらぬ速さで兎の首を斬り落としていく。

おかげで被害は0だった。


 敵とはいえ、生物の死体を目の当たりにするのは……辛いわね。

長い入院生活を通して、仲良くなった患者が亡くなってしまうことはよくあったけど、死ぬ現場に居合わせたことはない。

ましてや、斬殺なんて……。

凄く今更だけど、私は本当に異世界へ来てしまったのね。


 改めて痛感する前世との違いに、私は思いを馳せる。

自分なりにこっちの世界に馴染もうと頑張ってきたつもりだが……まだまだのようだ。

『これからはもっと努力しなきゃ』と決意する私を他所に、兄はふと顔を上げる。


「一先ず、当初の予定通り屋敷へ向かおう。状況を確認しないことには、作戦も立てられない」


 『情報収集が最優先だ』と語り、兄は一歩後ろへ下がった。

すると、茂みの中から水の矢が飛んでくる。それも、私達が元居た場所に。


 お兄様が移動してなかったら、直撃していたかも……本当に危なかった。


 『紙一重のタイミングだった』と考え、私は命を狙われる恐怖に晒される。

でも、兄が魔法で直ぐに犯人を凍らせてくれたため、ちょっと安心出来た。


「アクアドッグまで、居るのか。思ったより、厳しい状況かもしれないな」


「……ああ。先を急ごう」


 茂みに隠れていた青い犬はかなりの脅威なのか、リエート卿の顔色が曇る。

家族や領民の無事を願うように屋敷をじっと見つめ、彼は駆け出した。

私達もそれに続き、森の中を走り抜けていく。

途中、何度か魔物の襲撃に遭ったものの、リエート卿の剣術と兄の魔法のおかげで切り抜けられた。

私は体調不良のこともあり、依然としてお荷物状態だが……。


 二人の足を引っ張ってしまって、なんだか申し訳ない……。


 などと考えている間に、立派な屋敷へ辿り着く。

『これがリエート卿の実家?』と首を傾げる私の前で、男性陣は表情を強ばらせた。


「嘘だろ?屋敷にまで魔物が……」


「とにかく、中へ入ろう。生存者を探し出すんだ」


 サァーッと青ざめるリエート卿に『まだ希望はある』と言い聞かせ、兄は氷の矢を放つ。

近場に居た鹿の魔物を射殺し、周辺の安全を確保した彼は屋敷に侵入した。

玄関の扉の残骸と思しき板を踏みつけながら、彼は辺りを見回す。


「これは……酷いな」


 あちこちに飛び散った血痕や破壊された家具を見つめ、兄はクシャリと顔を歪めた。

『本当に生存者なんて、居るのだろうか』という言葉を必死に呑み込み、後ろを振り返る。

そこには、恐怖と不安に塗れたリエート卿の姿があった。

我々の反応を見て、『希望は薄い』と悟ってしまったのかもしれない。

この場に暗く重い空気が流れる中、動きを見せたのは────私達じゃなくて、焼け落ちた天井だった。

いや、正確にはそれをやった人……だろうか。


「────あっ、やべ……!ミスった……!」


 天井から降ってきた見知らぬ男性の声に、リエート卿と兄は強い反応を示した。

弾かれたように顔を上げ、天井と一緒に焼け落ちた鹿の魔物を足蹴にすると、声の主を確認する。

と同時に、安堵の息を吐いた。


「────兄上……!」


 リエート卿は感嘆の滲んだ声色でそう叫び、表情を和らげる。

彼の視線の先を辿ると、赤髪金眼の美丈夫が目に入った。


「えっ?リエート?何で居んの?洗礼式は?」


 ポカンとした様子で疑問を呈する彼に、リエート卿はワケを説明する────よりも先に抱きついた。

風魔法で跳躍をつけて。


「ぐふっ……!?」


 身長差の問題か、赤髪の美丈夫はリエート卿のタックルをお腹で受け止めてしまった。

『ちょっ、もろ鳩尾に……』と零す彼に対し、卿はキラッキラの笑顔を見せる。


「兄上……!無事で良かった……!」


「お、おう……お前もな」


 困惑しながらも何とか笑みを作り、赤髪の美丈夫はグッと親指を立てた。

『グッドラック』と言っているようにも見えるそのポーズに、私は苦笑を零す。

『感動の再会に水を差すのはなぁ……』と悩んでいると、兄が足元から氷を出す。

そして氷の柱で体を押し上げるようにして、焼け落ちた天井から二階へやってきた。

と同時に、リエート卿のお尻を蹴り飛ばす。


「時間がないから、その辺にしておけ」


 『いい加減、鬱陶しい』と吐き捨て、兄は赤髪の美丈夫に向き直った。


「アレン・ブルース・クライン殿。救助要請を受けて参りました、ニクス・ネージュ・グレンジャーです。こちらは妹のリディア・ルース・グレンジャー」


「初めまして」


 兄の紹介に合わせてお辞儀し、私は軽く挨拶する。

『こんな格好ですみません』と無体を詫びると、アレン小公爵は笑顔で首を横に振る。

『大丈夫だから、リラックスしてて』と優しく言い、こちらの体調を気遣ってくれた。


「我々はあくまで先発隊で、本隊は後ほど到着予定です。父上もその時、いらっしゃいます。一先ず、状況を確認させて頂いてもよろしいでしょうか?」


 『まだこちらに到着したばかりで何がなんだか』と零す兄に、アレン小公爵は頷く。


「立ち話もなんだし、一旦場所を移そう」


 そう言って歩き出した彼は、三階の大広間へ私達を案内してくれた。

そこには他の者達の姿もあり、みんな身を寄せ合って魔物の脅威に耐えている。

ただ、思ったより冷静らしく食料などの物資を分け合う様子が見れた。

なんなら、見ず知らずの私にもクッキーをくれた。

『ありがとうございます』と言って素直に好意を受け取り、私はもぐもぐとクッキーを食べる。


 本当は辞退したかったのだけど、押し切られてしまった。

『子供が無理するんじゃない!』って。


 兄の腕から降りて椅子に座る私は、大人達より手厚い歓迎を受けていた。

ブランケットやらクッションやら貸してもらい、快適に過ごす。


「それで、被害状況は?」


 窓越しに外の様子を確認しながら、兄は尋ねた。

すると、アレン小公爵は間髪容れずにこう答える。


「とりあえず、屋敷内での死者は0。ただ、魔物の討伐に向かった騎士団はどうなっているか分からない。恐らく、全滅はしていないだろうけど……ここまで魔物が押し寄せている状況を考えると、苦戦を強いられているだろうな」


 子供の私を気遣っているのか、明言は避けつつも『何人か死んでいるかもしれない』と匂わせた。

『全員生存の可能性はかなり低い』と踏んでいるアレン小公爵に対し、兄は一つ息を吐く。

とてもじゃないが、楽観なんて出来ない状況に危機感を抱いているらしい。

────と、ここで我慢し切れなくなった様子のリエート卿が口を挟む。


「ち、父上と母上は……!?」

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