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「うぅ……にぃちゃん、おんぶぅ……」
「はぁ……だから言っただろう? 今日はおんぶ出来ないから付いてくるなって……」
背後から弱々しくかけられた声に、僕は溜息を吐いた。振り返ると縋るような目で、僕を見上げる弟。昼間を幼稚園で過ごし、僕の帰宅に合わせてお使いに来たのだ。疲れるのは当たり前である。何時もならば弟をおぶうか抱えるが、今日は頼まれたトイレットペーパーを両手で抱えている為それ出来ない。それは家を出る時に告げ、弟はそれでも僕のお使いに付いてくると言ったのだ。
「だって……」
「手が塞がっているから、おんぶも抱っこも無理。ほら、歩く」
渋る弟に歩くように促す。僕がもっと大きければ、弟とトイレットペーパーの両方を持つことは簡単だろう。しかし僕はまだ小学生三年生で、トイレットペーパーを抱えるので精一杯なのだ。因みにトイレットペーパーは、弟が遊んで無駄遣いをした為に買いに来ている。
「むぅ! やっ!」
「はぁ……分かった。じゃあ、そこに居な」
頬を膨らませると、弟はその場にしゃがんでしまった。僕は弟を置いて、店の角を曲がった。店を三件分歩くと、踵を返し来た道を帰る。これは帰るフリを見せて、弟に帰ることを促す作戦だ。本来ならば弟を一人にしたくないが、両親から甘やかしすぎないようにと言われている。
「ぐすっ……ふぇ……」
店の角から様子を窺うと、両手で顔を覆いながら弟は泣いていた。幼稚園児相手にやり過ぎたようだ。俺は弟へと歩み寄った。
「あまり目を擦るなよ、赤くなっちゃうぞ」
「に、にぃちゃん……ごめんね……いいこにするから、いっいょにいて?」
ハンカチで弟の零れ落ちる涙を拭う。帰るフリ作戦は大成功したようだ。少しの間で、弟の目は真っ赤になっていた。やり過ぎたかもしれないが、猛反省しているようだ。家に帰ったら、うんと褒めよう。
「勿論だよ。ほら、帰るぞ」
「うん! にぃちゃん、だいすき!」
トイレットペーパーを片方に傾けると、左手を弟に差し出した。
笑顔で握った弟の手は、何時もよりも冷たかった。