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不機嫌そうに首をもたげた羽蛇の子に、雄介は慌てて湯船から手を遠ざける。


「ごめん、君は熱いの嫌だよね」


するりと手首から降りると、ローエンが遊んでぬるくなった桶の水へと移動していく。

桶の縁に頭を乗せて御機嫌に尻尾を揺らし始めた羽蛇に雄介は思わず噴き出しそうになる。


「なんだか君、少しおじさんくさいなあ」


褒め言葉でないのがわかるのか尻尾が水を叩くように振り下ろされる。

跳ねる水にローエンがそれをまねて湯船の水を叩くとばしゃりと音を立てて雄介と自分に水がかかって驚いている。

だがそれも一瞬で、交互に手を振り下ろしては楽しそうに笑い声を上げる。


「うわっぷ!ちょっローエン、やめ、うっぷ、こら、」


「きゃー!ばしゃばしゃ!」


思わず両脇を支えていた手に力を込めて持ちあげる。

ざばり、と湯船から引き離されたローエンは動きを止めるも、次は脚を大きく振り上げた。


「ちょ!それはあぶ!」


ゴン、と雄介のおでこをローエンのかかとが直撃する。

伸ばした腕がへろへろとローエンを湯船へ降ろす。

痛みに無言になる雄介をローエンがおそるおそる振り返る。

片手でローエンを支えながらおでこに手のひらを当てた雄介にローエンはいっきに瞳いっぱいに涙をためる。


「ユーいたい?ごめんね、いたい?」


「ふ、ふふ、大丈夫、痛いけど大丈夫、わざとじゃないもんね、だから大丈夫」


手をどけた雄介のおでこに小さな手が添えられる。


「いたいいたいとんでけー」


「ありがとうローエン、でもお風呂の中で暴れたりしちゃ危ないからね、あんまりばしゃばしゃしない事!いいですか?」


「あい」


大きく頷いたローエンを少し立てた膝に座らせて水を含んで顔に張り付く癖のある髪をそっと指先で払う。

そこで耳の後ろに大きな裂傷があるのに気づいた。


「ごめんローエン、ちょっと見せて」


まるで、耳を切り取るようについた傷に雄介はぞっとする。

よく見ると耳の端は切り込みでも入れたような形になっている。


「なんでこんな・・・」


絶句した雄介をローエンは首を傾げながら見上げてくる。


「ローエン、治そう、こんなのあっちゃいけない」


ぎゅうと抱きしめられた嬉しそうな声を上げるローエンに雄介は決意を込めた顔をしていた。

お風呂からあがると体を拭きながら雄介はローエンの体をくまなく調べて行く。

傷らしいものは耳以外にしか見当たらない事にほっと息をつく。


「ユー・・・、」


うつらうつらしながら雄介を呼ぶローエンに笑いながら返事を返す。


「ローエンもうちょっとだから頑張って」


「うー・・・」


眠気でゆらゆら揺れる小さな体を支えながら着替えさせて、お風呂を振り返る。


「君はまだはいってるの?大丈夫?」


首をもたげた羽蛇は心配ないと言いたげに尻尾を振り振りと揺らす。

雄介はその様子にはいはいと頷くとローエンを抱き上げた。

ローエンをベットに寝かせると腰に巻いていた布をはずし着替え始める。

ローエンはすやすやと寝息を立てている。


「うーん、これは夜寝れない奴かも。」


気持よさそうなローエンを見ながら雄介は笑う。

大の字に投げ出された体に胸は規則正しく上下に動く。

その様子にまぁいいかと思えてしまう。


「それじゃあ、僕は僕にできる事をしますか」


薬草を詰め直した袋を覗きこむ。

雄介は満足そうにうなずくと薬草を取り出していく。

アーブンがくれた薬師用の道具セットを備えつけのテーブルに並べて満面の笑みを浮かべる。

恐らく結構な腕の職人が作ったものだ。

もちろんこれも受け取るのに一悶着あっている。

雄介はさっそく薬作りに取り掛かった。






















「急に悪かったな。」


ぼそりとつぶやかれた声に洗い物をしていた手を止めたカロンは獣の顔の自分より表情の読みにくい兄を見る。

いつもの仏頂面にカロンは苦笑いをこぼす。


「いつでも帰ってこいってこっちは言ってるはずだけどなあ?何が悪いんだよ?むしろ見たか、サマンサの張り切り具合可愛かったな!」


「・・・・あぁ、相変わらずで安心したよ」


「それで、訳ありの薬師様をどうしたいんだよ?あんなぼんやりした人久しぶりに見たよ」


「まぁ、そうだな。」


ふうと深いため息をこぼしたイアンにカロンの苦笑いは深まるばかりだ。


「向こうでは無理だった、が、今ならと思わんでもない。ただ、俺はあの人にひどい事をした」


涙を溜めた瞳を見て見ぬふりをした。

扇情的な姿を欲を含めて見ていた。

どれほど辛かったか、苦しかったか、想像するだに胸を掻き毟りたくなる。

イアンは思いだしそうになって首を振る。

どうしても反応してしまう自分に嫌気がさす。


「兄さんは考えすぎるところがあるからな、それで?」


「前の家はどうしてる?」


「町はずれの?もちろん綺麗にしてくれてるよ?サマンサが。いつ兄さんが帰ってきてもいいようにってね」


「すまない、ありがとう。」


「まぁ、いいけどね。ギルドに行くんだろう?あの子の事、探してたらその男のとこに返すの?」


「・・・・・・・・・薬師殿が望むなら」


「ふはっ、兄さん笑わせないでよ、」


眉間にしわが寄る、ふかく。

その様子にカロンは笑い声を上げた。


「と、とりあえず、その髭剃ってさ、男前の顔出してきなよ。口説くならなんでも有効活用しなきゃね。」


「・・・あぁ、」


素直に頷く兄がおもしろくてカロンは笑いが止まらなくなる。

 ほんとに、あの薬師様には感謝だな。

カロンがそんなことを想っているなんて想像もしていないイアンはちょっと気に行っていたひげをなぞる。

やっといい具合に伸びてきたのに評判が悪いのには気づいていたのでのっそりと立ち上がった。

ひげを剃る気になったらしいイアンにとうとうお腹を抱えて笑いだしたカロン。

何とも言えない視線をカロンに送りながら勝手知ったるなんとやらで奥の二人の住居スペースに向かう。

後ろから追いかけるように聞こえてきた爆笑にイアンは悪態をつきながら鏡に向きあった。






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