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中に入ると雄介はほうと息を漏らした。

磨き上げられた床が差し込んだ陽に照らされて輝いて見える。

新しい建物ではないが大切に手間暇こめて守られてきた建物特有のなんとも言えない素敵な空間が広がっていた。

椅子をすすめられて恐縮しながら座った雄介の前に湯気の立つスープが出される。

いい香りに膝の上に座るローエンから歓声が上がった。


「まあ、とりあえずこれでも飲んで」


雄介は深く頭を下げた。

そっとスプーンを取るとスープをすっくてふうふうと冷ます。

ローエンの口に持っていくと大きく口を開けたローエンがかぶりつく。

ローエンが嬉しそうに雄介を見上げた瞳がきらきらと光って見えるのは気のせいではないだろう。


「おいちい!ユーも!」


小さな手がスプーンを持った手をくいくいとスープへ促してくる。

その様子に雄介はそっと自分もスープを口に運んだ。

具がとろとろになるまで煮込んだスープはあったかくて、優しい味がする。

視界がぼやけて、熱いものが頬を伝う。

滲んだ視界のせいでローエンの顔が見えない。


「おいしい、おいしいね、」


漏れそうになる嗚咽の代わりに雄介は何度もつぶやいた。

ローエンの小さな手が雄介の頬を撫でる。

ローエンの小さな体を抱きしめながら雄介は止まらない涙を何度も手で乱暴に拭った。




目元を真っ赤にした雄介がスープを食べを終わるのを何も言わずに待っていてくれたカロンには感謝しかない。

お礼を言うと嬉しそうに顔をほころばせたのがわかった。

獣人の表情は人間ほどわかりやすくない。

それでもカロンの表情はわかる気がした。


「わかった!判ったから!サマンサ勘弁してくれ!」


大きな声を上げながら厨房横の扉から出てきたのはイアンだ。

そのあとをサマンサが小言を言いながら追いかけてくる。

ぶすっとした表情で雄介の横に腰掛けると、サマンサはまだ言い足りないと言わんばかりの表情を浮かべてカウンターの中へと入っていく。


「まあ、とりあえず兄さんも食えよ。」


「ああ、いただこう。」


「ほら、ローエン甘いものは好きか?」


雄介の手のひらほどもありそうなクッキーを出されたローエンの瞳が輝く。

半分に割ってからローエンに渡すと小さな手に握って満面の笑みで雄介を見上げてくる。

雄介もつられて笑顔になる。

横ではイアンが出された大きなサンドイッチに食いついている。

ローエンが笑顔で、横に信頼できると思える人が居て、


 ああ、なんて素敵な光景だろう。


雄介は今日の事は忘れずにいようと思った。

大きな口であっという間にサンドイッチを食べ終えるとイアンはふっと息をついた。


「薬師殿、」


「は、はい。」


イアンに向き直られて雄介は慌てて居住まいを正す。

その様子にイアンは顔をほころばせた。


「あまり気分のいい話ではないが、こういうものは後回しでもいい事はないからな。聞いてくれるか?」


雄介は頷く。


「あなたは恐らく正規の手続きで奴隷として売られたわけではないと思う。」


それは雄介にもわかる。

奴隷にされるほど金銭で困った事はなかったし、法を犯すような事をした覚えもないのだ。

だからこそ、雄介は困惑したし、認められなかった。


「あの奴隷商、えらく急に町を離れたがったらしくて急な依頼だった。商売道具が人だからな、奴隷商というのは規模の大・小にかかわらず移動には気を使って時間をかける。準備もお粗末だったしやたらと時間を気にかけていた。薬師殿は奴隷印の焼き付けはされたか?」


雄介は横に首を振る。


「奴隷商の持っていた書付にも薬師殿は入ってなかった。奴隷商の目的はあなたを奴隷として町から連れ出す事、離れる事だった。だから少しでも早く出発してしまいたかった、見つかると今度は自分が犯罪奴隷だから。そう考えるといろいろと辻褄が合う。後は誰が何の目的で薬師殿を町から追い出したかったのか」


黙って目を伏せた雄介にイアンは一瞬口を閉じた。


「あの男ではないだろう、」


雄介がバッと顔を上げた。

あの男でわかるのか、といじけた想いが浮き上がるのをイアンは必死で押えこんだ。

雄介が暗い顔で笑みを浮かべる。


「そうでしょうか、僕たちの関係はとっくに壊れていたんです。本当はずっと前に。」


雄介はこの世界に来てからずっとわかっていた。

お互いに怖かったのだ。

いい歳をした大人だからと言って突然知らない場所で1人でやっていけるわけがない。

依存に近かったのだろうと思っている。

家族も友人もいない場所で何も分からない状態でお互いに頼るしかなかったから成り立っていた関係。


「・・・・明日、アーブンのところに行く際にギルドに寄ろう。今日は休むと良い。」


「よっしゃ、じゃあ部屋に案内しよう!サマンサ!」


「はいよ!ほら薬師殿、ローエンこっちだよ」


「そ、そこまでしてもらうわけには!」


慌てて辞退しようとする雄介にサマンサは何言ってんだい!と目をいからせた。


「あの義兄を連れてきてくれた人を粗末に扱えるかい!10年ぶりだよ!そして何よりね、小さい子を抱えて安宿なんかに泊まろうなんて考えるんじゃないよ!治安だって悪いしうちよりいいとこ何てあるわきゃないんだから!」


たくましい腕が雄介の腕をつかむと逃がさないよとばかりにいい笑顔のサマンサが先に立って歩き出す。

雄介はローエンを落とさないように抱き直しながらイアンとカロンに頭を下げた。


「ほんとに、ありがとね。義兄さんなかなか帰ってきてくれなくてね。久々に顔が見れてうちの人すごくうれしそうだった。」


部屋に押し込みながらサマンサは嬉しそうに笑う。


「風呂も入れるからね、ゆっくり休んで」


そう言ってさっさと出て行こうとするサマンサに何度も頭を下げた。

改めて部屋を見回してみる。

小さな部屋だがベットは大きく、小さなお風呂まで付いている。

いくらだろうと考えずにはいられない。

薬代で貰った金額で足りない分は薬で補えるだろうか。

自分の腕を掴んだ優しくてたくましい腕は水仕事や力仕事でずいぶんと荒れていた。

荒れ止めと保湿液と、と考えを巡らせているとローエンが雄介の服をくいくいと引っ張る。

どうも降ろしてほしいらしい。

雄介がローエンを床に下ろすと嬉しそうに歩きまわる。

その姿に雄介は体から力が抜けるのがわかる。

 

 奴隷でないなら、この子とずっと暮らせるかもしれない。

 治療院で働ければこの子と2人ならやってけるし、

 ずうずうしいけどだめならカロンさんに働けないか頼みこんでみよう。


そう決めると雄介は力が湧いてくる。


 頑張ろう

 頑張ろう、

 誰かのために。

 それが今は自分の為になるから。


「ローエン、お風呂はろっか?」


「おふろ?」


「そうお風呂、気持ちいいよ!」
























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