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5.出会い




雄介は聞き覚えのない音にうっすらと目を開けた。

空に朱色が差し、朝特融の色合いを見せている。

腕の中のローエンを起こさぬよう、ゆっくりと体を起こした雄介は足もとに居たイアンが居ないのに気づいて音の方に視線をやった。

大きな剣を音が鳴るほどの勢いで振り続けていたイアンは雄介が起きた事に気付くと素振りをやめてするすると木を登る。


「うるさかったか?」


「いいえ」


遠くで鳥の泣き声がする。

少し肌寒いがすがすがしい朝だ。

昨日あんなに必死になってこけながら駈けた森は、静かで穏やかな顔をしている。

あんな事があったのに自分は何もなかったようにこれからの事に目をむけ、薬草を摘み、食事をして、眠った。

その事に気付いて雄介はまた、怖くなった。

いつもそうだ、死にかけて戻ったのに翌日にはまた魔物を狩りに出た。

仲間が死んだ夜に明日の準備をしながら、明日の話をした。

死を悼む。

人の死に慣れて行く気がして雄介はいつも怖い。

今回だって、雄介は泣いていない。

必死で逃げていたから、生きなければならないから。

穏やかな寝息を立てているローエンを見下ろして、雄介は無性に泣きたくなった。


「泣くな、」


え?と顔を上げた雄介は視界が滲んでいる事に気付いた。


「泣くな」


イアンがそっと雄介の前に膝をつく。

指の腹が零れそうな涙を拭う様に払った。

雄介は温かな手だと思った。

大きな温かな手、剣ダコがあって雄介たちを守ってくれた手だ。


「本当にありがとうございました」


「・・・・薬草を摘んで真っ先に俺の手当てをしただろう、森を抜けて一番にローエンの体を調べただろう、森の中でローエンを守りぬいただろう、その細い体で身を呈してローエンをかばったじゃないか、ありがとうと言われるべきはあなただ、薬師殿」


「そんな、俺は、何にも、」


「ありがとう、きっとローエンの親も感謝しているはずだ。」


イアンの穏やかな瞳に雄介もつられるように穏やかな気分になってくるのがわかった。


「あなたは強いですね、そして優しい。」


「優しいのはあなただ、薬師殿。」


そう言って立ちあがったイアンは伸びをするとひょんと飛び降りる。

そんなイアンの背中を見送って、雄介はふと診療所の事を思い出した。

 あれ、なんか、大事な事、思いだしそう、

ローエンが腕の中で身じろぎしたのでハッとして雄介も立ち上がった。


「ごめんねローエン少し動かすよ。」


背中にローエンをおぶると雄介も木を下りた。

まだまだローエンは眠いのか雄介の背中でむにゃむにゃと言葉にならない声をあげて寝息を立て始めた。

その様子に雄介は笑みをこぼす。


「さあ、今日は森を抜けるぞ。」


そう気合を入れると食事の準備を始めているイアンのもとに急いだ。













「大丈夫か?」


体を支えられて、雄介は何度もうなずいた。

魔物との遭遇自体は少ないものの、ローエンを背負っているとどうしても足もとが疎かになってしまう。

こけそうになった雄介を簡単に片手で支えたイアンはもう片方に構えた剣でザンっと伸びてきた蔓を切り落とす。


「す、すいません、ありがとうございます。」


「もうすぐ森も終わる、抜けたら街道に出るから少し休憩しよう」


「は、はい!」


よいしょと声をかけつつローエンを背負い直す。

こまめにひもも直さないとローエンが痛い思いをしてしまう。

きゃきゃと楽しそうなローエンにほっとしつつ雄介はイアンについて歩き出す。

そこからは早かった。

街道沿いに魔物の姿はなく、出てしまうとある程度舗装された道は歩きやすい。

大きな馬車を引いた商隊が休んでいるのに出くわして雄介はほっとした。

イアンが商隊に寄って行くと何やら交渉をしているようだったた。

不意にイアンの表情が曇る。

ローエンを前にうだきなおしながら様子をうかがっているとイアンがこちらに目くばせをした。


「どうかされましたか?」


雄介は寄って行くと商隊の護衛だろう数人が剣に手を掛けるのがわかった。

自分の格好に今更ながら気づいて雄介はひるむ。


「彼は薬師だ。」


言葉少なにイアンが雄介を自分の方へと引き寄せる。

荷馬車とは違う少しこった作りの馬車のドアが開けられ椅子に体を丸めて横になる少女が目に入る。

きつく閉じた目に、体は小さく震えている。

少しのぞいた腕に赤黒いまだらが広がるのを見て雄介はさっと表情を変えた。


「ローエンを」


イアンにローエンを預けると護衛たちが色めき立つのも気にせず雄介は少女の腕を取る。

袖を捲ると広がりつつあるまだらに舌打ちをした。


「いつからです?」


「そ、それが、気付いたらこのように、このこは一体、」


「毒です、この広がり具合からして4・5日、相当きつかったはずです、休憩中に植物には触りましたか?」


「え、ええ、この子は花が好きなので、何度か花摘みを」


そう言って指差した方に籠にいれた花が置いてあった。

ざっと中を確認した雄介はああ、と声を漏らした。


「他にこの花に触れた人はいませんね?」


「はい、娘がずっと飾って眺めていましたから」


「わかりました。これは触らずにこのまま燃やしてください。花には絶対に触らないで!」


雑に受け取ろうとした護衛に雄介は声を上げた。


「幸運としか言いようがない、」


ぼそりとつぶやいた雄介は腰に下げた袋を開けると中味を馬車に床にぶちまける。


「何か葉をすりつぶせるものはありますか?」


「あります!」


ずっとおろおろと雄介にこたえていた父親は薬研をよこした。

雄介は頭の中で配合を計算しながら薬草をすりつぶしては精製を繰り返す。

精製はこの世界ではすべて魔法で行う。

魔力量や時間など気を配る事が多い。

普通は専用の機械に入れ魔力を込めてした方が効率はいいし早い。

でも、今はそんな事考える余裕もない。

単純な作業に見あるが雄介の頬には大粒の汗が流れて行く。


そして最後に、雄介は自分の手首に巻きついたままの羽蛇の子をそっと撫でた。


「君の鱗を一枚分けてもらえないかな?女の子なんだ、なるべくあざは残したくない」


雄介の小さな呟きに羽蛇の子は仕方ないとばかりに首をもたげるとふるり、と体を揺らす。

音もなく一枚鱗が落ちると雄介はありがとうと笑みを浮かべた。

羽蛇の鱗は古傷も直すと言う。

卒倒しそうなほど顔色を無くした父親はイアンを見上げる。

イアンは知らん顔を決め込んだ。

なかなかお目にかかる事のない貴重な薬草が次々と放り込まれていくのだ。

それも身なりだけ見れば奴隷や物乞いのような少年の手によって。

そりゃあ、卒倒しそうにもなるだろう。

そして何よりその精製の高度さに父親はおののいていた。

雄介はそんな思いなどお構いなしに薬を作り上げると、少女の頭を抱えて顎を持ちあげた。


「お願い!飲んで!」


少女の口から薬が零れおちる。


「少しでいい!お願い飲んで!」


微かに少女の瞼が痙攣する。

微かに嚥下してのがわかった。

ほっとしたのもつかの間、ごぼりと少女の口からどろりとしたものがこぼれてくる。

雄介はそれを払うと床に落ちたそれは床にあなを開けて地に落ちた。


「薬師殿!」


「あ、もう大丈夫ですよ。体内から出てしまえばすぐにダメになりますから。」


「手は!?」


「え、あ、大丈夫です。これならすぐ治りますし、それより水をお願いします。」


火傷のようになっている手をひらひらと振りながら目線は意識を取り戻した少女に向かったままだ。

勘弁してくれとイアンは顔を顰めた。

すると、イアンの腕の中おとなしくしていたローエンが声を上げて泣き出した。

ちょうど水を持ってきた父親と場所を変わると雄介はローエンをイアンから受け取るとその額に唇を寄せた。


「ごめんねローエン、待っててくれてありがとう」


ローエンが雄介の首にぎゅうと小さな腕を回すと、雄介は嬉しそうに笑った。

















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