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うとうとしはじめたローエンを抱き上げるとあっという間に眠ってしまう。
「明日、夜が明け次第発とう。昨夜のような心配はないが森は早めに抜けたい」
「はい、よろしくお願いします」
すっかり安心したように眠ってしまったローエンを器用に背中におぶって雄介は森の中を歩き回っていた。
小さな短剣を腰にさし、森の中を、と言ってもすぐに湖に出れる程の距離だが、雄介は満足そうに反対側にぶら下げた袋を覗き込んだ。
薬草や食べれる物が多く生えている。
「湖が近いからかなぁ、結構いろんな植物が多い」
身軽にひょいひょいと木を登って木の実を取ろうと手を伸ばすとがさりと背中のローエンの顔に葉があたる。
「ふがっ!」
びっくりして飛び起きたローエンは、キョトキョトと目を動かすと、様子を伺っていた雄介と目があってきゃっきゃっと声をあげて笑う。
「あははは、ごめんね、ローエンびっくりだね~」
ひょんと木から飛び降りると雄介はローエンを前に抱きなおした。
袋いっぱいに摘んだ葉は傷薬や、実は熱さましに使われるし甘くそのまま食べても美味しいものだ。
町に行くのなら、これからの生活の事を考えなくてはならない。
ローエンが居るならなおさらだ。
少しでも足しになるようなものは用意しておきたい。
はた、と当たり前のようにローエンと一緒に暮らすつもりの自分に気付いて、雄介は苦い笑みを浮かべる。
奴隷と暮らすなど出来ない事だろう。
町に着いたらローエンとは離れ離れになるかもしれない。
小さな温もりをそっと抱きなおすと、頭を降った。
振りきるように踏み出した先で珍しい薬草を見つけて手を伸ばす。
葉を摘もうとして蛇のような小さなモノが茎にとぐろを巻いているのに気づいた。
「珍しい、羽蛇の子供だ。」
白い美しいうろこの胴体に小さな羽根が生えている。
魔物と呼ばれる生き物で、鱗や羽を装飾品に使うために乱獲され今は個体数がかなり少ないらしい。
首をもたげた羽蛇は必死の様子で雄介を威嚇してくる。
「ごめんね、これは君のだったんだね、大丈夫取ったりしないよ。」
そっと手をひっこめた雄介はそっと声をかけると先ほど取った実を側に転がしてやる。
「これはお詫びかな」
雄介は立ち上がると周りを見回した。
そこここで薬草や食べれる実が目に入る。
雄介は気合を入れると袋を広げた。
「えらく摘んできたな。」
イアンの呆れたような声に苦笑いを返しつつ、パンパンに膨れた袋を見下ろす。
夢中になりすぎたのは判っていたので若干気恥ずかしそうな雄介は袋を覗きこんだ。
「あれ、今なんか・・・・」
きらりと光った気がする、雄介は大きな葉をそっと持ちあげると、そこに白い体があった。
「あれ、君、」
「羽蛇の子供か」
雄介声に一緒に袋を覗きこんだイアンが珍しげに目を細めた。
首をもたげた羽蛇の子はスルリと雄介の手首に巻きつくと、そこに落ち着いてしまう。
どうしよう、と困惑を貼りつけた表情でイアンを見上げて雄介にイアンは思わずといったように笑みをこぼした。
「羽蛇は滅多に人には懐かん、余程無害だと思われてるうだろう。まあ、お守りになると言われている魔物だ、特に害はないだろう。」
そのままにしておけ、というイアンに雄介は多少戸惑ったものの不便は感じなさそうなので、鱗を一撫でして袋の確認に戻った。
森の日暮は早い、あっという間に空に輝く月が出ている。
寝るのは止まり木と呼ばれる不思議な形の木だ。
水辺によく生える巨木で、足場になりそうな丈夫な短い枝と、人が丸まって寝るのに問題のない太く平べったい楕円に伸びる枝で構成される不思議な形の木だ。
平べったいそこに体を横たえる雄介の足もとにイアンは腰を下ろすと目をつむってしまった。
雄介はローエンを腕の中に薄い布に包まった。
すやすやと健やかな寝息を聞いていると、雄介もあっという間に眠りに落ちた。
イアンはそっと目を開けた。
ローエンを腕に穏やかな寝息を立てる雄介にイアンはほっと息をついた。
奴隷商の護衛の依頼は乗り気ではなかったが、荷の中に彼を見つけていてもたっても居られなかった。
仕事柄、怪我が多く、値の張る教会での治療より町やギルドの治癒士や薬師を頼る事が多い。
雄介のいた治療院はその中でも腕は確かであの獣人の医師はわけ隔てなく安価で治療を行うと評判だった。
あそこの常連の傭兵や冒険者は多い。
イアンもその一人だった。
ここ最近は医師の事よりもいつも一生懸命で優しく、腕のいい薬師の話題におされていたが恐らく当の本人は知らないのだろう。
何度も足を運んだ割に、イアンの事はさっぱり憶えてくれていないようだった。
なんせ彼の隣には同じ人族の男が貼りついていた。
あの独占欲の塊のような瞳はあまり好ましいものではなかった。
「あの男が簡単に手を離すとは思えん、一体何があった薬師殿」
小さな呟きに返事はない。
この木にさえいれば魔物に襲われり心配はない。
イアンは自分の瞳に隠る熱に蓋をするように目を閉じた。
細い人族の腕で器用に木を登り、楽しそうに薬草を摘む姿が浮かび上がる。
願わくば、このまま・・・
そう願いそうになりながら、イアンは浅い眠りに入った。




