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その日も雄介はローエンを抱いて扉の近くでうとうとしていた。

連日の魔物の対応でか護衛達も疲れたのだろう、早々に火の番だけを残して自分たちのテントに引っ込んだ。

ただなんとなく、雄介は眠れずにうとうとしては目を覚ますことを繰り返していた。

だからだろうか、ふと、聞き慣れない音を聞いた気がして目を覚ましたのだ。

高い格子窓から月明かりが漏れている。

なんだか、煙臭い。

手足に纏わりついていた鎖が、雄介が身体を起こすとじゃら、とほどけた。

雄介は眉を寄せて拾い上げた。

薄暗闇で目を凝らすと、他の奴隷の鎖も同様に床に広がっている。

なんだ?

まだ、他の奴隷達が異変に気付く気配はない。

声を掛けるべきか悩みながらも、雄介はそっとローエンを抱きなおす。

反射的に抱っこひもがわりの布をきつく締めなおした。

様子を伺っていた雄介の耳に鋭い金属音が聞こえた。

次の瞬間、ばんっと開け放たれた扉の向こうで獣人の吠えるような声が上がった。


「逃げるぞ!」


低く、切羽詰まった声、それと同時にミシリと馬車がきしんだ。

ローエンが目を覚ます。

そばに置いていた荷物をひっつかみ馬車から飛び降りる。

次の瞬間、馬車は嫌な音を立てて潰れた。

そう()()()()()

その光景に雄介は立ち尽くす。

爪の鋭い大きな足が馬車を踏み潰している。

爪の先に刺さっている物が人だと知ると、雄介は込み上げる嘔吐感に歯を食いしばって耐えた。

奴隷商だ。

だから、鎖がほどけた。

奴隷と主を魔力で縛る鎖。

鳥のような足、見上げる程の巨体は煩わしそうに足をあげて振るような仕草をする。

爪に引っ掛かった異物を取ろうとしているのだ。

潰された馬車の板の隙間から手が覗いている。

踏みつけていた足が上がると、じわりと赤い染みがそこから広がっていく。

あれは、女の子の手だろうか、それともあの白髪の男性のものか、現実逃避のようにどうしようもないことを考えそうになる雄介を現実に引き戻す手があった。

力一杯後ろに引き倒される。


「死にたいのかっ!」


腹のそこに響くような怒声に、雄介ははっとするとさっと立ち上がった。

爪の先から、力のない濁った瞳の奴隷商が落ちてくる。

ローエンの小さな手が雄介の服をしっかりと握りしめている。


 だめだ、この子を守らなくては


浮かんだのはそれだけだった。

雄介は走り出す。

獣人もその後に続く。

森の奥へ、木々に紛れるように。

何度も何度も躓き、こけて、雄介は必死に走り続けた。

現れる魔物を獣人がばっさばっさと斬り倒していく。

ローエンを庇いながら、傷だらけになりながらとにかく足を動かした。

暗くて足元の覚束なかった森の中に日が射してくる。

夜明けだ。

白ばみ始めた空が木々の隙間から見える。

開けた場所に出た。

無我夢中で闇雲に走っていたと思ったが、そうでは無かったらしい。


「ふぁ、」


腕のなかのローエンの顔がじわりと歪むと涙が滲んでくる。

わぁーん、と大きな声で泣き出したローエンを雄介をきつく抱き締めた。

雄介の気が緩んだのが伝わったのかも知れない。

ひどく揺れただろう、こけた時、痛かっただろう、でもこの子は泣かなかった。


「もう、大丈夫だよ、よく我慢したね、ありがとうね、よしよし、いい子だね」


少し汗の匂いのする小さな頭に唇を寄せた。

獣人の男はその様子をじっと見詰めていたが、やがて大きな湖に近付いていく。

空に顔を出した太陽がきらきらと水面を照らしている。

雄介もその後に続いた。

覗き込むと澄んだ水の中を小魚がゆったりと泳いでいた。


「近道などせず、予定どおりにしておけばあんな事にならなかったものを」


憎々しげに呟いた獣人は、腰に提げていた水袋を水につけて中身を補充していく。

獣人の背負っている荷物を見て雄介は自分が軽装すぎる事に気付いた。

もともとはこの湖を目指していたはず、そうなら、確か次の目的地まではそう遠くない、はずだ。

無意識に盗み聞きしながら得ていた情報を思い出しながら雄介は考え込む。

ローエンを見下ろしながら今持っている物のリストをさっと頭の中に並べた。

雄介はぐっと奥歯を噛み締めた、明らかに何もかもが足りてない。

親指をくわえたローエンが身じろぎする。


「おりる?」


雄介は獣人を仰ぎ見ると男は小さく頷いた。

忙しなくあたりを警戒していた瞳に少し余裕が見てとれた。

雄介は抱っこひも代わりの布を緩めると、ローエンを地面に下ろす。

降ろされたローエンは雄介のズボンをしっかり握りしめたまま、光る水面を覗きこむ。


「お腹すいたよね」


ローエンが来てから多めに配られていた食糧を袋にしまっていた事を思い出して雄介はしゃがみ込んだ。


「あの、よければ」


そう言いながら獣人の男に視線を向けると、男は心底呆れたように雄介を見下ろしていた。


「お前、お人よしだと言われるだろう」


「え!はい、まあ」


ぶっきらぼうな言い方だが、剣は感じないので苦笑いを返した。

雄介が冒険者に向いてないと思うのは、なにも能力的な事だけじゃない。


「あの、その、」


「イアンだ、心配しなくても次の町までは連れて行く」


「あ、ありがとうございます!!」


雄介は大きく頭を下げた。

横でローエンが雄介のまねをして頭を下げてよろめいている。

雄介は慌ててローエンを支えると、大きな掌が小さなローエンの頭をなでた。

イアンはすぐ近くに腰を下ろすと背負っていたバッグをおろして中身を改めている。

雄介も袋から堅いパンとドライフルーツを取り出す。

でもとてもじゃないがこのままでは食べられない。


「少し待て」


イアンがバックから取り出したのは魔道具と呼ばれるものだった。

でも何よりも雄介が目を輝かしたのはバックのほうだ。


「す、すごい!それ!マジックバック!!初めて見ました!!」


「あ、ああそうか」


冷めた態度だが、若干引き気味なのは伝わってきて雄介は咳払いをしてローエンの頭をなでる。

ローエンは首をかしげながらも楽しげに笑い声をあげた。

ふ、と小さい笑みをこぼしてイアンは鍋に水を張り魔道具の上に置くとそれに反応して魔道具が光る。

お湯があっという間に沸いてしまった。

イアンは白い粉を取り出すとお湯に溶いて行く。

雄介も冒険者として恋人について回っていた時はよく飲んでいた。

日本で言うとこの、脱脂粉乳とか粉ミルクという感じだろうか、そう美味しいものではないが旅をする商人や冒険者には必需品だ。

栄養価が高く、持ち運びも楽だ。

雄介がドライフルーツを渡すとイアンは器用にナイフで裂いて鍋に投げ込んでいく。

しばらく煮込むと微かに甘い香りがする。

小型の獣がおこぼれに預かろうと寄ってくるのをイアンは煩わしそうに追い払っては威嚇されている。

雄介はローエンを抱き寄せて膝に座らせると、貰った器にちぎったパンを浸す。

ローエンの口に持っていくと大きく口を開けてくれる。


「おいち」


「おいしいね、よかったね」


ローエンが一生懸命に咀嚼しているのを見つめながら、雄介はイアンに改めて頭を下げた。


「本当にありがとうございました」


「・・・・たまたまだ」


そんなはずはない、わざわざ奴隷に声をかけて逃げる護衛なんて滅多にいないだろうことは短いこの世界での生活でも十分に予想はつく。

いつだってこの世界は死と隣合わせだ。

日本にいた時よりはるかに近い死の気配、雄介はいつだってそれが怖い。

早くに両親を無くして兄弟もなかった雄介は、勝手に人より死を理解している気になっていたのだと、この世界に来て知った。

そして、雄介はどこまでも無力だった。

恋人が大けがをした時も、治療院に患者が運ばれてきた時も、今回も。

生気を無くした濁った瞳を鮮明に思い出せる。

魂というものが本当にあるかなんてわからない、でも確かにそこに生は見当たらない。


「まーま」


ローエンが雄介に手を伸ばす。


「だめだよ、ママじゃない。君のママは一人だけだ、忘れちゃいけないよ、きっと君を守ったんだ、守り切った・・・、そうだ!僕はね、雄介、て言うんだよ。よろしくね、ローエン」


「ゆー?」


「ゆーすけ」


「ゆーちゅ?」


「難しいかなぁ、じゃあユーだよ、僕はユー」


「ユー!」


嬉しそうにローエンが声をあげる。

雄介はそっとローエンの頭をなでた。





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