23.いよいよイアンのお家!
すぴすぴと可愛い寝息を立てるローエンはベットに転がして、雄介は部屋の扉の前で満足げに頷いた。
洋服ダンスの中には洋服が二人分、
窓枠には器用に収まった羽蛇がくつろいでいる。
荒いガラス窓から柔らかな日差しが差し込んで、飴色の床に反射する。
雄介は胸いっぱいに空気を吸い込んだ。
遠慮がちなノックにドアを開けるとイアンが顔を出す。
「不便はなさそうか?」
「はい、ありがとうございます」
寝ているローエンに気を使って小声のイアンに頷くと雄介は笑みを浮かべた。
イアンは古くなっている家具の買い替えを進めてくれたが雄介は断った。
確かに使いこまれているものの、丁寧に扱われていた事がわかる。
落書きの後もあるし、扉の蝶番は修理されて古さが違うし、取っ手も似ているがよく見るとデザインが少し違う。
全部含めて雄介はとても気に入ってしまったのだ。
「丁寧に使われていたんですね。お会いしてみたかったです。」
「ああ、二人は気があっただろうな。あの人も研究熱心でよくオーエンリッヒ先生に怒られていた。」
ふわり、と笑みを浮かべるイアンに雄介は言いようのない感情が湧いてくるのがわかった。
「そうだ、少しいいか?」
促されて、部屋を出ると一番奥の扉の前に案内される。
「開けてみてくれ」
雄介はためらいがちに開ける。
以前見せてもらった時は薄暗く、物置部屋のようになっていたはずだ。
何かあったのだろうか、恐る恐る覗きこんで、雄介は絶句した。
「もともと、先生の作業部屋だったんだ。あの人は自分でなんでも作るような人だったからなんせ物が多くてな。片付けるのに手間取った。」
「ここ、これ」
「あの人も薬師だったんだ。」
使い込まれた薬研に、大量の薬瓶、精製用の機械、細かな道具も丁寧に磨かれている。
一角には布や針、糸なんかも置いてある。
「見たらどれも使えそうだったんで、そのままにしてある。」
「ここ、僕が、使ってもいいんですか?」
「もちろんだ」
振り返った雄介が泣きそうな顔で破顔する。
イアンは眩しい物でも見るように目を細めた。
良い雰囲気と言う物は小さな子供が居ると長続きしないものである。
雄介の頬に伸ばしかけた手を中で止めたイオンの足の間からローエンは顔を出す。
「ユー!おっきしたよ!」
髪を跳ねさてたローエンが楽しそうに雄介を見上げる。
雄介はしゃがむとローエンを抱き寄せた。
「すごいローエン、ベット1人で降りれたの?」
「あい!」
本当は落ちて危うく顔面を打ちかけた事は羽蛇と二人っきりの内緒だ。
雄介の腕の中でローエンは胸を張って見せた。
優しい手がローエンの頭を撫でる。
雄介に褒められるのがローエンは一番好きだ。
苦笑いのイアンにも褒められて満足そうなローエンは、ぽんとお腹を叩く。
「おなかすいたねえー」
と首を傾げた。
「そうだね、そろそろお昼ごはんにしようか?」
「もうそんな時間か、」
イアンがふと外に目をやる。
ぴくり、と耳が動いた。
「サマンサが来たな」
「わかるんですか?」
驚いた雄介にイアンは笑いながら頷いた。
「なんせ俺たちは耳がいいからな」
しばらくもしないうちに呼び鈴が鳴らされた。
サマンサの元気な声が聞こえてくる。
雄介は慌てて玄関に急ぐと、籠を抱えたサマンサが笑顔で入ってくる。
「休憩がてらみんなでお昼でもどうだい!」
籠から良いにおいがする。
ローエンが嬉しそうに手を叩いて、イアンが籠を受け取る。
賑やかな食卓に雄介は涙が出そうになるのを必死でこらえた。
「ユー?」
「ふふ、なんでもない。嬉しいなあ、楽しいなて思ってた!」
「ローも!!」
口元にソースをつけたローエンが楽しそうに笑う。
それをそっと拭って雄介も満面の笑みを浮かべる。
サマンサが食事をこれでもかと取り分けて雄介の笑みが凍る。
イアンが苦笑いでいくつかを自分の皿に移してくれる。
胸がいっぱいで雄介はいつもより沢山食べて、笑った。
サマンサが帰ると使った食器をイアンと並んで洗って、片付ける。
ローエンはイアンが見つけてきた動物の人形で1人遊び中だ。
「こうしていると、先生が居た時の事を思い出す。」
「どんな方だったんですか?」
「ん?、そうだな、厳しかったな。結構おっかなかった。特に俺は考えなしなところをよく怒られた。」
「ええ?ちょっと意外です」
「そうか?今でも時々反省してるよ。そうだな、後は手伝いをするとよく褒めらた。それが楽しくてなカロンとよく競い合ってたよ。」
「ふふ、楽しそうです。」
「そうだな、村にいた時は窮屈でな、毎日つまらなかった。村がなくなってここにたどり着いて、先生に拾われるまで俺は自分がひどく嫌いだった。カロンと自分を比べてあいつにあたった事もあったしな」
「すごく仲がいいのに」
「あいつが底抜けに良い奴なんだ」
「ふふ、分かります。」
「そっちはどうだった?・・・いや、やはり、いい」
「・・・・僕は、周りの目ばかり気にしてました。」
窓から差し込む光が、くもった雄介の表情を浮かび上がらせる。
「両親が早く亡くなって、叔母夫婦に引き取られて、すごく良くしてもらって、でも、いつも気にしてた。親が居ない事でかわいそうに思われないか、叔母夫婦に迷惑に思われないか、結局、叔母夫婦も早くに亡くなって、今度は何にも返せなかったってくよくよ考えて・・・・」
イアンの手が雄介の頬を撫でた。
それに困ったように笑うと、雄介はそっと目を伏せた。
「恋人が出来たのは嬉しかった、僕の住んでた世界は僕のように同性に好意を寄せるのを受け入れがたいと思う人は多かったから、奇跡だと思ったんです。だから、大事にしようと思ってた。でも、受け入れられない事が怖くて、隠したり、隠れたりしながら生きてきて、ふと、疲れて、・・・・そのうち疲れ果てて、しまって、そんな時にここへ来たんです。」
何も言わないイアンに雄介は視線を合わせた。
「なんてぶっきらぼうな人だろうと思ったんですよ、初めて会った時。自分だって血をだらだら流してるのに俺はいいから先に担いでる方から見てくれって、床に投げ出すもんだから、なんだこの人!て」
「覚えてたのか?」
「正確には、思い出しました。あんまり大きなけがはしないでくださいね。」
「ああ。」
「はい、最後の一枚です」
「ああ」
「しばらくはヤギ先生が居るから、これくらいでどうでしょう」
まったく譲る気のない雄介にイアンはため息をつく。
和やかに食後の休憩をとっていた時だった。
突然、雄介が家賃を払わなきゃ!と言いだしたのが始まりだ。
睨みあった両者の間で、初めはおろおろとしていたローエンは今は雄介の膝の上でうとうとしている。
「家賃は入らん、と言っているだろう」
「駄目です!居候の身で家賃を払わないなんて!」
「はあ・・・・・・・・・」
ふと、イアンは台所が目に入る。
「薬師殿は料理は好きか?」
「え?そうですね、好きですね。」
「ならこうしよう、食事の用意を頼みたい。気がついたときに掃除をしてくれると助かる」
雄介の表情が明るくなる。
「家事全般なら任せてください!でも、それだけじゃあ」
「十分だろう、炊事にしても家事にしても時間も手間もかかる、いくら拠点をここにしたからとこの稼業は家を開ける時間は多いし、帰った時に家が綺麗だと嬉しいものだろう?」
「それは、そうですけど・・・」
「それに帰ってくれば手料理が出て聞くるなら、わざわざ疲れた体をおして外で食べてくる必要もなくなる。そうすれば精神的にも金銭面でも変わってくるだろう?」
「う、ううーん、分かりました!任せてください!」
その後、食費やもろもろの出費の事でもめ始めた二人にとうとうローエンは寝息を立て始めた。




