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どれくらい進んだのだろうか、目的地にはまだ当分の間はつかなさそうだ。
奴隷商が何やら護衛ともめているが、こちらには関係がない。
誰もが無関心で、昼食に配られた堅いパンを水に浸して黙々と口に運んでいる。
雄介もそれに習って黙々とパンを食べた。
穀物の味の濃いパンは水に浸してやっとちぎれるほどに堅い。
初めて食べた時、2人で四苦八苦したのを覚えている。
あのころに意識が引き戻されかけて、雄介は頭を軽く振る。
楽しい思い出など、早く忘れるに限る。
共に思いだされる痛みなどもってのほかだ。
粛々と片付けを終わらせると、早々に馬車は出立する。
よほど予定より遅れているのか、へこへこと護衛に下手に出ていた奴隷商から苛立ちが見て取れた。
「本当にこちらに進むのか」
低い声はよく通る。
雄介は聞き耳をたてた。
「他に近道なんてねぇだろうがよ!」
鬱陶しそうに乱暴な声が答える。
「貴様には聞いていない、雇い主、本当にこちらに進むのか?」
「・・・・仕方ありません、私も困っているのです。」
「・・・忠告はしたぞ」
ザッザと力強い足音が遠ざかていく。
どうやら、あまりお勧めできない道に進むつもりらしい。
雄介はさっと心の中をよぎったほの暗い考えに思わず乾いた笑みを浮かべた。
死ねるかもしれないなんて・・・
雄介の期待とは裏腹に、魔物の数は増えたもののとくに問題もなく一行は進んでいく。
金属音や怒声が響くことが増えて行く。
女の子2人はさすがに不安そうに周りを窺い始めた。
馬の一際高い嘶きの後に、急に馬車が停まると全員が転げる羽目になる。
とっさに女の子たちを支えた雄介は高い窓に視線を走らせた。
本当に危ないほうへと進んでいるらしい。
忙しなく聞こえてくる金属音、魔物の鳴き声、怒声、悲鳴。
息を殺して、外を窺うしかない奴隷たちは不安そうに後方の扉を見つめるしかない。
無意識だろうすがりついてくる女の子を抱きしめながら雄介は大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせる。
突然だった、バコンと乱暴に開いた扉から、血まみれの男が顔を覗かせる。
赤茶色の髪やひげはべったりと血を付けてはいるが、怪我らしいものはない。
中の確認だろう、男はざっと中を確認するように目を動かす。
ほっとした雰囲気が馬車に流れるが、雄介は耳ざとく違和感を聞きつけた。
「赤ちゃん?」
とっさに、扉によると飛び降りる。
咎められないのをいいことにそのまま声を追って首をめぐらせた。
護衛たちが口々に何かを罵っているのが聞こえる。
その隙間を縫うように幼い泣き声が聞こえてくる。
赤黒い塊のそばに奴隷商が跪いているのが見える。
一生懸命に声をかけているのが子供だとわかると、雄介は脚を踏み出していた。
悲鳴に似た泣き声は今にも引付を起こしそうなほどに切迫しているように聞こえる。
近づけば、赤黒い塊が女性であることがわかった。
広がる血が、すでにこと切れていることを鮮明にしている。
「うるせぇ!!」
振り上げたられた脚の前に躍り出たのは無意識だった。
小さな体を抱きこむと護衛の容赦ない蹴りがわき腹に入る。抱え込んだ子供と一緒に転がると、容赦なく二発目が降ってくる。
ぐっ、とくぐもった声が口から洩れた。
泣いていた子供の声が少しづつ小さくなっていく。
小さな手が、震えながら雄介の衣服をつかんでいるのがわかる。
頭に衝撃が走る、足蹴にされたのだとわかる、地面にすりつけられた額が小石で切れたのを感じる。
それでも、抱え込んだ小さな体だけは傷つけられるわけにはいかないと思った。
長い暴力の後、意識朦朧とさせながら雄介は気がつけば頭を地面にすりつけながら許しを買うていた。
「まだ、小さな子です、親を亡くした子です、どうか、どうか、やめてください、お願いします、助けて」
胸に抱いた小さなぬくもりがもぞりと雄介を窺い見ていた。
母親の顔は獅子のそれだがその子の顔は人に近い。
獣人は2種類いて動物の顔に人間に似た肢体を持つ者、人間の容貌に取ってつけたような耳やつの等を生やした者とわかれるらしい。
そして、獣人の里では人型で生まれたものはひどい迫害を受けることもあるという。
町で小さな治療院を営むおじいちゃん先生はヤギに似た角をなでながら、人と同じ顔を悲しくゆがめて笑って教えてくれた。
この子も、獣人の里から逃げてきたのだろうか。
もう聞くことの叶わない遺体をそっと窺い見た。
護衛たちは口々に雄介を罵ると、殺した魔物へと寄って行く。
戦利品を奪うのだろう。
皮をはぎ、切り分け、食べたり、売ったりするために。
よろよろと立ちあがった雄介と目があったのは獣人の護衛だった。
険しい顔で雄介をねめつける。
雄介は素知らぬ顔で奴隷商に近づいた。
奴隷商は子供を受け取ろうと手を伸ばすが雄介から離されるとわかると子供は泣き出してしまう。
つかつかと寄ってきた獣人の男は、奴隷商から子供を奪い取ると雄介に投げてよこした。
「ちょっと!」
避難の声をあげた雄介を男は鼻で笑う。
「お前が面倒を見てろ」
それだけ言うと男は踵を返した。
雄介の腕の中に戻された子供は泣くのをやめると親指を加えて雄介に体を預けてくる。
「様になっているね、」
奴隷商から言われて、雄介は苦笑を浮かべた。
「治療院には子供もきますし、治療中子供を預かるのは僕の役目でしたから」
うとうとし始めた子供を寝かしつけながら、雄介は背を向けて黙々と魔物の皮剥ぎをしている護衛たちに目を抜けた。
「その、」
奴隷商は何かを言い淀むと首を振って離れて行く。
雄介は馬車に戻った。
奴隷たちはそれぞれの反応をした。
見ぬ者、哀れに思う者、慈愛を示す者、わざと興味を示さぬ者。
雄介はああ、この人たちもちゃんと人なのだと思った。
当たり前のことなのに、心底ほっとしたのだ。
なぜ護衛たちがあんなに子供にキツク当たろうとしたのかはすぐに分かった。
あの場から離れると魔物の数が少し減ったのだ。
恐らく血のにおいによってきたことで一時的に増えていたのだろう。
それだって、べつにこの親子が悪いわけではない。
雄介は腹立たしく思いながら、しばらく馬車に揺られることになった。
そして、結果的に雄介にとって子供は助けになった。
護衛たちが子供から雄介を引き離そうとすると泣き出してしまうのだ。
森の中で大きな声、しかも子供の泣き声など響いたら魔物たちを呼び寄せるに決っている。
護衛たちは仕方なく雄介から距離を取るしかなかった。
昼間は機嫌よく雄介に抱っこされている子供だが、夜になるとやはり寂しいのかよくぐずった。
雄介はこの度に後方の扉の側により、小さく子守唄を歌った。
うろ覚えの、自分が若い頃に流行った曲だったり、クラシックの旋律だったり、なかなか寝ない時も多く、それでも誰も何も言わなかった。
何日か進んだ頃、護衛の一人が雄介にずだ袋のようなものを投げて寄越した。
キャンバス布のような硬い袋は所々が破けていて、泥や血がついている。
そこから可愛い色合いの物が見えて雄介ははっと中を開けた。
小さな服と下着、一枚の肖像画が入っていた。
親子三人で、肩を寄せあった幸せそうな写真。
「まんまー!」
きゃっきゃっと無邪気な子供の声に雄介は無性に泣きたくなった。
すみに書かれた文字がかろうじて読み取れた。
ローエン 誕生の記念に
「君はローエンて言うんだね」
ローエンは嬉しそうに手をたたく、白い布にくるまれた赤子は寝息が聞こえそうなほど安らかな顔をしているのがわかる。
雄介はローエンをあやしながら、少し泣いた。
快適とは言えない旅はローエンのおかげで少しばかり明るくなった。
女の子にあやされてご機嫌のローエンはきゃきゃと声をあげて座った雄介にしがみついて笑っている。
護衛たちは遠巻きにして寄ってこないので、女の子達も少し気が休まるのだろう。
寝るときは扉側が、雄介の定位置になったていた。




