17.サマンサの事情と出来る事
ローエンが寝むってしまうと、サマンサはそっとその小さな頭を撫でた。
「子供ってのは可愛いねぇ、こんなに全身で乞われるってのは良いもんだね」
雄介に笑いかけるサマンサの瞳に物悲しさを感じて、雄介は戸惑う。
サマンサはそっといつも捲いている太いヘアバンドのようなものを外した。
雄介は、息をのんだ。
そこにはほとんど根元から切り取られたような耳と思しきものがあった。
「この子にもあるね、まったく、昔っからくだらない。」
サマンサは目を伏せた。
カロンの小さな、とがめるような、止めるような、願うような、サマンサを呼ぶ声にサマンサは顔を上げた。
「私もね、追い出されたくちさ。人の顔をしたもどきは人になれってね。耳をそぎ落とされた。出来損ないを残すなって、」
「サマンサ、」
うつむいて腹を押えたサマンサにたまらず、カロンは駆け寄ると肩を抱く。
「やだね!私ったら!辛気臭いったらないね!」
肩に置かれた手に、サマンサの手が重ねられる。
仲のいい夫婦だ。
本来ならきっと、子供にも沢山恵まれていたはずだ。
雄介はローエンの小さな耳を撫でる。
欠損回復薬、レシピは頭の中にある。
材料も揃ってる。
あとは、作るだけだ。
雄介はローエンの寝顔を覗きこむ。
健やかな寝息と、温かな体温。
今の雄介なら恐らく難なく作る事が出来る。
『ユースケ、それをつくる時は覚悟をしなさい。何百年も前を最後に途絶えた技術だ。君を手に入れようとごみのような奴らが次から次に湧いてくる。』
そういったのはヤギ先生だった。
それでも、と雄介は思った。
このままなんて、俺が我慢ならない
この人たちの子供が幸せじゃないなんてありえない
雄介はそっとローエンを抱き直した。
サマンサがさーて仕事仕事!と立ち上がる。
カロンは穏やかに笑いながら、自分も仕事に戻る。
「薬師殿、何を考えている?」
「え?えーと、ちょっと手伝ってもらえたらと思います」
そう言って笑った雄介にイアンは無言で頷いた。
ローエンをベットに寝かせると雄介は材料をテーブルに並べて、確認していく。
薬草の類は全部そろっているし、状態も悪くない。
後は魔物の素材である。
「イアンさんに少し素材を分けてもらいたくて」
「構わない。何がいい?」
「えーと、」
いくつかの珍しい魔物の素材は森で採取できたものだ。
全部覚えていたのか、とイアンは目を丸くした。
かなり希少なものもあったのにイアンは理由も聞かず分けてくれた。
「見ていてもいいか?」
雄介が頷くとイアンは扉の前に移動して腕を組んでドアに寄り掛かる。
見張りでもするような恰好のイアンに雄介は安心してしまう。
なんか色々気付いてくれてるんだろうな
雄介は有り難く思いながら、薬の精製に取り掛かる。
力の加減を間違えると効能を無くすものや、物理的にすりつぶしたりするもの、魔力を流しこむことで効能を引き出せる物など様々だ。
攻撃など一気に魔力を放出するものは苦手だが、細く繊細に魔力を編むのは得意な雄介はこういった作業に向いているし、好きだ。
好きこそものの上手なれ
雄介は好きな事はとことん突き詰めたいタイプだ。
だから上達も早いし、知識量もあっという間に増える。
それをヤギ先生は心配していたし、雄介もそれはわかっている。
雄介は魔力を絞り出す。
イアンは無言で見入っていた。
汗が額を伝う、雄介から放たれる魔法がさまざまな色を織りなしている。
いくつも浮かぶ小さな魔法陣、少しづつ形を変えて行く素材。
もう何時間もそうしているのに雄介の集中は切れる事を知らない。
仕上がりは唐突に感じた。
ことり、と音を立てて質素な瓶がテーブルに置かれた。
ふらりと傾いだ雄介の体をイアンはとっさに支えた。
細い体は熱く、汗だくで、それでも雄介は嬉しそうにイアンを見上げた。
「欠損回復薬、完成です!」
ぐっと握りこぶしを握った雄介の体から力が抜けて行く。
気絶のように眠った雄介をローエンの横に寝かせると、イアンは椅子に座りこんだ。
目の前にはテーブルに置かれた何の変哲もない瓶。
恐る恐る手に取ると中の液体が揺れる。
欠損回復薬、あったと聞いた事はあるがおとぎ話レベルの話だ。
イアンはローエンに抱きつかれて唸っている雄介に目をやった、本人は多少寝ずらそうではあるもののいたって穏やかに寝息を立てている。
これがどんなに希少で価値のあるものかわからないわけではないのだろう。
それでも、雄介は二人の為に作る事を決めたし、力になりたいと思ったのだ。
イアンは泣きたいような気持になった。
「そうか、嬉しくても、なけるのだな」
雄介も、ローエンも寝ている。
イアンは少しだけ泣いた。
イアンは例え何があっても、守ろうと思った。
己の全力を持って梅雨払いをしよう、あなたの日常を守ろう
イアンの決意は固い。
どれくらい寝てしまったのか、ぺちりと小さな手が雄介の頬を叩く。
イアンは苦笑いでそれを見ていた。
「ローエン、痛いよう、起きるから待ってよう」
寝起きのかすれた声にイアンの頬が染まるが、二人は気づかない。
ローエンに覗きこまれて雄介はふにゃふにゃと笑っている。
ベットの上で伸びをした雄介をまねてローエンも腕を突き上げる。
起き上った雄介はイアンが居る事に気づいて慌てて顔を撫で、髪を整えた。
「す、すいません!ぼく、あれ、もしかして寝せてくれました・・・・?」
「ああ」
がばっと頭を下げた雄介の襟元が微かに赤くなっている。
重かったですよね、すません、と謝る雄介にイアンは苦笑いだ。
「軽い、心配になるほどだ。」
雄介はそれはそれでどうなんだ!?と思ったが取り合えず頭を上げた。
ローエンが抱きついてくるのを受けとめて、雄介はベットを降りた。
雄介が若干気まずそうにベットに腰掛けると、今度はイアンが深く頭を下げた。
「感謝する。」
「やめてください!!ほんとに!!僕、感謝してるんです。あなたに。」
顔を上げたイアンが雄介を見つめる。
雄介は照れたように頬を掻いた。
「感謝しているのはこちらだ。」
ざっと椅子から降りたイアンが片膝をつく。
手を胸にあてたイアンは雄介を見上げる。
雄々しい騎士のようだと雄介は見とれてしまう。
恭しく手を取られ、手の甲に唇が降ってくる。
「この剣はあなたの為に、この命はあなたの為に、楯となり、鉾となり、悪しきを払い、道を切り開こう」
騎士の誓いだ。
イアンは額をその手に寄せた。
そんなイアンにただ雄介は頬を赤らめる事しかできなかった。




