16.イアンの大切な場所
「えーと、後は、」
「すまんが、薬師殿、少し付き合ってもらえるか?」
「はい!」
屋台のように並んだ店舗を何軒か回って、遅めの昼食を取った後、雄介はイアンに請われて街の外れに来ていた。
「ここは?」
ぐるりとレンガに囲まれた古い家は立派な庭が付いているが草を抜いてあるだけで特に何かを植えたりしているわけではないようだし、人の住んでいる気配がない。
「俺の、いや、俺たちを育ててくれた人の家、だな。」
懐から鍵を取り出したイアンはドアを開ける。
きちんと掃除をされた家は、とても静かだった。
「サマンサが管理をしてくれてるんだ。もうずいぶん前に亡くなってな。俺もほとんど帰らないし、カロンも自分の家を持った。」
そう言いながら窓を開けたイアンは目を細めて庭を見ている。
雄介は少しさみしそうなイアンの側に立つと一緒に庭を眺めた。
よく陽のあたる良い庭だ。
「薬師殿、ここで一緒に暮さないか?」
息をつめた雄介が、イアンを見上げている。
イアンは驚いて目を見開いている雄介に思わず笑いかけた。
「見ての通り、1人で住むには大きいし、部屋も余っている。庭は広いし、これから、部屋を探して生活を整えるのをローエンを抱えてやっていくのは大変だろう。」
真っ白になった雄介の頭に、ぽんっと映像が浮かぶ。
イアンが雄介におはようと言いながら椅子に座る。
子供用の椅子でうとうとしていたローエンがイアンに撫でられて嬉しそうに声を上げて、それを聞きながら雄介は朝食を運ぶ。
三人でいただきます、と言う声が耳の奥で聞こえた気がして雄介は顔に熱が集まるのを感じる。
待って!待って!待って!違う違うから!
慌てて顔を伏せた雄介に、イアンの不安そうな声が降ってくる。
「ほとんど見ず知らずの男と住むのは不安かもしれない、深い意味はない。もしよければ、と言う話だ。気にするな。」
打ち切られそうになる話に、雄介は勢いよく顔を上げた。
「待って!イアンさんは見ず知らずの人なんかじゃないです!僕!僕!あなたがどんなに優しい人か知ってます!ただ、ぼく、その、あんなことされても抵抗もできないような奴で、気持ち、悪くないかな、とか、助けてもらってばっかりだな、とか、いろいろ」
とっさに掴んだイアンの服にしわが寄る。
そっと離そうとした雄介の手にイアンの手が重なる。
「あなたは強いな。」
雄介はイアンを見上げる。
まるで眩しいものでも見るように、イアンの優しい視線が降ってくる。
「一緒に住もう。あなたがここにいてくれたらきっと楽しい。」
「ローも!」
「ああ、そうだローエンも一緒だな。」
雄介は小さく頷いた。
三人ならきっと楽しい。
「決りだな。こっちへ、二人はこの部屋がいいと思うんだ。」
心なしかイアンの背中がウキウキしているように見える。
雄介は背を追ってついて行く。
広い部屋だった。
日当たりが良くて大きなベット、窓の下に机、ロッキングチェアに丸テーブル、飾り棚の付いた衣裳箪笥。
丁寧に使われていたのがわかる。
「二人で使うなら丁度いいだろう。ここならベットも広い。俺の部屋は向かいだ。」
「いいんですか?こんな良い部屋」
「構わない。家主が居なくなってつかわれなかった部屋だ。むしろ喜ぶさ。」
「ありがとうございます」
声が震えそうになるのを堪えながら、雄介は何とかお礼を絞り出した。
多分、イアンがずっと大切にしてきた場所で、大切な人の部屋だ。
そう思うだけで、胸がいっぱいになる。
雄介はローエンをぎゅっと抱きしめる。
ローエンはくすぐったそうに笑って、楽しそうに笑う。
「庭も好きに使ってくれ。先生のところでは薬草を育てていたんだろう?きっとよく育つ。」
「はい!ありがとうございます」
じっと腕輪のようだった羽蛇がひょこりと首をもたげると、羽を広げて窓の方へ飛んでいく。
机の引き出しに器用にもぐり込むと出てこなくなった。
ローエンがあれぇ?と首を傾げる。
イアンと雄介は顔を見合わせると思わず笑ってしまう。
「なかなかにずうずうしい奴だ。そろそろ名前でもつけてやったらいいかも入れないな」
「そうですね、でも、変な名前だと納得しなさそうです」
一通り見回って、必要そうなものをメモした。
少し買い出しをして宿に戻る事になった。
うつらうつらと船をこぎ出したローエンをイアンが引き受けてくれた。
欲しい物も買えて満足した雄介はイアンと並んで帰路についた。
「おかえり!待ってたよ!!」
元気なサマンサが出迎えてくれて、奥からはカロンの穏やかな声が聞こえてくる。
ただいまと返す雄介にサマンサはズイッと顔を寄せた。
「ちょいと顔かしな」
「え?え?え?」
ずるずると引っ張られていく雄介をローエンを抱えたイアンは見送るしかない。
カロンが苦笑いで止めないところを見ると、変なことではないのだろうとイアンはローエンを抱いたまま、カウンターに腰掛けた。
引きずられるままに奥に連れてこられた雄介は、目の前に並べられた薬に目を白黒させている。
今朝、雄介がサマンサに渡したそれらに雄介の顔から血の気が引いて行く。
「もしかして、お肌にあわなかったですか!?」
急に立ち上がった雄介に今度はサマンサが面食らう。
「あはははは!違うよ!逆だよ逆!」
おかしそうに笑うサマンサに雄介はほっと椅子に座り直した。
「この保湿液?すごいねぇ、この傷薬も。あんなにかっさかさだった手がほら、嘘みたい。それでね、この保湿液、うちの従業員の子に分けてもいいか?て話し。ずっと肌の事で悩んでる子でね、」
「ああ、なんだ、ぜんぜん良いですよ。材料はすぐ揃うのでよければ作りますよ。」
「ほんとかい!?」
「もちろん!それで宿代少しまけてくれたらなんて」
「なーに言ってんの!宿代なんか要らないよ!」
「いや、それは!」
「そんなことより、この傷薬もすぐ作れるのかい?」
「そんなこと・・・、えっとすぐ作れますよ?材料は浅い森でとれるようなものですし」
「そうなのかい?あんたよっぽど腕がいいんだね」
感心したようにサマンサが納得している横で雄介は照れて頬を掻く。
アーブンの店で取り扱ってくれる事になっている事を話すと、サマンサは近所や宿の人間に宣伝しとくと言ってくれた。
ただやっぱり宿代は取ってくれなさそうなので雄介は保湿液を多めに渡すことにした。
もし異常が出たらすぐにやめる事と、雄介に声をかけてくれる事を約束してもらう。
思わぬ反響にくすぐったそうな雄介にサマンサは嬉しそうに笑う。
「あんたでよかったよ」
首を傾げた雄介にサマンサはなんでもないと首を振る。
義兄さんの想い人があんたみたいな人でよかったよ。
サマンサは心からそう思った。
その頃、ローエンは不機嫌だった。
自分を抱くイアンの顔が若干引きつっている。
雄介が見当たらない事が何よりも不満だった。
口元を歪めたローエンにイアンが覚悟を決めた顔をする。
途端に大きな声で泣き出したローエンにイアンもカロンもやっぱりと慌てだす。
よーしよーしとイアンがローエンを高い高い!とあやす。
カロンはカウンターの中でおろおろとしている。
「どうしたの!?」
慌てて奥から出てきた雄介にローエンが手を伸ばす。
雄介はイアンからローエンを抱き取るとその背を撫でた。
「どうしたの、大丈夫だよ。」
雄介の声にローエンの泣き声が小さくなっていく。
ぐずぐずと鼻を鳴らしながらローエンの小さな手は雄介の服を離すまいと握っている。
「ごめんね、不安なっちゃたのかな?大丈夫だよ、ここにいるからね」
「ユー、」
「うん、ちゃんといるよ。大丈夫、大丈夫」
雄介がリズムよく背を叩くとローエンはうとうとと船をこぐ。
それを覗きこんだサマンサは可愛いもんだねぇ、と小さくつぶやいた。




