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ローエンを養子にする事は思いのほかすんなりといった。
雄介が渡り人である事、イアンが後見人のようなものを引きうけてくれた事、何よりもローエンが雄介と離れたがらなかった事が大きな要因だったらしい。
何枚かの書類にサインをして、いくらかの聞き取りの後すぐに承認された。
ギルドを後にする雄介はひどくうれしそうで、イアンはほっと息をついた。
彼を選ばなかった事を嬉しく思う反面、本当にこれでいいのか?という考えが浮かんでしまう。
イアンは雄介を見下ろした。
柔らかそうな黒髪が風に揺れる。
うつむき加減の雄介の細いうなじに風で立った襟がまとわりつく。
イアンはそれにそっと手を伸ばして直しながら、ぽつりとつぶやいた。
「本当に良かったのか?」
一瞬何を言われたかわからないような表情を浮かべた雄介は、ああ、と頷いた。
「僕、知らなかったんです。彼女が彼を想っていた事も、彼とそんな関係になっていた事も。」
雄介はよいしょ、とローエンを抱き直す。
「同じ家に帰って、一緒に眠ったはずなのに、新しい事も覚える事も沢山で楽しくて、帰ってもほとんど話もしなかったように思います。多分彼も自分もそれどころじゃなかった。それに、彼女の事は少なからず、ショックというか、裏切られたように感じたのに、彼の事に関しては少しも胸が痛まなかった。ぜーんぜん痛まないんです。ひどい話ですよね、彼とはこれでも付き合いは、長かったんですよ」
雄介はイアンを見上げて笑う。
イアンは痛ましそうに眉を寄せた。
「大丈夫だ」
イアンの大きな掌が雄介の頬を包む。
なにが、と言おうとして雄介は顔を歪めた。
視界が滲んでいく、そっと引き寄せられて雄介はローエンごと温かい胸に飛び込んだ。
とっさにここが建物の陰でよかったと考えて、背中に回った手が優しくて、もういいやとおもった。
「ずっと、い、っしょに、やってこうて、いったのに、いっつも、うそ、つく、ともだち、できた、て、うれし、くて、たのし、かったのに・・・・・!」
ローエンがユーとつぶやいて首にしがみついてくる。
大きな手はそろそろと雄介をなでていく。
胸にぐりぐりと頭を押し付けて、ローエンを抱く手に力がこもる。
優しい手は2つとも、雄介が落ち着くまでずっとそばにあった。
落ち着くと、やってくるのは大概、羞恥心だ。
雄介は真っ赤な顔でお礼を言ってイアンから離れると、無理やり笑顔を浮かべてイアンから目をそらす。
「あの、あれですよね、次はアーブンさんとこですよね、」
落ち着かない様子で視線を彷徨わせる雄介にイアンはふっと笑みをこぼした。
「そうだな、驚くぞ。」
首を傾げた雄介をイアンは促して歩き出す。
ローエンもご機嫌に鼻歌を歌っている。
雄介が子守歌代わりに歌った歌だが、調子っぱずれでそれがまたかわいい。
ほんのりと赤みの残る目元もすぐに目立たなくなるだろう。
そして、イアンが言った通り雄介は心から驚く事になった。
大きな通りに面した立派な入口の前には制服を着たドアマンが立ち、窓にはガラスがはめ込まれ、中を覗けばにぎわっているのが一目でわかる。
何よりも、建物の大きさが違う。
街としては恐らくアルガダの方が大きいがこれほど大きな建物を見た事がない。
雄介は見上げて半開きになっていた口を閉じると、ごくりと唾を飲み込んだ。
「薬師殿!イアンの旦那!」
ひょっこりと入口から顔を出したのは護衛にいた男だ。
無精ひげが綺麗に剃られ、制服に身を包んだ彼は気易い声とは裏腹に綺麗な礼をとった。
「商会長がお待ちです。二人、いや、三人を首を長くして待っていたんですよ。」
さあ、どうぞ、と彼は扉を開けると三人を向かい入れた。
飛んできたのはアーブンの娘のリタだ。
「薬師様!ローエンちゃん!」
「リタちゃん」
薬師様と呼ばれると恥ずかしい。
雄介はしゃがむとリタの頭を撫でた。
ローエンも手を上げて挨拶している。
「様なんていらないよ、体の調子はどう?」
「いいえ!薬師様です!」
これは譲れませんと胸を張る様子に雄介は苦笑いだ。
「これ、リタ。きちんと挨拶はしたのかい?」
「あ!失礼いたしました!お待ちしておりました」
すっとスカートを摘んで頭を下げるリタに雄介は目を丸くする。
ひとりあたふたとしている雄介にアーブンは嬉しそうに寄っていくと穏やかな声でお待ちしておりました、と笑う。
人にかしこまられると困ってしまう雄介を改めてアーブンは好ましいと思った。
「ユースケ様はもっとふんぞり返ってもいいと思いますよ?」
笑うアーブンに雄介は性分に合いませんと頭を掻く。
雄介に降ろしてもらったローエンはリタに誘われておもちゃを置いてあるコーナーに行ってしまった。
なんでも試しに遊べるらしい。
「では、こちらにどうぞ」
かしこまって案内されると緊張してしまう雄介はイアンに背中を押されて動き出す。
「緊張しすぎでは?」
「だ、だって僕あんまりこういうとこ慣れてなくて、」
向こうにいたときだって敷居の高そうなところは避けていた雄介にとってはただただ慣れないな場所だ。
商会長の部屋と聞いてキラキラした場所を想像してしまっていた雄介は中に入るなり思わず息を吐いた。
広い部屋ではあるが無駄な装飾品はなくきちんと整えられていて好感のもてる部屋だ。
「一様商談用の部屋はありますが、こちらにして正解ですね。」
ふふふ、と笑ってアーブンは座るよう促してくれる。
二人が座るとノックと共に給仕の格好をした護衛にいた男性が入ってくる。
「失礼します。」
ささっと紅茶と茶菓子を用意すると、雄介に薬がとても効いたとお礼を言って出て行く。
「いやー、うちの商会の人間はみな、薬師殿に夢中ですな!」
わははと笑うアーブンにイアンは微妙な表情だが、雄介は困ったように頭をかくばかりだ。
アーブンはひとしきり笑った後、さてと表情を変える。
「商人として取り繕うのはこれまでとしましょう」
そうつぶやくとアーブンは深く頭を下げた。
「本当にありがとうございました!」
それは父としてだろう。
立ちあがり深く頭を下げたアーブンはいつまでも頭を上げない。
「医師に言われました、何と幸運だったかと、リタは、娘は3歳の頃母親と出かけた先で魔物に襲われ妻が自分の身を犠牲にして守った子なのです。私はあの子まで失うとこでした。本当に何とお礼を申し上げればよいか」
「あの、ほんとにやめてください!いい加減頭上げてください!」
雄介が悲鳴に近い声を上げるとアーブンはしぶしぶ頭を上げる。
半泣きで心底ほっとした表情を浮かべた雄介にイアンは噴き出しそうになるのを何とかこらえる。
「私はあなた様が心配でなりません、私があなたを利用しようとしても許されそうで怖いです。」
「ええと、どちらかと言えば利用させてもらえないかと思ってるんですが」
雄介がそういうとアーブンは嬉しそうに目を輝かせる。
「なんなりと!!」
「えっと、じゃあ、あの、薬置かせてもらえませんか?」
聞いたとたんアーブンは崩れ落ちた。
「それはこちらが頭を下げてお願いする事ですぅ・・・・・・・・・」




