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1.なんでどうしてと思ってみても



甲木雄介(かつきゆうすけ)は、だるい身体を冷たい板に預けながら、そっと瞳を閉じた。

どうしてこうなったのか、いくら考えてもわからない。

ただ、わかることはこの馬車は奴隷を乗せた馬車で、自分が売られたらしいと言うこと。

後は、休憩中は地獄だと言うこと。

揺れのひどい馬車の中はほとんど陽が入らず、ぼろぼろの服をまとった人たちの顔はどれもうつむいていて、表情を伺い知ることも出来ない。

まだ若いだろう女の子が二人、ずいぶんとくたびれた様子の白髪の男性が一人、猫科の獣人が一人。

共通しているのはみんな一様に手足に鎖が巻きついていること、そして、きっと絶望していること。

ゲラゲラと下品な笑い声が馬の蹄の音と共に聞こえてきて、雄介は身を縮めて両腕で身体を抱き込んだ。

服の袖から覗く部分に強く捕まれた時に出来た手形のアザが見える。

打たれた頬は熱を持ってじくじくと痛む。

でも、本当は身体の奥が一番痛い。

涙がこぼれそうになって雄介は深く息をすって、ゆっくりと吐き出した。

そうすると、少しだけ涙が引っ込む。

次は抵抗しない。

そうとだけ心に決めて雄介は身体を横たえた。

誰も、そんな雄介に反応を返さない。

時々身体を寄せあった少女達からすすり泣きが聞こえる以外はしんと馬車の中は静まりかえっている。





この世界に来て2年ほど経っただろうか、生理的な涙に滲む月を見上げながら雄介はふと思った。

気遣いのない行為に大きく揺さぶられながら、熱をもった下半身とは別に体の奥底がだんだんと熱を無くすのがわかる。

遠慮なく護衛の一人が雄介の中に欲を放つと用はすんだとばかりに乱暴に地面に付倒す。

顔を打ち付けた雄介を一瞥しただけで男は他の護衛もとにさっさと行ってしまった。

よろよろになりながら、最後の男のもとに向かうとその人はさっと手を振った。


「必要ない、金は貰っている。」


低い声だった。

そう言えば始めて声を聞いた気がする。

ずっと下げていた顔を雄介は初めてあげた。

ライオンだろうか、男には少し丸みを帯びた猫を思わせる耳がついていた。

赤茶色の髪とひげが顔を覆っていて表情は読み取れないが煩わしそうに雄介から視線を外す。

自分の今の格好を思い出して雄介はそっと頭を下げてまたよろよろと歩きだす。

こうなるといつもは気にもならない鎖が重く感じる。


「いつもだって」


つい何日か前は普通に暮らしていたのに、まるでもうずっと前からこうして生活しているようではないかと、乾いた声がこぼれた。

人の気配に顔をあげると眉を寄せた奴隷商の男が立っていた。

真新しい布を渡される。


「少し寒いが体を洗ってきなさい、近くに魔物の気配はないから・・・」


「はい」


明るく光る石を受け取ると近くに流れる小川に向かう。

春先の水は異世界でも冷たいらしい、雄介はお構いなしにバシャバシャと中程に進むと崩れ落ちた。

 もうぼろぼろと零れおちてくる涙をぬぐう必要はない。

後方に腕を伸ばして乱暴に扱われた秘部をそっと広げて中から男たちの放った欲を掻き出しながら、雄介は涙を零し続けた。

冷た水で心臓でも止まらないかなと思ったけれど若さを取り戻したこの体は存外丈夫らしい。

冷え切った体を叱咤して岸に近づくと岩に服と受けっとた光る石とは違う石が置かれている。

体を温める物だと言うのに気づいて雄介は唇をかみしめた。

こんな気遣いができるなら、と一瞬怒りがこみ上げてくるがそれはすぐにしぼんでいく。

あの奴隷商も運がなかったのだ。

雇った護衛が粗野でクズで、奴隷に手を出そうとした。

無力なら、差しだすしかない。

なら、妊娠の可能性がある女性より男の僕のほうが都合がいい。

単純明快で、残酷だ。

この世界は同性愛に対してとても寛容だった。

なんせ異種間での婚姻だってあるのだから。

それに喜んだのはついこの間のように感じるのに、今はどうだろうか・・・

日本にいた時、同性同士だということでいつもこそこそとどこか排他的に過ごしてきた。

幸い恋人ができた、年を重ねて直面する問題が社会的になると喧嘩や諍いが増え、お互いに疲弊していくのがわかった。

別れようか、40歳を目前に恋人から切り出されて言葉にひどく抵抗して泣きつかれて、2人でぼんやりと月を見ていた。

白くてまん丸のお月さま。


 職場にばれると困るから外では合わないようにしよう・・・

 親が結婚はまだかって、お前はいいよな親がいないから・・・

 

 この前お見合いをした人と結婚しようと思う、

 

どんどん増えて行った将来への不安、認められないことへの不満。

ただ、お互いに好きな人と恋愛をしているだけなのにひどく後ろめたい。

頷いてしまえばしまえば、解放される。

頷こう、これ以上彼を苦しめる前に、嫌いに、なってしまう前に。


そんな時だった、

それは起こった。


突然光り出した床、浮き上がる体、思わず伸ばした手を体ごと抱きとめられた。




気がつけば、森だった。




木々が生い茂り、草木のにおいが強く、風が木々を揺らして明るい日差しがちらちらと手元を照らす。

2人だった。

他に誰もいなくて、雄介は多分、その時、嬉しかった。

2人だけなのが、とても、とても嬉しかった。

案外、先に今の状況になれたのは雄介だった。

10代の頃の姿に戻ったことも、特に気にならなかった。

運良くいい人に助けられて、森を抜けて、町で暮らし始めて、2人でいる事があたりまえで、それだけで雄介は良かった。

生活のために冒険者になった。

何度も危険な目に合って、2人で死にかけたことも何度もあった。

雄介には向いてなかった。

でも薬をつくったりするのは他の人に比べるとうまっかた。

そのうち恋人は冒険者として頭角を現していった、わずか1年。

 嬉しかった、楽しかった、心から。

たった1年だった、気がつくと雄介は独りでいる時間が増えた。

一緒にできる仕事はなかなかなく、雄介は町でする仕事が増える。

小さな治療院で薬剤師のまねごとをしながら恋人を待つ。

役立たずだと、恋人の周りに責められた。

それでも必死にやってきた。

だって楽しかったから、嬉しかったから、

 彼が、2人で頑張っていこう。

 そう言ってくれたから。



また、涙がこぼれた。

 


雄介は強張った体を動かして、服を着る。

しばらくぼんやりと暗い水面を見ていた。

ばくり、魔物が表れて僕を食べてくれないだろうか、最近よく考える。

一瞬で、楽になる方法を夢想する。

でもきっと、実際、魔物が襲ってきたら全力で抵抗してしまうに決っている。

きっとそうに決っている。

弱くて、矮小な、それが自分と言う生きものだと、雄介は知っている。

馬車に戻ると近くで火の番をしている護衛と目があった。

散々雄介を好きに扱ったくせに、温度のない瞳で一瞥しただけだった。

雄介はなぜか悔しくて、さっさと馬車に乗り込むと静かな寝息が聞こえてくる。

 ああ、この人たちは寝息すらもまるで窺う様に静かで悲しい。

自分も、きっとこうなのだろう、そう思うと胸の奥がぎしぎしと音を立てて軋んだ。










主人公が幸せを掴んでいきます。


まだ設定もぼんやりですいません!

その都度加筆修正行っていきます。

よろしくお願いします。

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