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不撓導舟の独善  作者: 縞田
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2-3 無秩序テニス

「どうしてこうなったのか」


 そんな独り言が飛び出るほど、おかしな状況にコートは包まれていた。

 フェンスの内側を囲う大観衆は授業の風景とは思えない。この後、この場所で大会が開催されると聞けば信じてしまうような雰囲気がある。


「授業はどうした授業は……」


 訴えるように監督役である体育教師に視線をやる。

 すると、そこにはバカンスに訪れている風貌の男がいた。日差しから目を守るためのサングラスを付けて、親指をぴんと張ると、白い歯を出して、にこりと笑う体育教師の姿がそこにはあった。


「たまにはこういう日があってもいいよな!」


 いいらしい。


「これだけ人を集めて、更には先生のご快諾ってなあ……」


 こんなアホみたいな状況に呆れながらも、これが志操学園の日常であると受け入れるしかない。


「よし! これで準備は整った!」


 厳見は叫んで、これ見よがしにラケットをオレの方へと突きつける。


「俺、厳見春介は現生徒会長――不撓導舟に決闘を申し込む!」


 この宣言に野次馬……もとい、観衆は大いに湧いた。

 拍手が鳴り響き、高低兼ね備えた声音はコートを広がり、どこからか聞こえてくる口笛はいたるところから聞こえてくる。何か催し物が始まったかのような歓声の嵐。傍観している先生は静止を促すことはしない。

 というか、決闘って……。


 周りが望むなら仕方がない。ここはオレもテンションを上げて、楽しむとしようか。


「その決闘――――受けて立とう!」


更に沸き立つ観衆に歓声。


 我ながら演技掛かったセリフを吐いたものだ。

 今日の夜は布団の中で『なんであんなこと言ったんだあああっ!』って言いながら、悶えることになるだろうな……。なんて嫌な想像。自分自身は騙せないらしい。


 歓声が落ち着いた頃を見計らって、厳見は勝負内容の説明を始める。


「今回の決闘はテニス。まあ、テニスコートにいてラケットを持ってるんだ、これ以外のなにでやろうってなもんだが……そこはオーケーだろ?」

「逆に水泳とか言い出されてもこっちとしても困る」

「要するに普通にテニスやって勝敗決めようぜって話だ!」


 厳見は続ける。


「細かいテニスのルールは無視だ。初心者にルール違反だなんだって指摘するほど俺は鬼畜じゃないからな。今回は二ゲーム先取で勝利、最大三ゲームだ」


 それでいいな、と言う厳見にオレは同意した。

 やり方が決まったはいいものの、相手は仮にもテニス部所属の厳見だ。オレみたいな授業だからとりあえずやってる程度の人間が挑んだところで惨敗は目に見えている。

 どうしたものかと思考を巡らしているうちにラインズマン(?)たちが持ち場についていく。


「ちょっと待て、なんでライン見るやつがいんだ! そんなに厳格にやっていくのか!」

「当たり前だろ、お互いに入った入ってないで揉めるのも馬鹿らしいだろ?」

「いやまあ、それはその通りなんだが――そんなことより、いつ声かけたんだよ」

「いつって、そりゃあ授業前から☆」

「てめぇ……最初から仕組んでやがったな」

「ここ最近は面白いこともなかったから、ちょっとしたイベントでも開こうと思ってさ」

「行事企画書って知っているか? オレが毎日死にものぐるいで目を通しているものなんだけど」

「まあまあ、文句なら後で聞くから。今は集中した方がいいんじゃないか? 仮にもテニス部員を相手にするんだぜ? そんなことじゃ、ストレートで負けちまうぞ!」


 戸惑うオレを余所に、厳見はサーブの態勢に入った。

 オレも意識を研ぎ澄まし、来たる速球を待ち受ける。

 どうして最初のサーブ権を譲ったかと言えば、フォルトによる失点をできる限り防ぎたかったからだ。

 しかし、その程度で変わらないことを痛感した。


 厳見から放たれたボールは見えない……わけではなかったが、素人が向かいのコートに持っていける代物ではなかった。ラケットに当たるも、あらぬ方向に飛んでいく。コートに入ったかと思うと、数度打ち合うが得点には至らず。要するに、手も足も出ていない。


 さて、ここからどう挽回するか。

 少なくとも、この試合で厳見を超えるような超人的成長を成し遂げることは普通に無理なわけで。かと言って、取れる他の手段も限られる。


「困ったなこれは……」


 そうこうしているうちに一ゲーム目に王手をかける厳見。



  40-0



 オレは若干慣れてきたらしく、厳見のストロークを何度か打ち返すことに成功した。

 もしかしたら、『超人的成長が見込めるか?』なんて内心思ったが、もちろんそんなことはなく、オレはやられるべくしてやられ、死守するべき最後の一点を奪われた。

 そして、湧く歓声。


「フフフ、初めてテニス部に入って良かったと思ったぞ!」

「お前はそれでいいのか!」


 そんなことを言っているオレではあるが、正直余裕がない。


 小休憩を挟んだ後、二ゲーム目に突入する。

 相も変わらず観客の勢いは衰えずこともなければ、人も減っていない。恐らく七割から八割くらいの生徒が集まっているように感じる。


 先生公認で行われている試合だ。公認ということもあって、見物することに対して生まれる変な後ろめたさを消し去っている。


 気を取り直して二ゲーム目。

 一ゲーム目と同様、早々に得点を許した。


 点を取れていない身分で言うのもなんだが、段々とラケットの扱いに慣れてきた。

 どうやって体を動かせば、どうやって手首を返したら、どうやって球を見るべきか、分かってきた。


 とはいえ、そんな付け焼き刃が通用するほどテニス部員は甘くはない。

 多少の拮抗はあれど、得点を重ねるのは厳見。やはり一歩、いや三歩足りてない。



  30-0



 これだけ厳見に優勢な状況が続くと、歓声も当然、そちらの方に偏っていく。


「ナイス厳見!」

「初めてテニス部員らしいことしてるな!」

「いつもサボって幽霊部員みたいなもんだしな!」

「素人相手に粋がるな~!」


 どうやら歓声というわけでもないらしい。


「ふざけんな! 週一で行ってるだろうが!」

「「「テニス部は週三だ、ボケ!」」」


 テニス部員に反論した厳見だったが、墓穴に蛇足だったらしい。


「よし、こいつなんか応援せず不撓応援しよう」

「そうだな、素人に負ければ週二くらいで来るだろ」

「右に同じ」


 本当にコイツには人望があるのだろうか。疑問に思えてきた。

 というか、週二でいいのか……。


「クソッ、絶対負けん!」


 ただでさえ一点も取れてないのに気合を入れないで頂きたい。


「一応言っとくが、圧倒的にお前が勝ってるからな?」


 念のため釘を刺しておく。気合を入れられたら取れる点も取れなくなる。

 しかし、この先の展開的には気合を入れてもらっても問題ない。


「訊いてなかったが、今回の試合のルールは『細かいルールを無視して三ゲーム先取』だったよな?」


 厳見は眉をひそめ、訝しんでいる。

 当然だ。明らかに言い方が不審で、何か良からぬことを企てていると言っているようなものだ。わざわざルールの確認するところとかまさにそうだ。


自分で言っておいてなんだが、これほど不審なことはない。


「ああ、確かにそう言ったけども……」

「これだけの人が見物しに来てるんだ、ただの素人とテニス部の試合なんて一方的でつまらんだろ?」


 途中過程ではあるが現に素人であるオレの惨惨敗。それはもう目も当てられないくらいに。

 一方的じゃあつまらない。それなら勝敗がわからない、互角の試合にすればいい。


「おいおい、不撓……お前」


 厳見は表情を引きつらせ、見物客の中から現れる恰幅の良い二つの影に視線を寄せていた。


「オレがお前に勝つのはまあ無理だ。週に一回だろうが定期的にやっている人間にはな」


 オレは腕を組んで背筋を反らして、若干顎を突き出す。


「自慢じゃないが、オレはスポーツに関しては人並み程度しかできない。今のオレじゃ、勝つどころか点を取ることすらままならない。できないことは出来る人間に任せるのがオレのやり方だ」


 ゆっくりとコートに近づいてくる二つの影にオレは招くように手を向ける。


「なので――――」


 到底、同い年とは思えぬ体格に、到底、同級生とは思えぬ風格は厳見を圧倒した。

 そして、両サイドに挟まれたオレは物理的に圧倒されていた。


「ころふらりにひへもらったわへは!(この二人に来てもらったわけだ!)」


 どうして押しつぶすみたいに寄ってくる!


「というか、どうしてその二人――――相撲部を連れてきたんだよ」


説明をするために巨漢二人を退ける。

 完全にこの前の生徒総会で起こったすき焼き問題の腹いせだ。肉の恨みは肉を以って……ということなのだろうか。相撲部、末恐ろしい。


「そりゃあ、テニス経験者だからに決まってるだろうが」

「そんなの卑怯だろうが!」

「卑怯だぁ? よくもまあそんなことが言えたな!」

「…………」


 あからさまに目をそらす厳見。


「テニス経験者が素人相手に勝負挑むこと自体が卑怯だろうが!」

「…………ググ」

「これくらいのハンデは許してもらうぞ!」


 厳見は一言も反論することはなかった。

そして、諦めたように肩をがくっと落とすと二人の参加を渋々認めた。


 そこからの展開は早かった。それはまるで一ゲーム目のオレを見ているかのような速度で得点していく相撲部二人。一見、テニスには向かないと誰でも思う体躯は綺麗なフォームで弧を描くラケットはテニスボールを易々と打ち返す。


 いくら現役でテニスをやっている厳見でさえ、経験者相手で、且つ、人数不利を背負っている状況では体力の消耗は激しい。右に走っては左に走る、軽いシャトルランを行っているようにも見える。

 当のオレはというと、相撲部二人の登場によって完全にお役御免となっている。


 下手に手を出すと二人の足を引っ張ることになるので、コートの白線の外で仁王立ちをしているだけの置物となっている。若干の気まずさを感じながらもオレは置物に徹する。


「無理だぁああああぁあ!」


 厳見の叫び声が上がった。


「「うっし!」」


 と、同時に相撲部二人も太鼓が響いたような声が上がった。

 二人が登場する前の二失点を除くと、それ以降、一点も取られることなくストレートで勝利していた。


ハイタッチを交わす勝者――相撲部。


コートでうなだれる敗者――厳見。


それを眺める置物――不撓。


二ゲーム目を終え、最終三ゲーム目に突入する。




 一分ほどの小休憩を取り、ネットを挟んで厳見と相撲部は対峙する。


「三ゲーム目に入る前にこっちも人員補充をさせてもらう、異論は無いよな導舟!」

「禁じ手を先に使ったのはオレだからな、異論は……な……い?」


 これから参戦する生徒を見定めるように視線をやったが、何やら様子がおかしい。


 様子がおかしいというのは今から来る一人か二人の生徒が――というわけじゃくて、さっきまで後ろで野次馬……もとい観衆だった人たちが続々とコート内に集まりつつあることだった。

 数人なんてものじゃない、到底テニスをやるとは思えない人数は横一列になっていた。


「え……!?」

「俺のチームは十一人参加する!」

「禁じ手を軽く超えてきたな。もうテニスやめてサッカーするか?」


 ただ、普通に考えて、テニスコートに十一人もいてラケットを振れるのだろうか。


「さあ! 始めよう!」


 さて、厳見は常識の範疇を超えた人数を投入してきたわけだが、適材適所、用法用量よく守ってなど、行き過ぎはよろしくないのは世の常だ。体に良い成分だからといって取りすぎれば毒となるように、ただ単に人を増やせば良いというわけではない。


 今回の結末。


 多すぎる人数が仇となり、コート上でまともにラケットが振れず、惨敗に喫した。


「「うっし!」」


 置物(不撓)と相撲部の圧勝で幕を閉じた。



「どうして相撲部が導舟の味方したんだよ、恨まれることはあっても味方することなんてあるのか?」


 体育の授業は終わり、体育着から制服に着替えている最中、厳見はその片手間で訊いてきた。


「ああ、簡単だよ。今回代理でテニスしてくれたら、次回のすき焼きは見逃すよって部長と掛け合った」

「掛け合う? 今日の勝負だって唐突だっただろ? 掛け合うも何も、時間なかっただろ」

「一人増えたとはいえ、人手不足が解消したわけじゃないからな」

「それで必要なときに手伝ってくれって?」

「そういうことだ。――それにしたってお前もなんで十一人も集めたんだ? 必要なかっただろ」

「必要はなかったね、間違いなく」

「わかった上で十一人も入れたのか」

「ああ、面白ければ良かったんだよ。勝敗なんて二の次だ」


 そういうことか。


 オレは眉を寄せて厳見を訝しんで確信めいた口調で訊いた。


「観客はやっぱりお前の仕業だったのか」

「そりゃ、当然。俺以外にこんなこと出来るヤツなんてそうそういない!」


 したり顔で、そう言った厳見だった。


現在、改稿作業、その他諸々を行っているので、次の投稿は夜間、もしくは翌日になります。

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