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不撓導舟の独善  作者: 縞田
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6-6 里霧有耶の宣誓

「なんでアンタがいんのよ……」


 オレは――不撓導舟は、シネマシートに座りながら、立ち尽くしている里霧有耶の怪訝な目を捉え、その姿を見据える。


「よっ、数日ぶりだな――里霧」


 そして、その剣幕を受け流すように、


「なんでアンタが――なんて御挨拶だな」


 と、答える。


「なんでここにいるのか知らないけど、アンタが試写会に行けるなら、私がここにいる必要ないわよね」

「まあそう言わずに」


 里霧が見下げ、オレが見上げる形は未だ変わらない。


「で、何のために私を呼びつけたの?」


 腰に手を当てて、眉間にシワを寄せる里霧。

 怪訝な表情は今も変わらない。


「この前の仕返し? それとも文句でも言いに来た?」


 文句もなければ、仕返しをしようだなんて思ってもいない。


「そんなんだったら、呼びつけないで自分から出向くね」

「それに、試写会があるっていうのも嘘でしょ?」


 続けて――これだけ経っても誰ひとり来ないし、と里霧は言った。


「もちろん嘘だ。試写会は一昨日に終わってる」

「なら――」


 強制的に里霧の言葉を遮って、オレは強く――その名前を口にする。


「送波秋夜」


 その名を聞いて、里霧は明らかに、あからさまに動揺の色を示したが、


「二年生、同級生でしょ? それがどうしたの?」


 里霧は取り繕った。

 まあ、なんとなく隠すだろうなとは思っていたが、案の定そうきたな。

 なら仕方ない。


「趣味は人間関係を掻き乱すこと――」


 暗転。

 第一ホール、試写会を予定していた当ホールの照明は徐々に輝きを失っていく。


「なんで暗くなって……」

「そりゃあ、一応は試写会を装ってるからな。映像は流さないとな」


 暗転とともにスクリーンに映像が映し出され、上映は始まった。

 映像は一昨日開催された試写会のものをそのまま使用している。


「里霧もそんなとこで突っ立ってないで、とりあえず座ろうぜ」


 暗すぎてシルエットしか見えないが、そのシルエットは動き出して着席した。

 振り向いて、そのシルエットを確認していたが、


「とりあえず座ってくれって言ったけどさ――」


 里霧はオレの列よりも後方五列目に着席していた。


「遠すぎない⁉」


 そんなにオレのこと嫌いか⁉


 まあ、別にいいけどさ。


 それから四苦八苦あって、後方一列の場所に移らせることに成功した。


「見づらくない? この位置」

「うん、めっちゃ見づらいここ……」


 巨大なスクリーンを見上げていると、巨人を相手にしている気分になるし、長時間この体勢だと首を痛めかねない。


 前列に座るんじゃなかった。

 大人しく後列に行っていればよかった。


 そう思ったところで、今更な話ではあるが。


「送波秋夜――趣味、人間関係を掻き乱すこと」


 上映が始まって約二十分ほど経ったところで、再び、件の話を切り出す。


「それがなに?」


 この話題に触れたくないのは、察するに余りある声音だった。

 しかし、触れなければならない。


 でなければ、この場所に呼び出した意味もないし、話は解決に向かわないだろう。

 独り言のように、オレは続ける。


「人間関係が唐突に悪くなった生徒数名に経緯の一部始終を訊いたところ、間接的に送波が関わっていることが判った。端的になるが、例えば『この前A子がB子の悪口を言っていた』と本人に告げ口したりとかな」


 送波の趣味はそれだけに留まらない。


「他にも似た事例はあったが、その中でも特に多かったのは、送波を巡った色恋沙汰」


 里霧はこれといった反応を示さず、スクリーンをただ眺めている。

 もはや絶対に聞いて鳴るものか、という気概すら感じるほどだ。

 少々荒療治だが、そういうことなら、もう少し踏み込んでみるとするか。


「拘崎沙莉――」


 その名前を口にした途端、ひとつ後ろの列――即ち、里霧が座っている列の席から、


 どん、と物騒な物音とともに立ち上がる音がした。

 振り返ると、鋭い目つきでこちらを睨む里霧が見下ろしていた。


 警戒の色を露わにして、立ち尽くしている。


「もうないだろ、わざわざ隠す必要も」

「これは私の問題。他人に土足で入られたら、また……」


 何か言葉を続けようとして、言い淀む。


「また、他人が干渉してこれ以上悪化させたくない――ってことだろ?」

「…………」


 送波秋夜の手によって、他人に魔の手によって、良好だった人間関係が終りを迎えた。

 だから、他人なんて信じられない。


「なら――」


 当然だ。


「どうして生徒会に来て――生徒会に入ろうと思ったんだ?」


 時が止まったかと錯覚するような、そんな感覚に陥った。


 言葉を交わすことはなく、がらがらのホールに二人きりという異常な空間がそうさせていたのかも知れない。スクリーンに映し出されている映像だけが、そんなおかしな錯覚から引き戻してくれていた。


 そして、オレは真っ直ぐ、里霧有耶の顔を見遣る。

 里霧の口元は強張り、少し俯いて視線は定まらない。


「それは……」


 言い淀むのは本心を告げるのが怖いから。


 真実を、本心を、本当のことを伝えても、受け入れてくれるかなんてわからない。


 彼女の悩みを知っているからこそ――一から十まで説明しても理解されず、突き放されたことを知っているからこそ、本心を告げる恐怖は理解できる。


「ど……どうにもならなかったから」


 他人に干渉されたくないと願いながら、彼女は生徒会に入った。


「何がどうにもならなかった?」

「言っても言っても、信じてくれなくて、誤解が解けなくて」


 拳を握り、溜め込んできたものを吐き出すように、声を震わせながらそう言った。

 そして、ダムは決壊する。


「あの放課後からすべてがおかしくなった。告白されて、沙莉の好きな相手だってわかってたから断った。だけど、断っても断っても何度もしつこく付きまとってきて告白してきた。アイツは――送波は別に私が好きなんじゃない。ただ人間関係を弄んで、楽しめればそれでいい。そんなアイツが、何度も『好き』とか『付き合ってほしい』なんて言う度に気持ち悪くてしょうがなかった」


 涙が頬を伝いながら、それでもなお、里霧は口を噤もうとはしなかった。


「誰かに相談しようと思っても、また送波が同じことするんじゃないか、あのときと同じように誤解されて拒絶されるんじゃないかって、怖くて怖くて誰にも相談できなかった。だから、独裁者なんて言われてる生徒会長のいる生徒会に入れば、送波も怖がって諦めると思ってた。だけど結局、そうはならなかった。私がやったのは火に油を注いだだけ」


 生徒会に入ったことによって余計に拘崎の反感を買ったと、同級生からの証言だ。


「やることなすこと全てが裏目に出て、かと言って、何もしないままじゃ状況は悪くなる一方で――いま言ったことが生徒会に入った理由の全て」

「そうか」


いつか里霧に生徒会に入った動機を訊いたことがある。



『部活にも入ってなかったし、生徒会って万年人手不足だって聞いたから。……まあ、思いつく限りだとそんなところかな』



 何気ないただの会話だった。


 疑問の余地もなく、明確な動機を持って入るヤツなんて、そうそういないだろうと思っていた。状況が状況だったから深く考えなていなかったが、生徒会――もとい不撓導舟には、いくつか悪い噂が流れている。


 その最たる例として挙げられるのが――独裁者、という二つ名だ。


 しかし、そんな大層な二つ名が流れているのは委員会や部活などで関わることのない生徒間でのこと。

里霧はその噂を信じて生徒会に入った。


生徒会には独裁者と呼ばれる生徒会長がいて、悪名轟く生徒会長だから一人なんだと。


目には目を歯には歯を――悪には悪を。


そう考えたんだろう。


 オレは長らく腰を掛けていたシアターチェアから立ち上がる。


 そして、再びスクリーンに視線をやると映画研究会制作の映画はスタッフロールに差し掛かり、終幕の文字が映し出されていた。


 そして、照明は再び灯された。


「さて、試写会も一応終わったな」


 オレは振り返り一列上にいる里霧に見据え、こう言った。


「里霧はこの先どうしたい?」


 この先――一年後でも数ヶ月先の話じゃない、数日先の話。


 送波秋夜を中心とした、作為的に歪められた人間関係の行く末、里霧有耶が臨むための望みの在り処を、オレは訊いたのだ。


「どうしたいって……」

「どうにもならなかったんだろ? どうにかしたかったんだろ? だから生徒会に入ってまで――独裁者なんて噂されてるヤツに近づいてまで、現状を打開しようとしたんだ。まさかそこまでしておいて、この先なにも望まないなんて、そんな高望みはしないだろ?」


 即答できるなんて思っていない。


 即答できるようなものでもない。


 答えが出るその時まで、オレは待つだけだ。


「…………」


 里霧が答えを導き出すまで、それほど時間は要さなかった。


「うん、決めた」


 目元を赤く染めながら、里霧有耶は宣言する。


「私は沙莉と仲直りしたい」


 視線を泳がせることはなく、オレの瞳を真っ直ぐ射抜くかのように、里霧は自分の意思を明白にした。私はこうしたいと初めて口にしたような気がする。


「ようやく自分の意見を言ってくれたな」


 一歩引いたところで見ていることが多かった里霧に、大きな変化が訪れた瞬間だった。


「そうだった?」


 きょとんとした表情を浮かべ、首を傾げる里霧。


「そうだったよ」


 正直なところ、この宣言は意外だった。

 問題を作った張本人である送波秋夜に怒りの矛先が向かってもおかしくはない。


 むしろそれが自然と言える。


 同じ境遇で、同じ選択肢が用意されていれば、復讐とまではいかなくても、それなりの仕返しがしたいと、言葉のどこかに入っても不思議はない。


 しかし、里霧はただ「仲直りがしたい」と、言ったのはそれだけだった。

 予想を上回りすぎて笑えてくる。


「なに? 急に笑って……怖いんですけど」

「強いよ、里霧は」


 里霧はどういう意図なのかを全く掴めず、頭に疑問符が浮かんでいるようだった。


「ありがと……う?」


 何に対しての感謝なんだそれは……。


「さてと、そ――今後の対策もしなきゃだな」

「もしかして、いまからやるの?」

「そんなまさか。もう学校が閉まる時間だし、対策するなら明日からだ」





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