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四振り目 おやっさん

1 数年前、ベンのあばら屋


「ベン、今日は何月何日か分かるか」

ジョーはベンに【認知症簡易検査】を行う。ベンは今年で七十半ばで【後期高齢者】という枠に入る。

「そんなもん簡単じゃい」


「ベン、今年で幾つになった」

「七十はとっくに過ぎたのう」


「竹、犬、馬車って言えるか。後でまた聞くから覚えてろよ」

「誰にものを聞いとる」


「ベン、最後に人の名前を言えるだけいってみてくれ」

「うーむ、ちと…時間かかるぞ」

珍しくベンは一考した。


…数時間後



「ベン、ジョー、大変だ」

ギンとアルパインが慌ててあばら屋にやってきた。

「どうした二人とも、こんな嵐の日に」

ジョーがずぶ濡れの二人にタオルをかけようとする。

「お嬢が、海の祈り(巫女の祈り)からまだ帰って来ていない」

「「なに!」」

ベンはそのまま、猪のようにあばら屋から駆け出した。

滅多にない嵐の夜のことだった。





背鰭を引き千切られたシーランドは痛みと怒りで暴れ狂いベンを〖峠岩〗に叩き付ける。

「ぬぅぅぅぅ」

ベンは背中を打ち付け口から血を吐くが…

「いいぞ!いいぞ!怒れ、狂え!そして踊れ!地獄の底まで付きおうてやるぜぇぇぇ」

ベンは口から血の唾を吐き出し左手で血を拭う。血が少し抜けて、どうやら【エンジン】がかかってきたようだ。


「ガララ」

シーランドは口から一メートル程度の大きさの《水球》を放つ。

「ハッハッハ、拳骨・岩砕き」

ベンは《水球》を殴り付ける。《水球》は水飛沫へと還る。

「ガララ、ガララ、ガララ」

シーランドに《水球》を連発するが…

ベンは水遊びをただひたすら【遮二無二】殴り付ける。水飛沫がベンの血を洗い流す姿は、〖アシュラン〗が泣いているかのようだ。

「どうした!まだ馬のションベンのほうが勢いがあるぞぅぅぅぅぅ!ハァハァハァ」

気力はあるが体力がない。ベンは数年前から既に【後期高齢者】の仲間入りをしているのだから、この水遊びは年寄りには少々酷な遊びだ。


「ガララララァァァァアァァァァア」

シーランドの一角に魔力が集束する。背鰭を引き千切られ魔力伝達効率は悪いが、まだ上級魔術は発現可能なようだ。

ベンの頭上に三十メートル級の水の球体(数百トンの水)が発現する。

「ハッハッハァ!なんじゃい、そんなにお冷やはいらんぞ。挨拶代わりに竜酒でも持ってこんかい」

ベンはシーランドに酒飲みの常識を教育している。


「ガララララァァァァアァァァァア」

上級範囲殲滅魔術《水月》がベンに放たれる。


「拳骨【モード】・型破り」

キィィィィィィン

ベンは拳骨の五本指先に自身の魔力を集束する。それは螺旋を描くように五本の筒に吸い込まれていく。

「おらァ!ワシの奢りじゃあぁぁぁぁあ!《怒波》」

ベンの全魔力を放出した五つの閃光(アシュランの怒り)がシーランドの水の月と殴り合う(衝突)。


ドッゴォォォォォォ


「まずい!皆、伏せろ」

ギンが船の皆にいう。

水面が激しく揺れ衝撃が船まで届く。

「グウゥゥゥ」

皆が身を屈め、水月の雫を浴びる。

辺り一面に衝撃の飛沫により霧となる。


「ガラ、ガララ」

シーランドは霧の中で怒れる神を探すが、視界が悪くお隠れになられた神を見つけられない。


〖アシュラン〗この太古の神は、三つの顔を持ち、六つの腕を持つ戦いの神である。六つの腕のうち最後の手には、宝の矢を持つと云われている。

拳骨の五本の指からの怒りの後に…


「どうしたぁ!誰を探しとるんじゃぁ」

シーランドの頭上に六つ目の怒りが発現する。


ベンジャミン・アズマヤは夢をみる…




3

数年前ウェンリーゼ海岸 嵐の夜に


「ラザアどこだー」

ボールマンやランベルトをはじめ、家臣一同が嵐の海岸で雨に打たれながらラザアを探す。

「メイド長、最後にみたのは」

ボールマンが傷心仕切ったメイド長に問う。

「最後にみたのが、この海岸です。エミリア様の形見のネックレスがないと…こんなことになるなら無理してでもお止めしていれば、お嬢様に何かあれば、私は、私はぁぁぁぁあ」

メイド長が泣き崩れるが、状況をみるに彼女に非はないであろう。ラザアの普段のお転婆ぶりを知っている皆は理解している。

「ユーズはどうしたのですか、彼なら位置を特定できるはずです」

ランベルトはボールマンに問う。

「今は休眠期だ、察するにあと三日は起動しない」

「肝心な時に」

ユーズレス、名前の通り肝心な時に役に立たない。


バシャァン

水中歩行が可能なスイが嵐の中帰ってくる。

「スイ、どうだ」

レツが泳ぎが得意な漁師のスイに問う。

「ダメだ!兄者、この海じゃあ自慢の鼻も利かん。海も濁って先も全く見えん」

いよいよ絶望的だ。


「どうした!まだ見つからんのか」

猪突猛進でやって来たベンと、後ろから【応急セット】を担いだジョー達がやって来た。

「ダメだ!手がかりすらない」

ボールマンが首を振る。

「ボール、こうなったらディックの杖を」

ランベルトがボールを見る。

「《竜巻》は嵐を相殺できるかもしれんが、ディックは細かい指定が難しい。下手したら、ラザアが小間切れになる」

「くっ!それでは打つ手が…」

策士ランベルトでも打つ手が無いようだ。ランベルトが肩を落とす。


バチィィィン

「「「「なっ…!」」」」

数十年ぶりにランベルトの頬に懐かしい衝撃が走る。

「シャキッとせんかい、眼鏡坊主!その眼鏡は飾りか」

衝撃の主がランベルトの両の肩に手をやる。

「その眼鏡は、御姫さんからのお前さんのプレゼントじゃろう!その眼鏡には微量だが製作者の魔力の色がある。お前さんの覗き《鑑定》をその色の【チャンネル】に合わせろ」

ベンはランベルトに助力する。ランベルトは思う、いくら賢くズル賢くなろうと、この猪みたいな老人には敵わないなぁと…


「魔力はワシが補助する。広域に《鑑定》をかけろ!」

ランベルトの目が生き返る。

「ラン、私の魔力も使え、サポート程度ならディックからの《演算》も使える」

「ありがとうございます。ボール」

言葉だけ見るともはや、どちらが父親か分からない。


「お前らもグズグズするな!ジョー、ギンと二人でワシ特製の【心臓ショック】の準備をしろ。死んでもに濡らすなよ」

「医者は俺だぜ、伯父貴」

ジョーは何故かウインクする。ギンは魔導具〖東屋〗簡易テントを準備する。


「シロクロ、お前達は一旦屋敷に戻って待機だ!シロ、お姫がここにいない場合も想定して各署に伝令に走れ、クロは部下達を総動員させろ。寝てたら馬のションベンかけてでも叩き起こせ」

「シロクロってセットにすんなっての」

クロシロは、競争するかのように走り出した。


「スイ、レツ、ヒョウ!足の速く鼻の利くお前達は、いつでも動けるように【準備運動】でもしとけ!遅れるなよ」

「「「流石、おやっさんだぜ」」」

三匹は久しぶりのおやっさんの喝に懐かしいのか尻尾を振っている。


ベンは最後にランベルトの眼鏡を見ながら優しくいう。

「眼鏡坊主!ラン!大丈夫だ。お前さんなら出来る!ちぃとばかし厄介なだけだ。いざとなったら、ワシが死神の顔に拳骨を食らわしても連れ帰るからのう」

ウェンリーゼの守護神がしわくちゃな顔で笑った。


ランベルトは嵐の海を見る。

「大丈夫じゃ、故郷の海はいつでもワシらの味方じゃぁ」

「ラン!娘を頼む」

ボールマンがディックの杖を構えながらランベルトのもう片方の肩に手を置く。全くその通りだと、風の女神はオッサン達を見る。自分が起こした嵐(不機嫌)のことなど綺麗さっぱり忘れているようだ。


ランベルトはベンとボールマンを見た後に、故郷の海を見つめる。

「モノクルよ、我は練る練る、幼き頃の想いを、初恋の面影を写し姫を、世界の天界にいようとも探し出す《鑑定・極》」

「ディック、補助《演算》」

『微量ながら補助します《演算・小》』

「ワシの魔力も《鑑定》に使え!両の目で広域を鑑定するんじゃ」

今まで、何でもそつなくこなしてきたランベルトは初めて神に祈り、かつてないほどに集中(努力)した。

ランベルトの眼鏡が光る。


「いました!二時の方向、ここから約二百メートル」

神々に祈りは通じ、刹那の努力が実った。


「よくやったぁ!ランベルト!こおぉぉぉい、〖拳骨ぅぅぅぅ〗」

ベンはランベルトの頭をくしゃくしゃに撫でる。頭がもぎれそうだが、ランベルトは嬉しそうだ。


ガシャン

〖拳骨〗が主の右腕に装着される。拳骨に追尾機能は搭載されていない。ベンは無意識に名を呼んだだけだが、ここに一つの〖奇跡〗が発現した。ウェンリーゼの男達は細かいことは気にしない。

拳骨もいつもの定位置に来れて嬉しそうだ。


「皆どけぇい!ワシは練る練る、交換する、この命を、救え、故郷の宝を、応えよ、神よ〖拳骨〗《噛み砕き(神砕き)》」

ウェンリーゼの守護神が黄金色に輝く。


ドッゴォォォォォォン

ベンは海に全てをかけた今世最大限のゲンコツを発現した。

ウェンリーゼが揺れ、海が割れる。その衝撃は不思議なことにラザアを決して傷付けないように姫のための黄金のミチシルベ(絨毯)をつくる。

「あそこだ!三兄弟」

スイ、レツ、ヒョウが矢のような【スピード】でラザアを救出する。


………

「ゲホッ、ゲホッ」

「よし、水を吐いた。一命はとりとめた」

ジョーと皆は安堵する。

「皆、本当にありがとう…」

最近はナリを潜めていた泣き虫ボールマンが泣きながら皆に感謝を告げる。

「それにしても、おやっさんは無茶苦茶だぜぇ」

「バーカ、そこは違うだろう」

ジョーがシロクロにいう。


「「「流石、おやっさんだぜ」」」

皆の決まり文句は今も昔も変わらない。


皆が振り向いた先には、おやっさんの〖拳骨〗だけが、嵐が過ぎた砂浜に佇んでいた。


翌日、ベンは何事もなかったかのように工房で朝から技師として仕事をしていた。人騒がせなおやっさんだと、皆の笑い話になった。

ベンの物忘れが輪をかけて目立つようになったのはその頃からだった。



ウェンリーゼの守護神がならずもの(シーランド)に天罰を下す。

「ワシは練る練る、散っていた者達の魂を、想いを、おもいやりを、ワシ拳骨はちぃとばかし痛いからのう!拳骨《神砕き》」

黄金色の〖アシュラン〗のゲンコツがシーランドの一角に降臨する。


バッキィィィィゥン

その天からの一撃は、狩人が付けた目印に【クリーンヒット】し大きなヒビが入る。


「ガァァァァァァァァア」

シーランドは痛みを吠える。

神々は息を飲み、武神はアシュラン(おやっさん)を称える。神話の時代より、海のグングニルといわれた神殺しの槍に傷を付けた男を、武神は敬意の証としておやっさんに礼をとる。


シーランドは落下するベンを噛む。

「ハッハッハ、その天狗鼻(一角)が昔から気に入らんかったんじゃぁ!これはオマケじゃ」

ベンは噛まれながらも、下半身から大きいのと小さいのを排出する(排泄)。

「ガァァァァァァァァア」

竜種もどうやら嫌なものは嫌らしい。

「すまんなぁ、年を取ると絞まらんのじゃあ、ハッハッハ」


シーランドはベンを上空に放り投げる。

口腔内に魔力を集束しブレスの準備をする。

「ガァァァァァァァァア」

竜の無慈悲な息吹きがベンを襲う。


「フン!ケツ洗うのに丁度いいわい…ハハハッ」

ベンはウェンリーゼの海を見ながら己を清め、逝ってしまった。



〖アシュラン〗の顔は三つある。それぞれが、少年、思春期、青年だといわれている。

ウェンリーゼの〖アシュラン〗(おじいちゃん)の顔は、しわくちゃでとても穏やかな顔であったと後の記録に記された。


ジョーがベンに行った最後の質問、〖知っている人の名前をいう〗は数時間かかった。何故なら、おやっさんはウェンリーゼ皆の名前を挙げたからだ、石碑に彫られた皆の名まで…ウェンリーゼで、ベンのオーダーの魔導具を持たないものはいないのだから…


死神は鎌を振るうが空振りした。再び振るうが、鎌に手応えがない。

大神は目を細めウェンリーゼの守護神であったものを見る。


〖鑑定〗

固有名 ベンジャミン・アズマヤ(ベルリン)

数年前の嵐の夜に魔力枯渇により灰となり死亡している。本人は状態異常〖認知症〗により、死亡したことを忘れていた。


神々は神話の時代、創世の時代始まって以来のとんでもない〖奇跡〗に言葉が出ない。


死神が鎌を収めながらいった。

よほど、未練があったのだろうと…


大神は首を振りながらいった。

それは未練ではないと、彼の姫君が心を痛めぬようにと頑固な老人の【おもいやり】であると…


時の女神は、赤いレンガを積んだ土台をよく見てみる。それはかなり無骨で、古びて今にも崩れそうだったがとても頑丈な赤いレンガであった。


カタカタカタ

ギンの絶剣が三度震えた。


「「「ハッハッハ、さすが、おやっさんだぜ」」」


神々の耳に何処からか、今も昔も変わらない決まり文句が聴こえた気がした





今日も読んで頂いてありがとうございます。


作者の励み、創作意欲向上になりますので、よろしかったらブックマーク、いいね、評価★等して頂ければ幸いです。

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