二振り目 付与術師 シローン
今日は更新出来ました。
ルビや、濁点等は明日直すので良ければ明日見て頂けたら幸いです。
1
数ヶ月前、グルドニア王国 王都 貴族邸
闇に紛れて、命が尽きる。
「キャアァァァ」
若い女性の悲鳴が聞こえる。
「どうした」
「旦那様が急にお倒れに…」
王国中央の復興支援大臣の命が闇夜に消える。
復興支援大臣などというが、税を正しく使えない私腹を肥やす豚だ。豚が何匹消えようが、ウェンリーゼの美しさは変わらない。
闇に紛れて、シロい影が闇夜に消える。
ウェンリーゼの付与術師「シローン」
彼が得意な付与は〖死〗である。
その死は痛みもなければ、予兆もない、苦痛すらない、ただそこに〖死〗が存在するだけである。
ウェンリーゼの掃除屋は、暗殺を生業とする裏の人間ですら認知できない。真っ白なやり口であった。
ウェンリーゼの利権には手を出すな。
その掃除屋の〖染み抜き〗は美しすぎて、酷く真っ白な仕事だ。
このウェンリーゼの死神〖シローン〗は名前の通り、今日も他人の死を借入れる。
2
「クロ逝ったか」
シロは煙の中にいるシーランドを睨み付ける。
「ガララララァァァ」
左目を殺られた怪物は、逆上している。
神話の時代より、この海の怪物を傷付けた人種は数えるほどしかいない。肉体的な痛みを感じたのは数百年振りだ。切り込み隊長であるクロアカは、その役割を十二分に果たした。
その傷を負った竜の残った赤目に映る怒りは、シロ達の船を捉えた。
残り3200メートル
「次は俺がいく。文句はないな」
「シロ、冷静になれ。ここは私が」
ギンがシロの前に出る。
「ギン、今の俺はお前から見てどう見える」
「いつもの冷静沈着なお前らしくないな」
「そうだろう。俺は今、生きてきた中で一番ハラワタが煮えくり返っているんだ。こんなことは始めてだ」
「「「………」」」
皆の背筋に寒気が走る。
皆気持ちは同じだ。だか、シロの怒りは彼らが畏怖するほどだ。
「最後くらいお利口さんは卒業して、いいだろう…」
そのシロの顔は、自分の体の半分が失くなってしまったかのような…酷く乾いた笑い顔だった。
シロは皆を見回す。
「シロ、お前がいてくれたから今の俺たちが…ウェンリーゼがある。暗いところの掃除ばかりさせて…すまなかった」
ギンがシロの肩に手をやり、皆を代表して言葉をかける。
「好きで殺ったことだ。最後も好きにやらせて貰うさ」
ベンが一歩前に出る。
パァァァン
その場の一同の空気が一瞬にして凍る。
「いってこい、バカ息子」
そのガサガサで大きな、油にまみれて酷く汚れた拳骨は、いつもと違い不思議と痛くなかった。
「フッ…」
シロは何もいわない。
その代わり…
直立不動の気をつけをしたあと、ベンに対して精一杯のお辞儀をした。
「バカ息子は、大陸一の幸せ者でした…おとう…さん」
シロはずっと、ベンに拾われたときから伝えたかった言葉をいう。
その場の皆に熱いものが込み上げる。船の上の温度が一瞬にして熱くなった。
その男達の熱は、神々の持つ【アーティファクト】でも測れなかった。
シロクロ、この血の繋がらない兄弟は別々の夢をみた。
クロは真っ白な道を、シロは真っ黒な道を歩んだ。
神話の時代より遥か昔、創造の時代より物語には、紙とペンがなければ始まらない。
「海王神祭典・モブ達の救済」は始まった。
その物語がシロとなるかクロとなるかは、その先の未来は神々にも視ることが出来ない。
3
クロの夢の続き
ウェンリーゼ診療所兼ベンのあばら屋
「オジさん、またガキを拾ってきたのか。犬や猫じゃないんだからまったく」
ジョーは夕食の仕込みをしながらいう。今日は、野ウサギと野菜の煮込みのようだ。部屋の中の匂いは食欲をそそる。
「ハッハハハ、今度の犬っころは狂犬だぞ。火傷しないように気をつけろよ。それはそうと、寝てるうちに傷を診てやってくれんか」
「診察代は?」
「酒と一緒にツケとけ。いっぱしになったらソイツに貰えばいい、ガハハハ」
「どれどれ、あてにしないで待つとするか。あー、こいつは酷い。左目は使いもんにならないぞ。まずは、全身の【消毒】からだな」
「ジョーの《回復》でも治せんか?」
「診るからに目が潰れちまってる。この十字傷みたいなのは、魔獣の牙にでもやられたんだろう。俺の《回復》は欠損してるものは治せない。可哀想だか、左目は諦めるしかない」
「命に別状は?」
「そっちは大丈夫だろう。ただし、まずは傷口をしっかり洗い流して、汚れをとってからだ。変に《回復》してもこれじゃ後々傷口が〖感染〗しまう」
「そうか、目ん玉は可哀相なことしたが、生きてるだけで丸儲けじゃろう」
「そうだな…死んでしまったら何にもならないからな。てなわけでシロ、この狂犬君の傷を洗ってやれ、服も脱がして何か汚れてない布を巻いてやれ」
「なっ!何で俺が、そいつせっかくおっちゃんが助けてやったのに、おっちゃんに噛みついたんだ。俺、ソイツ嫌いだ」
「そういうな、あんちゃんだろ」
「あんちゃん」
シロがあんぐりと口を開けた。シロは、ムズムズしている。
「ここでは、お前が先輩だ。生まれは狂犬君のほうが早そうだが、ここではお前があんちゃんだ」
「あんちゃん…先輩…」
シロは人種なので尻尾はない分、身体をモジモジさせている。きっと嬉しいのだろう。
「あんちゃんは、弟の面倒みてやらんとのう」
ベンがシロの頭に手をポンッと置く。
「しょうがねぇな。あんちゃんの俺が面倒診てやるか」
シロの笑顔が爆発した。
こうして、二人はあんちゃんと弟になった。
4
シロは自分の両の手をみた。白くて綺麗な手だ。だか、シロには赤黒い血にまみれた、汚れた手に見える。ベンのような綺麗手ではない。
「今更か…ふん、白い死神には丁度いい」
シロは、〖蚊蜻蛉〗に乗りシーランドに向かっていく。
シーランドは、左目が焼けた痛みと怒りのやり場を見つけた。
ニタリ
シーランドのノコギリのような歯が、シロを待ち構える。
「お前、嗤ったよな!俺の弟を刺した時も、嗤ったよなぁ!」
シロは激昂する。シーランドは、ウェンリーゼの死神と戯れたいようだ。
神々には、そのノコギリ歯が酷く鋭く見えた。
残り3000メートル
カァン、カァン、
シロはナイフを投げる。業物ですらない、なんてことない、ただの【既製品】のナイフだ。
その代わり、そのナイフには対象に引き寄せられる《引力》の魔術が付与してある。
その攻撃はシーランドの鱗にあたり、〖カァン〗と金属にでもあたったかのような幾分乾いた音を鳴らす。
シーランドに【ダメージ】はまるでない。
カァン、カァン、
ただ、この音が酷く癇に障る。
〖痒い〗
シーランドにとってシロは、蚊と一緒だ。まるで、痛みのない攻撃とも言えない攻撃をしてくる。
シーランドは《水球》を放つ。するとその蚊は左目の視界から消える。《水球》を左側に放つ、その数は十を超える。しかし、蚊はすぐさま視界に戻ってきた。チラチラと視界の端に映り鬱陶しい。
ブゥゥーン
〖蚊蜻蛉〗の機械音ともいえる、魔石からの魔力供給音が非常に耳障りだ。
「不思議だ、あたらん!あの兄弟には〖ダイスの神〗でもついているのか」
ヒョウが目を細目ながらいう。
「片目は、最初のうちは遠近感が多少狂うんです。シロは視界の端をいったり来たりしているので、海蛇は相当殺りづらいでしょうね」
鍛冶屋で片目のレツがいう。
シーランドは、《水球》を倍放つ。二十、三十とそれはもはや広域殲滅魔術と変わらない。これならば視界に映らずとも、あたれば即死は免れないであろう。
残りの距離2700メートル
シロの波乗りは独特だ。
シロは身体を側方に約90°ひねり、前方の推進力をほぼ直角に移し、一瞬〖ブースト〗をかける。蚊蜻蛉は水面の水を切り、シロは再び〖ブースト〗を一気にあおる。蚊蜻蛉はまるで最上級魔術による《転移》でもしたかのように、一瞬にして斜め横に飛ぶ。
シロはそれをジグザグにまたは不規則に繰り返す。後に残るのは、蚊蜻蛉の水切りとシーランドの《水球》が海に沈む飛沫だけだ。この白い死神は沈まない。
「まるで、木から木へ移るムササビだな。俺には真似できない」
漁師のスイがムササビを見る。
「泳ぎならお前には敵わないが、あの波乗りの仕方は、誰にも真似できん」
ベンは誇らしそうだ。
残り2500メートル
ビキッ
蚊蜻蛉に設置してある魔石にヒビが入る。もう魔石による〖ブースト〗は出来ない。後は、己の魔力のみだ。
シロは、ベンを見る。
(年をとったなぁ)
瞳の裏に映るクロがそのまま逃げろという。
「ベン、兄弟揃ってバカな息子達でごめんな…これが俺たちの親孝行だ」
シロは、懐から〖劇薬〗の小瓶を取り出し一気に煽る。その薬は無味無臭だが…
「まあまあに効きやがる」
白い死神の呪いがシーランドを襲う。
シロは、クロに負けない【ターン】を見せる。これをクロに教えたのはシロだ。その水飛沫が魅せる曲線は美しく、船の皆にはその飛沫でできた弧はまるで、鎌の刃のように見えた。
「「「シロ」」」
皆が叫ぶがシロは振り返らない。男は背中で語るものだと、昔のベンの教えを…シロは親の前で【男前】を魅せた。
シーランドはこの鬱陶しい蚊に飽々していた。シーランドの背鰭と一角が青く発光する。
「それはさっきみたぞ」
シロは自身の魔力を使い〖ブースト〗する。
シーランドは、中級広域殲滅魔術《散水》を発現する。四方八方からおよそ数トンに及ぶ、鋭利な水の刃がシロを襲う。
「《透過》、《同調》」
シロは発現する。そして、自身に付与をかける。
《散水》の千を超える刃がシロに迫る。
シロは《散水》に触れた瞬間にそのシーランドの魔力に《同調》する。刹那の瞬間にシロの身体は水となる。そして、自身の魔力で形を保ったまま、自身にあたるであろう水の刃に《透過》をかける。
シーランドの魔力によく似たその白い死神は、シーランドの魔力によって発現した水の刃を〖すり抜けた〗。
蚊蜻蛉は残念ながら御陀仏だ。
シロは最後に、蚊蜻蛉を踏み台として蹴りながら発現し、再び自身に付与をかける。
「惹かれ合え、《引力》、描け《電光石火》」
シロが海面からシーランドに特攻をかける。シーランドの後ろ映る二つ月が、一筋の美しい白い光を見届ける。それはまるで、神々の絵筆でなぞられた真っ直ぐな線だ。
しかし、神は無慈悲だ。
シーランドは、その美しい光を荒々しいノコギリ歯で掴んだ。
「シロー!くそ、無駄死にかよ」
ジョーが目を閉じる。シーランドからは、血が滴る。この怪物は、久方ぶりの血に飢えていたようだ。酷く上機嫌にその美酒を味わう。
「ジョー、よく見とれ。うちの息子たちは利口じゃあねぇが、馬鹿じゃねぇ」
ベンは腕を組ながら座する。
シロは夢をみた。
「なぁ、あんちゃん!夏にやる夜空爆発ってなんだ」
拾われて一月、心の傷から元気になってきたクロがいう。
「なんだそれは神様の怒りか?」
「何でも、空に色んな色したお星様が爆発するお絵描きだって、海辺で〖狼兄ちゃん〗がいってたぞ」
「ああぁ、〖狼少年〗かアイツのいうことは大抵嘘だから信じないほうがいいぞ」
「なんだ嘘か…俺も、夜空にお絵描きしたいぞ」
クロは再び元気が無くなってきた。しょんぼりしている。
「よし!今は無理だけど大人になったら、あんちゃんが見してやる」
「本当にか!本当に、本当に本当か」
「ああ、大陸中探してその魔法の筆を探してやる」
「やったー!ありがとう!あんちゃん」
クロの笑顔は爆発した。
それからシロはその嘘を叶えるために、付与術師になった。いつか、自分が魔法の筆を作れるように…
あんちゃんは、可愛い弟に嘘をついてはいけないのだから…
ビキ、ビキ、
肉に刺さったノコギリが圧によって、骨が軋む音がする。
自分が喰われてるようだ。
白い死神が浅い眠りから覚める。
「我は、練る、練る、幼き頃の想いを、約束を、そして…父への感謝を、死を精算する」
シロは全身から血を出しながら魔力を練る、それは半世紀に渡る様々な想いだ。
「付与、《花火・七色》」
シロの体内に急激な熱と魔力が集束する。
「フッ…親父の拳骨に比べれば、海蛇なんて可愛いもんだな」
白い死神が、ニコリと笑った気がした。
カッ
その瞬間、シーランドの口内で七色の光が爆発した。
その七色の光は、海面に映りウェンリーゼの夜空と海面に美しい絵を描いた。
「綺麗な花火じゃねぇか」
ベンたちは季節外れの花火を見る。時の女神はその合図を聞いて、冬の終わりを告げた。この数百年振りの花火を冬に見るのは、神々ですらあまりに切なすぎるようだ。
クロとシロは親孝行を出来なかった。親より子が先に逝く。これ以上の親不孝はこの世に無いだろう。
シロは暗い掃除ばかりをしてきた。しかし、来世ではきっと明るい仕事が出来るだろう。
だって、シロは神々が見とれるほどに美しい直線と、心揺さぶる切ない絵を描くことが出来たのだから…
ワォ~ン
何処かで狂犬の鳴き声がする。この狂犬も、この美しい花火を見ているであろう。
5
「ガララララララ」
シーランドは、叫んだ。
口の中は焼け、自慢のノコギリ歯はボロボロだ。だか、生きている。致命傷にはほど遠い。
しかし、この海の王はウェンリーゼの死神「シローン」から〖死の借入れ〗をしてしまった。
この利子は後々、相当に高くなるであろう。いまだかつて、白の死神が綺麗な掃除をできなかったことは無いのだから…
シュパァァン
死神が二振り目の鎌を振るう
先ほどより、その鎌のキレがよい。
どうやら死の神ですら、真っ白な死神の仕事に嫉妬しているようだ
今日も読んで頂きありがとうございます。
お休みなさい
皆さんも良い夢を
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