宙めぐる勝鬨をあげよ
幼いころ、純白の戦姫の衣装を花嫁のドレスだと思っていた時期がある。使命を果たすための衣装だと理解していても、鏡の前で花嫁になりきっていたころが懐かしい。
結局その純白の衣装は鮮血にまみれ、幼きあこがれは戦場に捨てた。
「その私が、本物の花嫁のドレスをまとうことになるとは思いませんでした」
エミリアはその身を包む美しい純白のドレスに視線を落とす。
戦場では動きやすさを重視して裾を短くしていたが、その必要性がないドレスの裾は波のようにどこまでも広がっている。
ひとりで歩くのも不便なドレスは、花のように着飾った侍女たちとともに歩くためのものである。
「お綺麗でございます、姫様」
この日のためにと美しく着飾ったグレーテルが、化粧がとれるのもかまわず涙を流している。
エミリアは苦笑した。
「ありがとう、グレーテル。あなたも綺麗ですよ。さあ、もう泣き止んで」
「はい、はい!」
後ろを向いて、思い切りハンカチで鼻をかむグレーテルに、ディアナが困ったような顔で微笑んでいる。
「グレーテル、体は大丈夫ですか?」
「もう姫様、こんな日まで私の心配をしなくてもよろしいのに。そんなに心配なら何度でも言いましょう。おそろしく健康体でございます」
「よかった」
「これ、いつも聞かれますけど、何の儀式ですか?」
グレーテルは不思議そうに首を傾げる。
通例最後の日に、聖戦で命を落とした者やシュトラールは傷を負って倒れたが、試練を乗り越えたことで彼らには治癒がほどこされて、燃えた城も聖域ももとの姿にもどっていた。
それどころか、グレーテルたちはあの日に起きた惨状を何ひとつ覚えていない。
そのため、エミリアとアシェルが突然姿を消したという認識になっていて、城内は騒然となっていた。
つまり、あの日の試練を覚えているのはエミリアとアシェルだけである。
「姫様」
グレーテルが、手袋に包まれたエミリアの両手をとった。
「このグレーテル、姫様が幸せになる瞬間を、ずっと夢見ておりました」
「ありがとう、グレーテル。あなたはいつだって私を救ってくれた……愛しい私のアリッサム。誇り高く、優美に、これからも私のそばで咲いていて」
グレーテルは再び涙を浮かべて、「はい」と力強くうなずいた。
そのグレーテルから、一輪のフェルゼンの薔薇を受けとった。
「姫様にいつまでも変わらぬ愛情を捧げます」
エミリアはうなずいて、はにかんで笑った。つられたように、グレーテルも目元を染めた。
「さあ、参りましょう」
エミリアが号令をかけると、グレーテルがエミリアの左手側につき、その反対側にディアナが並んだ。
そして、美しく飾り立てた使用人の娘たちが、床を流れる美しき純白の裾を持った。
白亜の城の廊下では、きょうの日のために正装をしたフェルゼンの使用人たちが並び、エミリアが通ると深々と一礼した。
美しき花々を従えたエミリア一行は外に出て、白き門の前で立ち止まる。
「エミリアマリー様のご到着です。門を開けよ」
ディアナが誇らしげに声をあげると、騎士たちが門を開いた。門の向こうから風が吹いて、花の甘い香りがエミリアを包んだ。
雲ひとつない青い空と、太陽の光で黄金色に輝くフェルゼンの薔薇の花畑が、エミリアを歓迎している。
フローラオリーブ王妃の庭の小さな城の前で、アシェルが待っている。
アシェルは英雄の衣装とは異なる赤の騎士服をまとっていた。その胸には、金でつくられたフェルゼンの薔薇がまぶしく輝いている。
アシェルはエミリアの登場に、ふわりと顔をほころばせた。
いますぐ駆け寄りたい衝動をおさえて、エミリアはグレーテルたちをその場に置いて、ゆっくりと歩き出した。
「お姉様」
道の脇でエミリアを待っていたミラが、目を真っ赤に泣きはらしている。
その隣では、ミラを慰めるようにフォーゲルが肩を抱いていた。
フォーゲルに背中を押されたミラは、フォーゲルとともにそれぞれ一輪ずつフェルゼンの薔薇を差し出した。
「エミリア姉様のこれからの日々が宝石のように煌めき、幸福でありますように」
「ふたりのこれからの日々が、奇跡の女神の抱擁のように、温かでありますように」
「ありがとうございます、ふたりとも」
ふたりから薔薇を受けとると、ミラはとうとう声をあげて泣き出してしまった。エミリアとフォーゲルは顔を見合わせて笑った。
エミリアがもう一度感謝を告げてふたりの前を通りすぎると、道の先でキルシュが待っていた。
エミリアを思わせる青いドレスをまとったキルシュは、両手で一輪のフェルゼンの薔薇を持って差し出した。
「わたくしたちの希望であり、清らかな白き花。どうか、これからの日々が、あなたとアシェルにとって心安らかで、幸福でありますように」
「ありがとうございます、キルシュ様。私にとってあなたは心を救ってくれた希望の花。この平和な世界でアシェル様と結ばれたのは、あなたのおかげなのです」
「エミリア様……それは、最高の褒め言葉ですわ」
キルシュはアシェルと同じ赤い瞳をうるませて、可憐に微笑んだ。
エミリアはキルシュから薔薇を受けとると、反対側に立つヴォルフに向き直った。
この日のためにと仕立てた黒の正装服の胸元には、イーリスを思わせる白いカトレアの花が飾られている。
ヴォルフは緊張した面持ちで、フェルゼンの薔薇を差し出した。
「アシェル様とエミリア様の晴れ舞台にお招きいただき、また、エミリア様に薔薇を渡す栄誉を賜り、身に余る光栄に存じます! これからも誠心誠意、おふたりにお仕えする所存です」
「ありがとうございます、ヴォルフ。でも、きょうくらいは近衛騎士ではなく、アシェル様のご友人として祝福してください」
ヴォルフはまばたきして、それから穏やかに微笑んだ。
「ならば友人としてひと言。アシェル様を幸せにしてあげてください。いえ、ふたりで幸せになってください」
「はい!」
エミリアは薔薇を受けとり、その胸元の花にも一礼してから先に進んだ。
次にエミリアを待っていたのはリヒターである。
王の正装に身を包んだリヒターは、微笑んではいないものの、穏やかなまなざしをエミリアに向けていた。
「私は気の利いたことは言えない。ただ、これからもアシェルとともにあってくれ。そう願っている」
「そのお言葉だけで、私はじゅうぶん幸せです」
婚約を認めなかったリヒターが、アシェルのそばにいてほしいと頼んでいるのだから、これ以上ない祝福の言葉であろう。
リヒターから薔薇を受けとり、先に進むと、最後にエミリアを待っていたのはシュトラールだった。
彼はこの日のためにと専用の衣装を仕立ててもらっていた。質の良い青色の布に銀糸でシュトラールの姿が刺繍されたマントをまとっている。
シュトラールは誇らしげに胸を張って、口にくわえていたフェルゼンの薔薇をエミリアに渡した。
「ありがとうございます、シュトラール様。来てくださってうれしいです」
「当然だ、戦姫の結婚はひとつの儀式。聖獣が……いや、相棒がいなくてどうする」
シュトラールから相棒と呼ばれる関係に至ったことに、エミリアは目頭が熱くなった。涙がこぼれないように必死にこらえながらうなずく。
「さあ行け。試練を越えた先の未来に」
「はい!」
七本だけの花束を手に、エミリアはようやくアシェルのもとへたどりついた。
思い出の薔薇に囲まれたその中心に、この世でもっとも愛しい人が立っている。
差し出されたアシェルの手をとり、エミリアは勢いよくアシェルの胸へ飛びこんだ。
しっかりと抱きとめられて、整えられた髪に唇が触れる気配がした。
アシェルの体温を感じる。花の香りに混じって、アシェルの匂いがする。
ここが試練を乗り越えた向こう側なのだと、ようやく実感できた。
「待ちわびたぞ」
「お待たせして申し訳ありません」
ふたりは見つめ合って、小さく笑った。きょうのアシェルはひときわ美しく輝いて見えた。
「最後は母上の愛した場所にて、通常なら奇跡の女神に誓いを捧げるわけだが……」
「えぇ、アシェル様の言いたいこと、なんとなくわかる気がします。奇跡の女神様にはいろいろとお世話になりましたし、誓いよりも感謝がふさわしいかと思うのですが」
「もちろん、彼女だけの力で実現できた世界ではない」
アシェルが不敵に微笑んで見せた。赤い瞳の奥でフランメが星のように輝いている。
エミリアもうなずいて、アシェルの手を強くにぎり返した。
ふたりで並び立ち、小さな城の屋根を見上げる。
そこには、奇跡の女神をかたどった小さな石像が、ふたりを慈愛のまなざしで見つめていた。
「女神よ。あなたは俺たちの結婚を奇跡と言う。だが、奇跡だけではない」
「私たちは自らの力で勝ちとったのです」
エミリアとアシェルの体を、青色と黄金色のフランメが包む。
そのフランメの輝きはひとつの柱となって天を貫いた。
青いフランメは氷の粒となり、その粒を黄金のフランメが包み、さらに微粒の粒となってシュタールの上空から音もなく降り注ぐ。
奇跡の女神への感謝と勝利を示す魔術は宙をめぐり、はるか遠くの氷の大地にちらちらと風花のように舞い散った。
奇跡の名を冠する女神は目を見張って、彼らの情熱に顔をほころばせたのだった。
貴重なお時間を割いて、ここまでお読みいただきありがとうございました!
連載中ストックが尽きたり、体調不良で更新できなくなったりなど、なかなか計画通りにいかなくて大変でしたが、放置することなく完結にたどり着けたのはとてもうれしいです。
エミリアの報告書のようなラブレターの話や、アシェルを姫抱っこして満足そうにしてるエミリアとか色々書いていましたが、かなり長くなりそうなので削っています。
強い女の子が好きなので、もっとつよつよエピソードなどあればよかったなぁ、といまさら思ったりもしています。
すこしでもこのお話しが心の隅に残ったのなら幸いです。
エミリアとアシェルのお話をここまで見守ってくださった読者のみなさまに、重ねてお礼申し上げます。




