城下町観光
その日の夕方、エミリアの部屋を訪れた者がいた。
アシェルである。
前髪の分け目を変えて眼鏡をかけているため、一瞬おどろきで固まったエミリアに、アシェルはにやりと笑った。
質の良いシャツに裾の長いジャケット姿は、シンプルだが背の高いアシェルにはよく似合っていた。王族の衣装というよりも、シュタールで流行っている若者の格好というのが正しいのだろう。
眼鏡のレンズに細工がしてあるのか、フェルゼン王家特有の赤い瞳が黒色に変化して見えた。
いまのアシェルは、王子というよりも人気の舞台役者のようだ。
私服姿のアシェルに、エミリアはぽーっと目元を染めて見惚れていた。
「熱い視線をもらえてうれしい」
アシェルが照れくさそうに笑うので、エミリアはようやく我に返った。
「アシェル様がとても素敵ですから……」
「ありがとう。エミリアもよく似合っているよ」
「あ、ありがとうございます!」
エミリアもアシェルに合わせて、丈の短いジャケットに動きやすいパンツスタイルというシュタール風ファッションである。髪色を隠すために茶髪のウィッグをつけて、帽子を目深にかぶっている。
あらかじめアシェルからシュタールの街を案内すると誘われていたので、それに合わせた衣装をグレーテルが用意してくれたのだ。
城下町へは、例の反王政派の計画を阻止するためにおりたことはあったが、観光をする余裕などなかった。きょうが初のシュタール観光、しかもアシェルとふたりきりである。エミリアはこの日が楽しみで仕方がなかった。
「さあ、夜更かしの国はこれからが本番だ。デートをしよう!」
「はい! いざアシェル様と、で、デートします!」
エミリアは、背後で「ファイトです!」と両手のこぶしをにぎって応援してくれているグレーテルにうなずいて、アシェルと一緒に部屋を出た。
そのとき、廊下の曲がり角の向こうから、なぜかリヒターが姿を現した。
アシェルがぎょっと目を見開く。
「父上、なぜここに?」
「それはこちらの台詞だが……」
リヒターはアシェルとエミリアの姿を見て察したらしく、
「ほどほどにな」
と言って背中を向けてもどろうとする。
エミリアはとっさに声をかけていた。
「リヒター陛下、何かアシェル様に用があったのではありませんか?」
客人であるエミリアの部屋と、一国の王であるリヒターの部屋は正反対の場所にある。
わざわざここに姿を見せるということは、エミリアかアシェル、またはキルシュに用があったとしか思えない。
リヒターは、彼にしてはめずらしく口ごもった。
「用というほどではないが、ふたりを食事に誘おうかと」
エミリアは目を見張り、アシェルはあきれたように絶句してため息をついた。
「父上、用ならあるではありませんか。そういうことは遠慮せずに言ってください」
「む……そうか? こういうのはキルシュに任せきりだったからな、うまくいかんな」
そう言って、リヒターは反省したように目を閉じる。
アシェルは視線をそらしているが、リヒターの提案を本気で嫌がっているようには見えない。
こういう小さなすれ違いが亀裂を生み、深い溝をつくってしまったのだろう。
ふたりの間をとりもつキルシュの苦労が偲ばれる。
「あしたの朝」
アシェルが意を決したように言った。
「一緒に食事をしましょう。エミリアも、かまわないだろうか?」
「もちろんです。あしたが楽しみです」
リヒターはしばらくアシェルを見つめて、こくりとうなずいた。
「あぁ……では、あした」
心なしか、その顔に安堵の色が浮かんでいる。
不器用だが、長年すれちがっていた息子に歩み寄り、そしていままで拒絶していたエミリアを食事に誘うなど、かなりの進歩だろう。
「父上が、食事に誘ってくれるなんて思わなかった。しかも、きみまで一緒に」
「おどろきましたが、とてもうれしいです」
「そうだな」
去っていくリヒターの背中を見送りながら、アシェルは困ったような、うれしいような複雑な表情をした。
次回は9/17に更新します。




