雪解け
「父上がエミリアを拒絶する理由は理解できました」
指導者という立場上、国や王家を守るため、様々な可能性に思考をめぐらせるのは当然のことだろう。
アシェルはすこし考える素振りをしてから言った。
「もし、俺がエミリアを迎えることによって国が滅びるとお考えならば、この身分を捨ててもかまわない」
「なんだと?」
「と、思うわけもなく」
「お、おどろかせるな」
リヒターは浮かしかけていた腰をおろして、咳払いした。
どのような状況であろうと、岩のごとく不動の沈着さを発揮するこの人でもあせることがあるのか、とアシェルは父の新たな一面を発見した。
エミリアが言っていた「息子を心配している」というのは本当なのかもしれない。
アシェルは高揚する気持ちを悟られないように、声の調子をととのえた。
「英雄の力の味方となってくれたエミリアを失望させるようなまねはしません。彼女は身分や誇りを捨ててまで一緒になることを望まないでしょうし、彼女の責任にしてすべてを放棄するような男だとは思われたくありません」
アシェルの知るエミリアは、アシェルの隣に並びたい、支えたいと願う健気で強い人だ。
部屋を出てそれほど時間は経過していないのに、もう会いたいと思ってしまう。
アシェルがエミリアのことを思って微笑むと、リヒターが目を見張って、それから目を逸らした。
「お前は、そんな顔もできたのだな」
父にしてはめずらしく小さな声だった。
アシェルが父の本心を垣間見たのと同じに、リヒターもまた息子の知らない表情を見て何か思うところがあったのかもしれない。
食事会がはじまるまえは、会話にすらならないのではと危惧していたが、杞憂だったようだ。
エミリアの助言で、アシェルが向き合う覚悟を決めたように、リヒターもまたキルシュに何か言われていたのかもしれない。
でなければ、これほど穏やかな雰囲気にはならなかったはずだ。
アシェルは手元にある透きとおった琥珀色のスープに視線を落とした。
「食事に誘えばいいと提案してくれたのはエミリアです。フェルゼンでは他者と食べ物を分かち合うことがどれほど大切な意味があるかを知ってのことです。彼女はエーデルシュタインの姫君でありながら、フェルゼンの文化を積極的に愛してくれます」
リヒターは静かに耳を傾けている。
「父上の言うとおり、エミリアはその誠実な姿勢から、国民の支持を得るでしょう。それは決してフェルゼン王家に牙をむくものではありません。むしろ、フェルゼン王家のさらなる発展を約束するようなもの」
アシェルは強く出た。エミリアを迎えることで、フェルゼンの未来を約束すると、国王であり先代の英雄に断言してみせた。
半端な覚悟では許さぬ、とリヒターの厳しいまなざしが語っている。
アシェルは挑むように見つめ返す。
しばらくにらみ合いのような時間がつづいたが、やがてリヒターのほうが根負けしたようにため息をついた。
「それでも、認めることはできん」
この話は終わりだ、とばかりにリヒターはスプーンを手にとってスープを飲んだ。
認められることはなかったが、アシェルはまったく悲観していない。それどころか、わずかに手応えを感じたほどだ。
もしリヒターが本気で否定するなら、にらみ合う時間すらなく部屋を出て行ったはずだ。
アシェルはここにきてはじめて、父を理解したいと思えるようになった。




