一触即発
親子の会話とは思えぬほど殺伐とした雰囲気に、エミリアは口を出すこともできず、アシェルの隣でひたすらやりとりを見守るしかなかった。
「過去の遺恨をなかったことにしろ、とは言いません。いまの俺があるのは、ご先祖様あってのこと。しかし、俺は戦姫であるエミリアに救われました。彼女はフェルゼンを長きにわたって苦しめた氷の女王などではない」
「憎き戦姫の末裔であろうが」
「いまここにいるエミリアと向き合ってください。父上もまた自らが作り出した幻影の戦姫を恐れておられるのか?」
リヒターの赤い瞳に稲妻のようなフランメが走り、口の端に残忍な笑みが浮かんだ。
「良い、良い、アシェル。たまにはお前のさえずりに乗ってやろう。僭称英雄、剣をとれ。本物を見せてやる」
リヒターが手の甲を下にして挑発するように手招きすると、ドンッと体の奥に衝撃を受けて、城が上下に揺れた。
ここだけフランメの濃度が高まり、リヒターを中心に光が渦巻いて見える。
アシェルは動じた様子もなく、腰にさげた神剣の柄に手を添えた。
一触即発の空気に、エミリアはふたりの間に割って入ろうとした。
「お父様」
凛とした声がひびいて、膨れあがったふたりのフランメの勢いが衰えた。
エミリアの右隣にいたキルシュは、ふたりの間に割って入った。
さすがに丸腰の娘、そして姉相手には魔術を向けられないのか、リヒターとアシェルは完全に魔術を破棄してキルシュを見た。
キルシュもまた、アシェルとリヒター、それぞれに視線を向けて言った。
「過去に流してきた血を、我々王家は忘却すべきではない。けれど、十年前のあの日、エミリア様が助けてくれなければ、わたくしはここにいなかったでしょう。そして、幼きアシェルに罪を背負わせるところでした」
リヒターは険しい顔つきをしているものの、キルシュの話に耳を傾けている。
アシェルに対しては攻撃的だったが、キルシュへの態度はそれに比べてずっと柔らかい。
キルシュはリヒターに向けて、優しく目を細めて言った。
「過去の傷は完全にふさがらなくとも、それを新たな関係で覆うことはできます。お父様も、昔のままではいけないと思ったから、エーデルシュタインとの和平に踏み切ったのですよね。フェルゼンにとって、かつてないほどの大英断でございます」
リヒターから完全にフランメの気配が消えた。感情が落ち着いてきたのか、赤い瞳に先ほどまでの苛烈な輝きは見受けられない。
キルシュはアシェルに視線を向けると、あえて困ったように微笑んだ。
「アシェルも、いきなり婚約者を連れて来て、さあ認めろと言われても、お父様だって困惑しますでしょう? なんせ、大事な息子の縁談ですもの」
「キルシュ」
リヒターは勘弁してくれ、と言わんばかりに右手で額を覆っている。
しっかり者の娘にとまどう父親のような姿に、エミリアは目を丸くする。
彼なりに、父親としてアシェルを心配しているのだろう。そのやり方が強引なばかりに、息子から激しい反発を食らって話が複雑化して厄介なことになっているようだ。
「大事な息子?」
はっ、とアシェルにしてはめずらしく毒々しく笑った。
アシェルのこの懐疑的な態度がさらに親子の溝を深める原因なのだろう。エミリアにも、この親子が拗れている要因がおおよそ理解できた。
キルシュは叱るようにアシェルを目で制して、それからリヒターに一礼した。
「お父様、アシェルに冷静になるよう、よく言い聞かせますわ」
キルシュが一度部屋に引き返すことを提案すると、リヒターは「好きにするといい」と言って、廊下の向こうへ姿を消した。
エミリアは、キルシュの存在がよりいっそう頼もしく見えた。彼女がいれば聖戦は回避できた、というその意味を本当の意味で理解できたのである。




