表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/97

エミリアの見栄

 エミリアたちは、他に侵入者がいないかを確認してから、屋敷の外に出た。

 空を流れる雲が、夕陽に照らされて黄金色に輝いている。

 黄昏時の薄暗さに包まれた白亜の屋敷やその周辺には、嵐の痕跡は見当たらなかった。


「たしかに外は嵐でしたのに……こんなにすぐに乾くものでしょうか」


 グレーテルが周囲を見回して首を傾げていると、橋の向こうから近づく気配があった。


「この周辺は局地的に嵐に見舞われていたのはたしかだ」

「シュトラール様!」


 シュトラールはゆったりとした足取りでエミリアのもとへ歩み寄った。


「英雄をここへ届けて、しばらくしておさまった。まるではじめから何もなかったかのように、濡れていた私の体も乾いていた」


 シュトラールはエミリアを見て、それからアシェルに視線を向けた。

 その意味ありげな態度に、エミリアはシュトラールの言いたいことを察した。

 不可解な自然現象が、アシェルによっておさまったと言いたいのだろう。

 ヴォルフが怪訝そうに屋敷を振り返って言った。


「その嵐も、エミリア様を狙った魔術師の仕業でしょうか」

「フェルゼンの反王政派の可能性もある。エーデルシュタインの警備隊と連携して、エミリアの警備をさらに強化する必要があるな」


 アシェルとヴォルフは、自分たちを狙った何者かの仕業と信じて疑わないが、エミリアはそうは思えなかった。

 原理はわからないが、イーリスや外の嵐は、エミリアの過去を投影したようなものだからだ。

 それにしても、とエミリアは残念そうに屋敷を見上げた。


「女の幽霊が出るというのは、必ずしもまちがいというわけではありませんでしたね」

「そもそも、ここで何をするつもりだったのだ?」


 アシェルに問われ、エミリアはもう隠す必要もないと小さく笑って言った。


「本当はここにアシェル様をお招きして、夜会を開こうと思っていたのです」


 アシェルは目を見張って、それからうれしそうに口元をほころばせた。


「俺に何も言わずにここへ来ていたのは、そういうことだったのか。ぜひあのホールできみと踊りたいな」

「私も、です。ですが、ここの警備を増やしたとして、招待客たちを危険にさらすようなまねはできません」

「思い入れのある場所だけに、本当はここで夜会を開きたかっただろう」

「そうですね、お母様が残してくれた大切なお屋敷ですから。でも、ここが使えなくても、場所ならほかにもあります。私の本当の目的は、夜会を開くことで私の背中を押してもらうことでしたから……」

「エミリア?」


 母の屋敷を使えないのは残念だが、城にも立派なダンスホールがある。カルロッタをなんとか説得して使用許可をもぎとらなければ、とひそかに考えをめぐらせるエミリアに、アシェルが言った。


「俺ではだめか」

「アシェル様?」


 アシェルはエミリアの手をとって、真摯なまなざしでエミリアを見つめた。


「きみが何かを決意するために夜会を頼ったというなら、その背中を押す役割は俺では難しいか? 俺は、きみの力になりたい」

「アシェル様……」

 

 大きな手から伝わる熱が心に沁み渡る。

 自分はなんて馬鹿なのだろう。エミリアは恥じ入り、唇をかんだ。

 背中を押してもらうため、というのは建前で、気持ちを伝えるなら何か記念になるようなことがしたかった。アシェルに恥をかかせたくないから、ミラのように招待客を呼んで、美味しい料理やデザートを用意して、華々しい夜会を開きたかった。

 それらはすべて周囲の目を意識した行動であり、見栄を張ろうとして本来の目的を見失っていた。

 もちろんアシェルは喜んでくれるだろう。けれど、本当はささやかなものだってアシェルは愛してくれる。

 フェルゼンの薔薇一輪に深い愛情をこめてくれたように。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ