エミリアの見栄
エミリアたちは、他に侵入者がいないかを確認してから、屋敷の外に出た。
空を流れる雲が、夕陽に照らされて黄金色に輝いている。
黄昏時の薄暗さに包まれた白亜の屋敷やその周辺には、嵐の痕跡は見当たらなかった。
「たしかに外は嵐でしたのに……こんなにすぐに乾くものでしょうか」
グレーテルが周囲を見回して首を傾げていると、橋の向こうから近づく気配があった。
「この周辺は局地的に嵐に見舞われていたのはたしかだ」
「シュトラール様!」
シュトラールはゆったりとした足取りでエミリアのもとへ歩み寄った。
「英雄をここへ届けて、しばらくしておさまった。まるではじめから何もなかったかのように、濡れていた私の体も乾いていた」
シュトラールはエミリアを見て、それからアシェルに視線を向けた。
その意味ありげな態度に、エミリアはシュトラールの言いたいことを察した。
不可解な自然現象が、アシェルによっておさまったと言いたいのだろう。
ヴォルフが怪訝そうに屋敷を振り返って言った。
「その嵐も、エミリア様を狙った魔術師の仕業でしょうか」
「フェルゼンの反王政派の可能性もある。エーデルシュタインの警備隊と連携して、エミリアの警備をさらに強化する必要があるな」
アシェルとヴォルフは、自分たちを狙った何者かの仕業と信じて疑わないが、エミリアはそうは思えなかった。
原理はわからないが、イーリスや外の嵐は、エミリアの過去を投影したようなものだからだ。
それにしても、とエミリアは残念そうに屋敷を見上げた。
「女の幽霊が出るというのは、必ずしもまちがいというわけではありませんでしたね」
「そもそも、ここで何をするつもりだったのだ?」
アシェルに問われ、エミリアはもう隠す必要もないと小さく笑って言った。
「本当はここにアシェル様をお招きして、夜会を開こうと思っていたのです」
アシェルは目を見張って、それからうれしそうに口元をほころばせた。
「俺に何も言わずにここへ来ていたのは、そういうことだったのか。ぜひあのホールできみと踊りたいな」
「私も、です。ですが、ここの警備を増やしたとして、招待客たちを危険にさらすようなまねはできません」
「思い入れのある場所だけに、本当はここで夜会を開きたかっただろう」
「そうですね、お母様が残してくれた大切なお屋敷ですから。でも、ここが使えなくても、場所ならほかにもあります。私の本当の目的は、夜会を開くことで私の背中を押してもらうことでしたから……」
「エミリア?」
母の屋敷を使えないのは残念だが、城にも立派なダンスホールがある。カルロッタをなんとか説得して使用許可をもぎとらなければ、とひそかに考えをめぐらせるエミリアに、アシェルが言った。
「俺ではだめか」
「アシェル様?」
アシェルはエミリアの手をとって、真摯なまなざしでエミリアを見つめた。
「きみが何かを決意するために夜会を頼ったというなら、その背中を押す役割は俺では難しいか? 俺は、きみの力になりたい」
「アシェル様……」
大きな手から伝わる熱が心に沁み渡る。
自分はなんて馬鹿なのだろう。エミリアは恥じ入り、唇をかんだ。
背中を押してもらうため、というのは建前で、気持ちを伝えるなら何か記念になるようなことがしたかった。アシェルに恥をかかせたくないから、ミラのように招待客を呼んで、美味しい料理やデザートを用意して、華々しい夜会を開きたかった。
それらはすべて周囲の目を意識した行動であり、見栄を張ろうとして本来の目的を見失っていた。
もちろんアシェルは喜んでくれるだろう。けれど、本当はささやかなものだってアシェルは愛してくれる。
フェルゼンの薔薇一輪に深い愛情をこめてくれたように。




