ミラローズからの招待状
寝不足気味のエミリアの顔を見たグレーテルが、必死に笑いをこらえている。エミリアはため息をついた。
「おはようございます姫様。あまりよく眠れませんでしたか」
「おはよう。えぇ、寝つきが悪くて……」
エミリアは小さくあくびをする。昨夜の興奮の余韻がまだ残っている気がした。
グレーテルはてきぱきとエミリアの世話を焼きながら言った。
「姫様。じつはミラローズ様からお茶会の招待状が届いております」
「え、ミラから? あの人が私を招待するなんてはじめてですね」
「昨日のことを根にもっておられるのでしょう。せめてお茶会の場で姫様を吊しあげて恨みを晴らすおつもりですわ。付き合う必要はありませんよ。ここは強気にいきましょう」
大国フェルゼンの後ろ盾を得たと思っているグレーテルは強気だった。
しかし、エミリアはあきらめたように頭を振った。
「あの人のことですから、私が来ることはすでに周囲に言い触らしていることでしょう」
「あぁ……いかにもミラローズ様がやりそうな嫌がらせですねぇ」
グレーテルがあきれたようにつぶやいた。
エミリアもミラと顔を合わせるのは気が重いが、お茶会を断ったあとが面倒だ。
それよりも、エミリアはアシェルのことが気になった。会う約束をしているわけではないが、お茶会に向かうのはなんだか後ろめたい気分だ。
「しかし、ドレスはきのうの一着以外ありませんから、戦姫の正装を着るしかありませんね」
「そうやって姫様に恥をかかせたいのですよ」
「そうですね、きっと」
エミリアは異母妹の意地悪に小さく笑った。
母から受け継いだドレス類はすべてカルロッタに没収されたため、エミリアは新しいドレスを仕立てたことがある。
そのことに目ざとく気づいたカルロッタとミラは、自分たちの着古したドレスをわざとボロボロにして、仕立てたばかりのドレスと交換するという嫌がらせをしてきた。そのため、エミリアはまともなドレスを持っていなかった。
とはいえ、着慣れた戦姫の正装は、ドレスを着るよりもずっと心強い。
白を基調とした丈の短いドレスには、戦闘服とは思えないほど華やかな刺繍がふんだんにほどこされている。この衣装は、職人たちが奇跡の女神の力を受け継ぐ者のためにと完成させた、清らかさと美しさの結晶である。
エミリアにとっての誇りであり、他国の人々から見れば立派で華美なドレスに見えることだろう。
「では、久しぶりに女神の羽を出しましょう。さらに華やかになりますよ」
そう言って、グレーテルは戦姫の正装のひとつであるレース状の白いマントを着せてくれた。
背中にはエーデルシュタイン王家の紋章である、神槍を掲げる戦姫の姿が刺繍されている。
「お綺麗ですよ、姫様」
「ありがとうグレーテル。では参りましょうか」
優しく微笑むグレーテルだが、その表情には悔しさがにじんでいる。侍女として、ドレスを用意できなかったことを不甲斐なく思っているようだ。
彼女が悩まなくてもすむように、エミリアは胸を張って堂々としていようと前を向いた。
ミラ主催のお茶会は広い中庭の一角で行われていた。ミラのお気に入りの庭園であり、普段エミリアが足を踏み入れることは許されていない場所である。
色とりどりの花のアーチをくぐると、エミリアに気づいたミラが声をかけた。
「あら! ごきげんよう、お姉様」
ミラは陽気に手を振って、そして含みのある笑みを浮かべた。訝るエミリアだが、ミラのドレスを見てその意味に気がついた。彼女はエミリアの母のドレスを着ていたのだ。
薄緑色のドレスは様々な花で飾り立てられていて、まさに美しき森の妖精という言葉が似合う神秘的なドレスであった。
事情を知らない令嬢たちは、美しいドレスだと無邪気に褒め称えている。
ドレスを他人に奪われることは、命を奪われる以上の恥。その言葉の意味をエミリアは身を以て知った。
にやにやと勝ち誇ったように笑うミラに、エミリアは感情を抑えて、にこりと微笑んだ。
「ご招待ありがとうございます」
エミリアの反応の薄さに、ミラは不満そうに眉根を寄せる。しかし、すぐに気をとり直して、ドレスの裾をつまんで軽く持ちあげてみせた。
「見て、お姉様。素敵なドレスでしょう?」
「えぇ、とてもよくお似合いですよ」
「当然ですわね。それに比べてお姉様ったら、なんですその格好は。お茶会に戦姫の正装?」
令嬢たちは「なぜ、わざわざその格好を?」とざわついた。
ミラはぐるりと周囲を見回して言った。
「ごめんなさい、お姉様は戦場育ちの姫ですから行儀作法を知らないの。あんまりにも可哀想だから、わたくしたちが善意でたくさんドレスを与えても気に入らなくてすぐ突き返してしまうのよ。だからお気になさらないで」
ミラの嘘を信じた令嬢たちは、エミリアにとても冷ややかな視線を向けてきた。
優位に立ったミラは、自尊心を満たされて有頂天になっている。
しかし、エミリアの心は凪のように落ち着いていた。
ミラや口さがない令嬢たちに何を言われようと、戦姫の誇りをまとったエミリアに怖いものなどなかった。
「たしかにこの衣装はお茶会向きではありませんでした。そのことはお詫びいたします。しかし、私は戦姫です。いつでも誰かの盾となれるように心がける私にとって、これほど美しく気高いドレスを知りません」
毅然とした態度をとるエミリアに、ミラは狼狽えた。
そこへ、艶やかな黒髪を風になびかせた女性がエミリアに近づいてきた。




