約束
アシェルたちがフェルゼンに帰国する日となり、エミリアはその見送りに参加していた。
キルシュがエミリアに駆け寄り、両手をとって微笑んだ。
「ねぇ、エミリア様。今度はぜひフェルゼンにお越しくださいませ。歓迎いたしますわ」
「ありがとうございます、キルシュ様。楽しみにしております」
キルシュは名残惜しそうにエミリアの手を離して、馬車に乗りこんだ。
すると、今度はアシェルが右手を差し出した。
「きみのおかげで力の使い方に自信がついたよ。感謝している」
「アシェル様の努力の結果です」
エミリアは差し出された手をにぎった。
「ありがとう。フェルゼンにもどっても努力は怠らないぞ。早くきみに追いつきたいからな」
「私もあなたに置いていかれないように、腕を磨きます」
「さすがエミリアだな。次会うときを楽しみにしている」
アシェルはエミリアから手を離して、背を向けたが、もう一度エミリアに向き直った。
その真剣なまなざしに、思わず背筋が伸びる。
「エミリア」
「は、はい」
「しばらく会えなくなるが、手紙は必ず書くからな」
何を言われるのかと身構えていたエミリアは、その内容に拍子抜けした。
エミリアははっと我に返り、あわててうなずいた。
「私も必ず書きます!」
「本当か? 約束だからな!」
アシェルは安堵したように顔をほころばせると、上機嫌に馬車に乗った。
馬車が動き出すと、アシェルとキルシュは窓から顔を出して、エミリアに手を振っていた。エミリアもふたりの姿が見えなくなるまで、ずっと手を振りつづけた。
ふたりと会えなくなるのは寂しいが、永遠の別れではないと自分を慰める。
それに、アシェルとの約束がある。なんだかくすぐったいような気持ちになった。
カリーナリリー王女という婚約者がいるので、積極的な交流は控えるべきかと思うが、せめて友として言葉を交わすことだけは許してほしい。
アシェルたちを見送ったあと、エミリアは使用人が使うような狭い部屋にいた。
長らく放置されていたのか、窓は曇って、床は埃だらけだった。
「これは、ひどいですね」
エミリアは咳きこみながら、部屋全体を見回した。
アシェルたちが帰ったと同時に、カルロッタは突然エミリアを部屋から追い出し、この狭い部屋に押しこんだのである。アシェルへの腹いせに、エミリアに八つ当たりしたのだ。
「あんのクソ王妃!」
「よしなさい、グレーテル」
「ですが、こんな扱いあんまりではありませんか!」
エミリアは憤慨するグレーテルを宥めながら、空気を入れ替えるために窓を開けた。
爽やかな風が吹いて、エミリアの銀髪を揺らす。
アシェルとキルシュは国境を越えただろうか。
エミリアはふたりの無事を心の中で祈ってから振り返った。
「せっかくアシェル様に守っていただいたドレスなどを奪われたのは残念ですが、戦姫の正装や神槍までは奪われていません。私の誇りをすべて奪うことは、誰にもできないのです」
「姫様……」
強がりを言っていると思われたのか、グレーテルは哀れむような顔をしていた。
「戦姫よ。お前はこれからどうするつもりだ」
シュトラールが埃だらけの部屋に顔をしかめながら言った。
「贅沢をしなければ生きていけます。私は、大切な人たちが幸せに暮らせる世界をつくるために、戦姫としての使命を果たします」
もちろん、大切な人の中にはアシェルの存在もあった。かつての宿敵であったアシェルを大切だと言い切れるようになったエミリアに迷いはない。
「そのためには、まず身の回りのことからはじます。早速お掃除をしましょう」
「えぇ、このグレーテルにお任せください」
「私も手伝います。そしてそのあとは、みんなでおいしいものを食べましょう」
気丈に振る舞うエミリアに、グレーテルはようやく笑みを浮かべた。
大掃除に奮闘するふたりを、シュトラールはベッドの上からのんびりと見守っていたが、グレーテルに駆り出されて、不承不承ながらも床を雑巾がけしていた。




