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 ルイは手早く身支度を整えると、気持ちを切り替えて、外で待っているラウルとアリシアの元へと急いだ。

 今日から数週間、ラウルの弟であるクレメントを訪ねることになっている。


 クレメントはラウルよりも二十歳も年下の弟だった。

 あまりにも年が離れているのでルイが疑問に思っていると、いつだったかラウルが少しだけ言い辛そうに教えてくれたことがあった。

 ラウルの母親は正妻だが、クレメントの母親はラウルの父親の愛人だったらしい。

 この三人の間には色々と確執があったようだが、彼らはすでに故人であり、ラウルはあまり詳しくは語らなかった。

 ただクレメントとは親のことは関係なく仲が良かったらしく、彼との思い出話は何かにつけてよく聞かされた。


 ラウルは元々、自分が死んだ後はクレメントに鉱山を継がせるつもりだったのだが、そんな大それたものはいらないから養子を取ってくれと断られたそうだ。

 旅を愛する彼にとって、鉱山など自分を縛り付けるだけの重荷に思えたのかもしれない。


「旅先から帰ってきたと言っていたが、怪我をして不便をしているらしい。家に人を入れるのが嫌だと言って、手伝いも雇っていないみたいだな」


 ラウルは少し前に届いたクレメントからの手紙を、馬車の中でルイとアリシアに読んで聞かせた。


「それはきっとお困りね」


「まったく。あいつから連絡があるのは、こんなときばかりだな」


「あら、良いじゃない。久しぶりに会えるのだもの。ルイもきっと楽しみにしているわ」


 アリシアは穏やかに微笑みながら、ルイの方に視線を向けた。


「でもクレメントさんに会ったのは、かなり前になります。俺のことを覚えているでしょうか?」


「心配しなくても、覚えているよ。ときどき手紙で養子にした子供はどうしているかと尋ねてくる。ただ実際に目で見るルイは、以前と随分印象が違うから、驚くかもしれない」


 ラウルは改めてルイをよく見て言った。

 大人しくてひ弱そうだった小さな少年は、病弱さを除けばこの数年ほどで随分と頼もしく成長していた。


「まだまだ子供だが、立派になったものだな。子供の成長は何とも早い」


「本当にその通りね」


 しみじみとそう言われ、少し照れたように俯いてしまったルイを、夫婦は優しく見つめた。

 馬車の中を和やかな空気が満たしていた。



 しばらく馬車に揺られた後、突然馬が止まり、いつも通っている街道が塞がれていると御者から告げられた。

 どうやら木材を運んでいた荷馬車が転倒したらしい。


「どうしましょう? 待ちますか?」


 御者は指示を仰ぐべく、ラウルに尋ねた。

 クレメントへ会いに行く道には通りやすい街道の他に、森を抜けて行く道があった。

 しかしそちらは迷いやすいため、あまり使われることはない。


「どうするか。ここでこうして待っていても良いが……」


 ラウルは倒れた荷馬車と木材を片付けている人々の様子を、馬車の中から眺めながら言った。

 ルイも撤去作業の進み具合を見てみるが、いつ頃この道を通れるようになるのかは分からなかった。


「まだ時間もあるし、今から出発すれば日が暮れるまでには森を抜けられるはずだな。……しかし大丈夫だろうか」


「私はあの森の道には詳しいので、迷うことはないと思います」


 御者は判断に迷っているラウルにそう進言した。


「……そうだな。クレメントも待っていることだし、森を通ろうか」


 ラウルがそう指示を出すと、御者は頷き森を目指すために手綱を握った。



* * *



 森に入った馬車は、細い道をひたすら進んで行く。

 奥に入ると鬱蒼とした森の気配が濃くなり、道が分かりづらく迷いやすくなっていた。

 まだ日没には早い時間帯のはずなのに、辺りは薄暗く不穏な空気が漂っている。


「旦那様、申し訳ありません。車輪に何か問題があるようです」


 走らせていた馬車をなるべくゆっくりと止め、御者はラウルにそう一言声をかけて御者台を降りた。

 少しの間待っていると、車輪を一輪ずつ丁寧に確認していた御者から、人為的に何か細工をされたような跡が左後ろの車輪から見つかったと聞かされた。


「……出発前の点検のときにはなかったんですがね」


「直せそうか?」


 ラウルが心配そうに尋ねる。


「道具もありますし、大丈夫でしょう。旦那様たちは馬車の中で待っていてください」


 御者は必要な道具を手に持つと、大した問題ではないというように笑った。 



* * *



「随分と時間が掛かっているようだが、どうしたんだろうか」


「そうね」


「俺が様子を見に行きましょうか?」


「いや、私が行こう。何か手伝いが必要なのかもしれない」


 残念そうな顔をして肩を落としたルイに、ラウルは待っていなさいとだけ声をかけて、そのまま扉を開けて外へと出て行ってしまった。

 何も出来ないでいる自分を歯痒く思っている様子のルイを見て、アリシアは優しく言った。


「ルイは良い子ね」


「いえ、俺は何もしていないです」


「そんなことないわ。ありがとう」


 ラウルとアリシアは意欲だけはあっても何も出来ない子供のルイを、いつもこうして褒めてくれる。

 そのことが嬉しくもあり、悔しくもあった。

 いつかもっと頼ってもらえるような人物になりたい。

 二人がルイにくれた幸せを返せるくらい、立派な大人になりたい。

 微笑むアリシアを見ながら、ルイはそう思った。



* * *



 ラウルが馬車から降りると、そこに御者の姿はなかった。

 何処に行ったのだろうかと不思議に思い、辺りを見回した。


「おい、いたら返事をしてくれ」


 そう声を張り上げて叫んでみるが、答えはない。

 ラウルはこの短時間に何があったのかと訝しんだ。

 少し離れた場所まで足を進めてみると、茂みの中から御者が倒れている姿を発見した。


「しっかりしろ!」


 駆け寄ってみると、彼の服は血で染まっており、すでに事切れていることが分かった。


「一体、誰がこんなことを……」


 ラウルは呆然としてそう呟くと、すぐにアリシアとルイのことが頭に浮かんだ。

 二人はまだ馬車の中にいるはずだ。

 一体何が起こっているのか分からないが、この危険な場所からは早く逃げ出すべきだと感じた。

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