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 アリシアにお茶を頼むと、すぐに準備が整った。

 リリーは上機嫌で席に着き、目の前にあるお菓子をどれから食べようかと迷っていた。


「どれでも好きなものを食べればいいさ」


「だってどれも美味しそうなんですもの。でもいっぱい食べると、太ってしまうでしょう? 私は太りやすいのですわ」


「少しくらい太ったって、リリーは可愛いんだから、気にすることないだろう」


 リリーは薄っすらと頬を桃色に染め、恥ずかしそうにルイを見た。


「本当に?」


「もちろん」


 ルイはきっぱりと答えた。

 そもそもルイには、リリーがどうしてそれほど体型を気にするのか、さっぱり分からなかった。

 ルイにとってリリーは、痩せていても太っていても、可愛いことに変わりはなかった。


「でも男性は痩せていて、華奢な女性がお好きでしょう?」


「さあ?」


「お兄様ったら、誤魔化さないでくださいませ」


「俺は女性を好きになったことなんてないから、分からないな」


 でもラウルだって多少ふくよかなアリシアを愛しているのだ。やはり体型など些末な問題だろう。


「ただ俺は、リリーがどんな体型だろうと、きっと可愛いと思うよ」


「……そんなのはお兄様だけですわ」


「そうかな?」


 ルイは優しく微笑んで、少し不貞腐れたようにお茶を飲むリリーの頬を撫でた。


「痩せてしまったら、この柔らかい頬っぺたがなくなってしまう。こんなに可愛い頬っぺたなのに」


「もう、子供扱いして! いいですわ、話題を変えます」


「どうぞ」


 ルイはくすくす笑いながら頬を触っていた手を引っ込めると、リリーに話しをするように促した。


「実はこの間、お友達のお誕生日会に招かれましたの。そこで旅芸人の方の歌を聞かせて頂いたのですわ」


「その様子だと、とても気に入ったみたいだな」


「ええ、とっても素敵でしたわ。お兄様もぜひ一度、お聞きになってみるべきです」


「どんな歌だったんだ?」


「どんな……。そうですわね。その方の歌は、少し悲しいお話でしたわ」



 遠い、遠い、昔の話。

 神がいて、人々がいて。

 幸せな世界があった。


 神に嫁ぐと決められていた一人の姫。

 けれども彼女は、ある騎士に恋をした。

 そして騎士もまた、彼女を愛した。


 しかし二人は結ばれることはなかった。

 騎士には死の呪いがかけられており、死んでしまった。

 死してなお、死の呪いが魂に刻まれている騎士を救うため、姫は神に助けを乞うた。

 生まれ変わってくる騎士の呪いを解くために、終わらない生を手に入れた。


 姫は今も生きていて、生まれ変わってくる騎士を待っている。



「こんな感じのお話でしたわね。……首なんか傾げて、どうかしまして、お兄様?」


「それ、何か聞いたことがあるような」


 その旅芸人の歌に、ルイは既視感のようなものを覚えた。

 断片的にだが、何故か良く知っている話を聞かされている気分だった。

 一体、何処でその話を聞いたのか。

 ルイの叔父は貿易の仕事で各地を回っていたから、その何処かの伝承をルイに話してくれたことがあったのかもしれない。


「まあ、悲恋の歌なんて、よくありますものね。でもこれは歌っていた方が、とっても素敵でしたの」


「素敵な方……。なるほど、さてはそれで体型なんか気にし始めたのか」


「違います! まったくもう。その方は女性で、彼女一人で歌いながら旅をしているそうですわ」


「女性一人で? それは珍しい……と言うか、大丈夫なのかな」


「何やら剣も持っておられましたし、もしかしたら凄くお強いのかもしれませんわね」


「歌えて戦える女性なんて、何だかその人自身が物語の人物のようだな」


 少し驚いたようにルイがそう言うと、リリーは興奮したように胸元で手を叩いた。


「そうなのです、お兄様! 彼女を見たらきっと驚きますわよ。同じ人間だなんて思えないくらい、お美しかったのですわ」


 きらきらと夢を見るような瞳をして語る。

 けれどもすぐにリリーはため息を吐くと、少しだけ表情を暗くした。


「一体どうすれば、あのようになれるのでしょう」


「リリーは今でも十分、可愛いと言っているのに」


「お兄様だって、彼女を見ればきっと、そんな意見は消えてなくなりますわ」


「……。そうなった男がいたんだな」


 思わずそう呟いてしまった。

 ルイは慌てて口元を押えたが、出してしまった言葉が戻るわけではない。

 リリーはそんなルイをじとっとした目で見据え、少しだけ冷めてしまったお茶を飲んだ。


「……そうですわね。前にお話ししたことがありますでしょう? お爺様が懇意にされているハント家の息子のチャドですわ」


 ルイは以前リリーから聞かされた話に出てきた、チャドという男のことを思い出した。


「確かアイザックさんが、リリーの婚約者候補にその男を考えているとかなんとか……」


「それですわ」


 リリーはこっくりと力強く頷いた。


「あの方、私と会うときは、いつもとても褒めてくれましたのよ。でもこの前のお誕生日会から、手のひらを返したような態度ですの」


 ルイは何とも言えないような表情をしてリリーを見た。

 お互いに無言で見つめ合う。


「そんな男との結婚は、やめておいた方が良いんじゃないか?」


「そうですわね。……まあ、でも彼の気持ちも分かるのですわ。あんなに綺麗な方、今まで見たことがなかったのですもの」


「そんなに言うほどのものなのか?」


「こればっかりは実際にご覧になって頂くしかないのですが……。あの方の長い髪も瞳の色も、一見は銀色なのですが、よく見ると様々な色に変わりますの。何だか全てがとても神秘的でしたわ」


 それを聞いた瞬間、ルイはびくりと反応した。

 よく知っている特徴だと思った。

 幼い頃から、何度も見るあの夢。


『――――いで』


 切なげに何かを言う彼女の声が脳裏に響いた。

 あれは夢の中だけのことではないのか。

 彼女は実在する人物なのか。


「―――様、お兄様ってば!」


 気が付けば目の前に、リリーの怒った顔があった。


「もう、人が話しているのに。急にぼうっとするなんて、失礼ですわよ」


「ああ……、ごめん」


 ルイは一瞬、ここが夢の中なのか現実なのか分からなくなった。

 軽く頭を振って、意識をはっきりとさせる。


「……その人とは、どうやったら会えるだろう」


 もしも本当に彼女が存在するのなら、会わなくてはならない。

 訳もなくそんな衝動が胸に迫る。

 リリーは何処か様子のおかしなルイに首を傾げながら、その旅芸人について耳にしたことを思い出す。


「うーん。彼女は流れの旅芸人ですから、もしかしたらもういないかもしれませんわ」


「……そうか」


 リリーの言葉がルイの心に重くのしかかる。

 もう会えないかもしれない。そう思うと、強い焦燥感に駆られた。

 会いたい。会わなくてはならない。

 どうしてこんなにも、急き立てられるような思いがするのか。

 胸元にある痣がざわつくような気がして、ルイは思わず胸を押さえて顔をしかめた。


「お兄様? 大丈夫ですの? お顔の色が悪いですわ」


 リリーは椅子から立ち上がると、心配そうにルイの側へと歩み寄った。

 痣のざわついた嫌な感覚はすぐに治まり、ルイはほっと息を吐くとリリーに向かって微笑みかけた。


「……大丈夫だよ。ああ、ほら、アイザックさんが迎えに来たようだ」


 そのとき屋敷の方からアイザックがリリーを迎えに来たのか、中庭へ歩いて来るのが見えた。

 リリーは屋敷の方へと視線を向けると、こちらへ向かって来るアイザックへ軽く手を振った。


「リリー、帰るから支度をしなさい」


 アイザックは少し離れた所から、リリーにそう呼びかけた。


「ラウル様とのお話しは、終わったみたいですわね。一体、いつも何を話しているのかしら。お兄様はご存じですの?」


「いいや、知らないな。ほら、早くしないと。アイザックさんが待ってる」


 リリーは名残惜しげにしていたが、アイザックが腕を組みながら待っているので、お土産用にとアリシアが用意してくれていたお菓子を手早くまとめると、ルイに向き直って淑女の礼をした。


「では、お兄様。またお会いしに伺いますわ」


「ああ、ありがとう」


 リリーは何度かルイの方を振り返りながら、アイザックの元へと歩いて行った。

 そんな彼女を見送りながら、ルイはその先にいるアイザックへと視線を向ける。

 アイザックはルイをきつく睨むと、自分の元へとやって来たリリーの手を取って歩き出した。

 そのとき、ふと風の風向きが変わって、アイザックの声が聞こえてきた。


「あれは名門の出らしいが、本当かどうか。なんせ孤児院の者も、家の名をはっきりと明かさなかったらしいからな。もし仮に貴族の出だとしても、親族の誰も引き取りたがらなかった忌まわしい子供だ。きっと何かある。あまり仲良くするものじゃない」


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