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ルイがチャップマン家に引き取られてから、五年の月日が過ぎた。
二人の夫婦はルイをまるで本当の息子のように可愛がり、最初の頃は何かと敬遠しがちであったルイも、今では二人によく懐いていた。
病弱なのは相変わらずで、たまに臥せることもあったが、そのたびにアリシアが優しく看病をしてくれた。
ラウルは色々な腕の良い医者を探しては連れて来てくれたのだが、その誰もルイの不調の原因が分からず、大した治療は出来なかった。
体が弱いことへの不満を除けば、ルイはとても幸せだった。
あまり長生きは出来ないだろうと、将来を悲観していたときもあったけれど、今ではこの病弱な体を治して立派な跡取りになってみせると、意気込んでいた。
ラウルは跡取りとなるルイに自分の持つ鉱山を見せるべく、何度もそこへ連れて行った。
鉱山では小さな子供から大人まで、さまざまな年齢の者たちが働いていた。
ルイが初めて鉱山へ足を踏み入れたときは、自分と同じくらいの子供たちや自分よりも小さな子供たちがせっせと働いている様を見て、とても驚いたのだった。
今ではすっかり見慣れた光景だが、慣れない頃はどうにも居心地が悪かった。
彼らは貧しい家の子供たちのようで、家族の助けになるようにと鉱山で働いていた。
病弱そうで品の良い立ち振る舞いが身についていたルイは、鉱山で働く荒くれた者たちにとって、異質な存在だった。
馬鹿にされたり、貶されたりしたことも幾度となくあった。
一見ひ弱でいかにも軟弱そうなルイだが、実は気の強いところがあり、やられたらやり返していた。
そうしているうちに、いつの間にか彼らとは軽口を叩き合うような仲になっていた。
ルイとしてはあの乱暴者たちを相手に、よく良好な関係を築けたものだと、自分を褒めてあげたいくらいだったのだが、ラウルは苦笑しアリシアは頭を抱えていた。
品行方正だったルイが、鉱山の者たちの影響を受け、言動が粗野になってしまうことがあったからだった。
* * *
ラウルに話したいことがあると呼び出されていたルイは、その日の勉強が終わると執務室の方へと向かった。
このお城のような大きな家も、今ではすっかり慣れ、迷わずに歩けるようになっていた。
毎日のように家の中で迷子になっていた昔を思うと、感慨深かった。
そんなことを考えながら歩いていると、いつの間にか目的の執務室が目の前まで来ていた。
扉をノックしてから開けると、そこにはラウルの叔父であるアイザックとその孫であるリリーがいた。
(また来ていたのか)
アイザックはあまりラウルのことが好きではないようなのに、何故か昔からよくラウルの家を訪れる。
そして孤児院から引き取った養子を嫌悪しているのか、アイザックはルイに対してきつく当たることが多かった。
それ自体はすっかり慣れてしまっているので問題はないのだが、彼のねちねちとした性格がとにかく苦手だったため、もし可能であればここで回れ右をして逃げてしまいたかった。
しかしそんなことを実行するわけにはいかないので、ルイは気を引き締めると、なるべく愛想の良い顔で挨拶をすることにした。
「こんにちは、いらしていたんですね。ご機嫌はいかがですか?」
「悪いな」
むっつりとアイザックはそう答えた。
取り付く島もない態度はいつものことで、不機嫌さを隠そうともせずに立っている。
ルイはついため息を吐きたくなるところをぐっと堪えていると、アイザックの横から春の陽だまりのような明るく朗らかな声が聞こえてきた。
「私はとっても良いですわ。だって会いに来たお兄様にお会い出来たのですもの! ラウル様にご挨拶をした後で、会いに行こうと思っていましたのよ」
ルイよりも二つ年下のリリーは、赤い髪と青い目を持つ可愛らしい少女だった。
彼女の祖父であるアイザックはルイを毛嫌いしていたが、その孫であるリリーは何故かルイに良く懐いていた。
初めて会ったときから、リリーは兄が欲しかったのだと言って「お兄様、お兄様」と慕ってくれた。
ルイが昔、叔母とその子供を亡くしたときに抱いた喪失感を、この少女が少しだけ癒してくれるような気がした。
今ではルイにとってリリーは、まるで本当の妹のように感じられる存在だった。
「ねえ、お兄様。お爺様はラウル様とお話しがあるみたいですし、私のお相手をしてくださいな」
「……うーん」
リリーのお願いならば叶えてあげたいが、彼女の後ろにいるアイザックからの鋭い視線を受け、ルイは断った方が良いのだろうと思った。
「まあ、お兄様ったら。そのお顔は断るおつもりですわね? 私がお兄様にお会いしたくて、お爺様に我儘を言ってここまで来ましたのに」
「え?」
「だってこうでもしないと、お兄様とはお会い出来ないではありませんか。お兄様はうちには来てくださらないし……」
(確かに……)
チャップマン家の養子であり、将来は鉱山を相続することになっているルイは、チャップマン家の親族たちからどうにも当たりが強かった。
どうやら彼らは、ラウルの方から自分たちの子供の誰かを、相続人として指定してくるものだと思っていたようだ。
それなのにある日突然、孤児院から病弱そうな子供を引き取って来たのだから、さぞかし仰天したことだろう。
彼らにとってルイは、自分たちが狙っていたものを、あっさりと横取りしていった目障りな存在だった。
そのため、ルイはなるべく彼らとは関わらないようにしていた。
リリーに会えるのも、彼女がラウルの家を訪れるときだけだった。
「私とアイザック叔父さんが話している間、アリシアに言って中庭でお茶でもしたら良いよ」
ルイとリリーのやり取りを見ていたラウルが、二人に声をかけた。
「まあ、宜しいのですか? 私ここの中庭の景色が大好きですの。ぜひそうさせて頂きますわ」
リリーは嬉しそうに頷くと、ルイの手を引っ張ってアリシアの元へ行くように急かした。
「では、お兄様。行きましょう」
ルイは不愉快そうにしているアイザックを見て、どうしたものかと思ったが、結局は何も言わないので、そのままリリーと執務室を出て行った。