予兆 case1
トータル93回目、ここまで記録が伸びたのは初めてだ。毎日10キロ以上自転車を漕いでる成果だと思う。でも今現在、俺の足は悲鳴をあげている。
両足に何トンもの重りを付けられたように感じる。
だけど、諦めたくない。せめて100回を超えて、俺はここまで出来るぞ!お前たちとは違うと、堂々と威張ってみたい。そしてD評価からおさらばしてやるんだ。
歯を食いしばる。動け動けって呪文のように呟く、だんだんと声は大きくなり、それは叫びに変わった。
94回目の白線を踏む。俺は勢いを消して振り返って、また次の白線へ。
今俺の顔は必死すぎて気持ち悪いだろう。これが全力を出し切るってことだ。お前らみたいに妥協なんてしない!やってやる!やってやるんだ。
視界はどんどん、狭くなって目の前の白線しか見えない。
それから数分後、今自分が何を見てるか分からない。
辺り一面、白白白。
白白白白白白白白白白白白白白白白白白……赤?
赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤……赤!
赤赤赤赤赤赤赤赤あかァァァァァッツ!
あれ?今、何してたんだっけ。体力測定でシャトルラン。
94回超えて、100回目達成したのか?
「い、いまぁ!さんびゃぐろくじゅっがいめぇぇ……えぐっ。うぅ。」
視界に飛び込んできたのは泣きじゃくる体育教師。
みんなから人気があってかわいい新任の女性教師だ。
鳴っていたメロディは消え、うめき声が響く。
見渡すと辺り一面、真っ赤。
なんだこれ、誰がやった?不審者?殺人鬼?
「だ、大丈夫ですか!?一体何が!」
「あなたがやったんでしょぉぉぉおっ!」
体育教師は声を荒らげて怒鳴り、俺の手を叩く。
「離してっ!離してよ!」
俺の手が体育教師の腕を掴んで持ち上げていた。よく見ると腕が折れていた。
そして俺の手もおかしくなっていた。
びっくりして手を離し、自分の体を確認した。
至る所が鋭利な作りで流線的なフォルム。
皮膚は黒く変色し硬質化していた。
「な、なんだよ。どうなってんだ。まるでエルストのモンスターみたいだ!嫌だ嫌だ。気持ち悪い!うぅ、おえ……」
俺はこの姿を見たことがある。エルダーストーリーって言うゲームに出てきた回避特化のモンスター。攻撃が常にクリティカルという鬼畜仕様。
しかし、そいつから手に入る報酬は伝説級の大剣でゲーム終盤の必須アイテムだ。
アニメやゲーム通な俺は瞬時に理解した。これは変身ってやつだ。主人公がゲームのキャラになってしまうタイプの、だけど転生でも転移でもないこっちの世界に現界している。しかも肉体だけ。
俺が変身したモンスターはスピュルディア。殺戮を好み、襲撃イベントで頻繁に出現した。
俺は自分の性格もスピュルディアみたいになっているのではと思ったが違うようだ。
周囲の惨状を見ても興奮しないし、気にもならない。
でも高揚感が俺を支配する。今ならなんでもできそう。
「た、助けて……誰か。」
少し先で俺の友人のようだったものが助けを乞うが無視してやった。
お前なんか今の俺には必要ないね。雑魚。
急いで体育館を出て、街へ走る。俺を認識した人間は悲鳴をあげるが、それは歓喜に聞こえる。
楽しい、楽しい!感情の歯止めはなくなり興奮が冷めない。
「やったぁぁぁ!俺は最強だ!」
暗黒に呑まれた彼はそのまま、街の雑踏へ消えていった。