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同時連載。『異世界ファンタジーはハッピーエンドを求めている。』もよろしく。
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「はい! 分かり……」ララは口に出しかけた言葉をかき消そうとするように首を横に数度振る。「うん。分かったよ! カエデ!」
「うん、ありがとう」僕は安堵する。まるで陸を発見した漂流者のように。「そしてもう1つは、お礼はいらないってこと」
「えっ、いいの?」
「うん。僕は、お礼が欲しいからララと旅をするんじゃない。ララの隣にいたいから、一緒に行くんだ」
僕はそう言葉にしてから、自身の台詞に恥ずかしさを覚え、ララから寸秒目をそらした。再びララに視線を戻すと、ララも僕から顔を隠すように目を伏せていた。僕とララの身長差では、肌の部分は完全に死角となり、その漆黒の髪しか目に入らない。凄烈な月光が、そこに示唆的な模様を反映させているよう見える。それは天の川のようなかたちをとって、僕に何かを訴えかけているみたいだ。ララの個人的意思とは無関係に。しかし、それはあまりにも断片的で不親切で、僕はそのメッセージの主格すら捉えることが出来ない。これに風の捨象は全く関係ない(と思う)。
ただ、表情が全く見えないと言っても、とても照れていることは、よく分かるのだ。ララの右手が仄かに熱を帯ながら、なおかつ緊張し堅くなっているのが、握りしめる両手から伝わってくる。まるで臍の緒で繋がっている母子のように。母が下腹部を擦って胎児とコミュニケーションをとるみたいに、しゃがんで下から顔を覗き込んでみたい気持ちにもなったが、それはあまりにも無粋で、下品だとさえ思った。心持ちは母が子を想うように健全的だとしても、僕とララの間に皮膚や子宮壁のような境界は無いのだ。文学的修辞なんてありはしない。この世には、容易に触れられたり明白に表さないからこそ、価値のある事柄が幾多も存在する。どれだけ文章や物語を読み込んでも、そこに投影した小説家の真意総てはけして暴くことが出来ないように。たとえここが、僕の夢の中だとしても。
僕は申し訳なく思った。夢の中というのも関係しているのだろうか、もしくはララの完結的な美しさにあてられたのか。今の僕の口からは、常住絶対に用いない気障な言葉が次々と出てきてしまうようだ。僕はララに何かしら声をかけたかったが、逆にこれは何も思い浮かず、口をつぐんでしまった。
白いキャンバスの中で、ララだけは形と色を失わない。
少しして、ララはゆっくりと顔をあげた。頬が梅の花のように染まっている。つい触れてみたくなった。
ララは空いている左手の人差し指で、こめかみを軽くかいた。「そんなこと言われると照れちゃうなぁ」
僕はまた何と言ってあげたらいいのか分からなかった。ずっとそうだ。僕の周りを漂動している数多の言葉は、掴みにいこうとすると縁日の金魚のようにスルッと逃げていく。僕は、あまりにも言葉を知らない。
ララは口もとを結んでから、左手をおろし深呼吸をした。手を下ろした時に衣擦れの音がした。まるで凍り始めた雪に手を突っ込んだ時のような耳に居残る音だった。そして少しばかり赤みが和らいできた顔をまっすぐ僕に向け、笑顔を浮かべた。「うん、分かった」
相変わらず仄かに眩しく、可愛らしい笑顔だ。頬の紅潮のおかげで、さらに温かいものに感じた。その笑顔を見ていると、途端に先の思い巡りが馬鹿らしく思えてきた。
「ありがとう」
僕が感謝を述べると、ララは、うん、と元気に返事をした。もう恥じらいの表情はすっかり消えていた。少し惜しいなと、僕は思ってしまった。
僕とララはゆっくりと手を離す。両手、特に右手に甚だしく残っているララの柔和な温もりを、僕はずっと消えないでほしいと願った。
風は相変わらず冷ややかに、まだ奪い足りないと言わんばかりに、厚く僕の肌を打つ。しかしララが、その風から僕を守ってくれている。




