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同時連載。『異世界ファンタジーはハッピーエンドを求めている。』もよろしく。
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「……では、実演してみましょうか」
少女は唇を無理矢理に引き締める。微笑を浮かべようとしているのだろうけど、それはまったくもって微笑と呼べる代物ではなかった。ひたすらにうら悲しい表情だ。まるで片方だけ置かれた靴を見つめる時のように。ただ自分勝手な感想だけど、その表情もとても絵になっているのだ。まるで試練的な悲劇を予感させる映画のポスターのように。
少女はその表情のまま、辺りをきょろきょろと見渡した。そして僕から見て左の方にある岩を右手で指差した。岩は孤独な巨人の落とし物のように見えた。ここからその岩まで距離は40mくらい離れているだろうか。とすると、大きさは1.5mに僅か足りないくらいか。大体少女と同じくらいだ――はて、あんなもの先ほどまであっただろうか?――。少女は指差した右手の人差し指をいっそうピンと伸ばして、親指の方を上にして立てた。それはまるで、ごっこ遊びのピストルみたいに見えた。少女は右肘の辺りに左手を添え、真剣な面持ちになる。右腕に力を込めて、その滑らかな曲線が幾らか角ばった。
「『バレット』!」
少女は力を込めて言い放つ。トランペットの独奏のように張りのある声だった。すると少女の伸ばした人差し指の先から青白い光が放たれて、ビュウウと空気を切り裂いた。それは間違いなく、キシュナに殺されそうになる寸前に聴いた音だった。発射の反動で右腕が刹那的に跳ね上がる。『バレット』。英語の直訳で弾丸。まさにその名に相応しい魔法だ。
どごぉぉ!!
僕は勢いよく振り返った。その青白い光に射ぬかれた岩は、まるで女性の悲鳴のようなけたたましい音と共に跡形もなく崩れ去ったのだ。少女に救いだしてもらわなければ、きっと僕の頭はそれと同様にぐちゃぐちゃに噛み砕かれていたのだろう。
はぁあ、と深い溜め息が出る。その光景に驚愕を隠せなかった。僕と比べふた回りも小さな少女がこれほどの力を有していることに、心の底から揺り動かされてしまったのだ。そのささやかな身体におさめられた強大な力、それは一体僕の何を暗示しているのだろう?
「……すごいよ」僕は破砕された岩を見つめたまま感嘆の声を溢した。
少女は応える。「はい。――簡単に命を殺せる力です」
少女の小振りな口からネガティブな言葉を聞くと、捨て猫を視界に捉えながら通りすぎてしまった時のような罪悪感が混み上げてくる。僕は視線を少女へ戻した。構えていた両腕を下ろしていて、また唇を無理に引き締めている。相変わらず絵になるな、なんて思っている場合ではない。
「ごめん」僕はやっと謝ることができた。先ほどは意気揚々と少女とのコミュニケーションについて語ったが、それは想定していたよりもよほど困難な作業であることを痛感した。記憶とアイデンティティの喪失は思っていたよりも根深く、適切なコミュニケーションを著しく阻害する。
「いえ、あなたは何も悪くありません。ここは本来キシュナみたいな危険なモンスターが出没する場所では無いですし」と少女は言った。
確かに客体的で局地的に事態を見れば僕が悪いわけではないのだろう、ただ主観的に総体を俯瞰をすればそれは間違いなく僕のせいだった。少女に殺生をさせたのは、紛れもなく僕自身が求めたことだからだ。
「怖かったよね」
「え?」少女は予期せぬ言葉に驚いた。
「生き物を殺すことだってそうだし、何より君が『バレット』を外していたら、キシュナは君に標的を変えて襲い掛かってきたかもしれない。あの巨体がとてつもない速度で君に突進してくるんだ。そのまま何もせず逃げ去ってしまいたいとか、頭を過ったんじゃないかな」
我ながら何と配慮に欠けた質問を投げ掛けているのだろうと思う。自身の命を救ってくれた恩人に対して何たる口の聞き方だ。僕は元来ここまで厚顔無恥な人間なのだろうか。……いや違う。何故なら僕の心はきりきりと痛んでいるからだ。多少なりともお互いの心を痛めても、迅速な質問と速やかな解釈が必要であることを僕は確信している。いつまた蛇が僕に牙を向けるか分からないのだから。そして少女が彼女自身の意思で僕から離れてしまうことは絶対にない。何故なら僕と少女の繋がりは、少女の大好きなおばあちゃんの篤い予言なのだから。僕はそれに甘えているのだ。




