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同時連載。『異世界ファンタジーはハッピーエンドを求めている。』もよろしく。
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ぷっ。
緊張の一切が抜けて、密着していた唇が音立てて離れた。
本当に美しい少女だ。背は低く歳は13,4ほどに見える。小柄で華奢ながら姿勢はノーブルに伸びて美しく、実際よりも大きく見える。長い黒髪をまっすぐ下ろして、草原と同調するように揺れている。草原がアメジストなら、少女の髪はまるで黒曜石だ。二重の大きな目と焦げ茶色の瞳を持ち、それらはきれいにカットされたトパーズを連想させた。すらりとのびた小さな鼻の下に南国の果実のように潤った唇を持っている。それは春雲のような白い肌に乗せられて、よりその艶を浮揚させた。巫女のような衣服を纏っていて、それがさらに少女の神秘性を際立たせている。その少女の総体に草原の紫の光が反映していて、その度合いは臍のあたりから上にいくとグラデーションがかかって薄くなっていく。首から上になるとそれもほんの僅かとなるが、その潤った唇のみが健気に紫を映しているように見える。
完結的とさえ称せるほどに、少女の存在には一分の隙もない。紫の草原よりも、あの満月よりも。
本当に、本当にきれいだ……。
「あのぅ」少女は困ったような声を出す。面映ゆそうな表情を浮かべていて、僕は不躾に見つめてしまっていたみたいだ。
「あぁ、ありがとう。助かったよ。――ところで今の光、あれは一体何なんだい?」僕は仕切り直すように感謝を述べて、重ねて質問した。きっと僕は子供のような顔をしているに違いない。
「ふふ、『ヒール』をかけたんですよ」少女は答えて、唇を結んだ。
「『ヒール』」
その言葉の響きすらまったく聞き覚えがないといった素振りで、僕は少女の言葉を抜きだした。しかし実際は、その言葉の意味と力を概ね理解している。僕の肩に触れながら何かしらを呟き、瞬時に僕の身体を癒したのだ。考え得るものは1つしかなかった。
「もしかして、魔法を知らないんですか?」
理由はよく分からないが、少女は期待に満ちた明るい表情を浮かべた。どこか丸みを帯びた、ディズニーアニメーションのプリンセスがよく見せるあの表情だ。
ディズニーとかイリヤ・レーピンとか、ダヴィンチとかデカルトとか、そういった文化芸術についてはしっかりと記憶していることに、僕は心の内でのみ驚いた。
そう、少女は魔法を使ったのだ。まさしくディズニー的だ。
我ながら良くできた夢だ。
兇猛な獣に襲撃されたところを、通りすがりの美しい少女によって救い出される。創作において許多と扱われている展開だ。ここまで物語として成立している夢を見るのも初めてかもしれない。ほんと、今夜は初めての体験ばかりだ。昨日の日中に、夢に過剰のリアリティとイマジナリィを注ぎ込むような、何か特別の事件でもあったのだろうか? ……やはり、何も思い出すことはできない。依然としてまっさらだ。僕は心の中で溜め息をつく。やれやれだ。それにしても、僕は未だこのような古典的で保守的なファンタジーに憧憬を抱いているのだろうか。それとも、あまりに奇矯で入り組んだ物語を構築するのは僕の頭では難いのかもしれない。まぁいいさ。現状でいくら考えても仕方のないことだろう。僕がまず対峙しなければいけない命題は、このような不明確な有り様で、僕はこの美しい少女とどれほど深く対面出来るのだろうか。それに尽きるのだ。




