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同時連載。『異世界ファンタジーはハッピーエンドを求めている。』もよろしく。
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「最後、これが一番の疑問なんだけど、ララは、今の自分達にある身分制度や、魔法使いの閉鎖的な才能至上主義を嫌っているよね?」国家試験に合格しないと、営利目的に魔法を使用することは違法になるらしい。「だったら、何で魔法使いになりたいんだい? これは明らかな矛盾のように思えるんだ」
「……私は、ただ嫌っているでは嫌なの。社会の仕組みが間違っている、だったら世界を変えなくちゃって思うの。『世界がおかしいと思うなら、世界でなく自分を変えろ』という人がいるけど、私にはどうしても納得できない。問題から逃げているようにしか思えないの。いくら目を瞑って耳を塞いでも、思想も転向しても、目の前で子供が泣いている現実は変わらないもの。でも、そのためには、やっぱり力というものが必要なの。巨大な敵を倒すためには、時にはその腹の中に飛び込むことが必要なんだよ」
「……なるほど。ララは強いね」僕はララを、とても羨ましく思った。僕は自分を変えた側の人間だと思うから。少なくとも外面的には。
「あっ」
ララは唐突に声を漏らし、ナップサック――便宜的にこれからそう呼称する――の中から銀色の懐中時計を取り出して時刻を確認した。風防と文字盤と指針がうすらと月光を反射して、まるでシンプルなジュエリーのようだった。そして、それはララにとてもマッチしていた。
「もうこんな時間だね」と、ララは言った。そして僕の顔に視線を戻し――人懐っこい笑みを携えて――、草原の先の方へ右腕をまっすぐ伸ばした――懐中時計は左手に――。次いで右手人差し指をピンと張り、何かを指し示す。「ここから見えるあの山の麓に宿があるの。ひとまずそこに向かおう」
僕はララの意に反し、ララの指差す対象でなく、対象を示すララの指先を見つめてしまう。『バレット』の時とは違い、手の甲が上を向いている。角度も地と水平でなく僅かに斜め上を向き、その細くしなやかな人差し指がより映えている。まるで満月を仰ぎ見る狼のようだ。その有り様に、僕はどうしてもマイケル・ジャクソンを重ねてしまう。
ララが指を畳み腕も下ろす。僕の視線もそれに追従する。「カエデ?」
「ああ、ごめん。ちょっとボーッとしちゃってた」僕はララの顔を見て謝る。ララは幾らか心配の表情を浮かべている。「大丈夫だよ」
「――そう。ならいいの」ララは方程式でも解くような顔をしてから、そう答えた。
僕はララの要請に遅ればせながら従った。先のララの指の有り様を想像で補足しながら。あの白月のある方、その真下に大きな山がある。それは山と言うよりは山地であり、大小様々な山が横に数十kmと連なり伸びている。ここからではその端を把握することは出来ない。
次いで僕は、ララの懐中時計を見下ろす。形や作りは僕が知っているものと大差無かった。差異をあげるとすれば、文字盤の数字がまるで見覚えのない記号だったくらいだ。どうやらこの世界は、言葉や文法や発音は同様でも、文字だけは全く相違なるもののようだ――これも何かの象徴なのだろう――。しかし、割り当てられた数字の箇所は違わないと仮定するなら、今は夜の9時半過ぎだと推測できる。
僕は周辺に展開されている壮観を具に見渡してみた。左に振り向き右に振り向き、後ろを振り返り前に戻る。それを幾度か繰り返す。僕とララが立ちつくすこの紫の草原は、四方を峰々に囲まれた、まるで世界から完全に隔絶されたような処だった。それが僕に、ひどく愕然としたイメージをもたらした。言葉にしたくない。今はまだ。
「どうしたの?」
「……うんうん、何でもない」
ここから目的の山まではなだらかな上り坂になっていて、麓は牧場の柵のように見える細長い林になっている。その林までは1㎞ちょっとくらいの距離がありそうだ。そのどこかに、ララが言う宿がある。
僕はもう1度ララが指差した山を見た。あの稜線にはとても見覚えがあった。しかし、それが自分の中でうまく結合しない。ただ近所のおばさんにあるような妙な親しみだけが、深海の泡のように浮上してくるだけだ。
「そうだね。急ごう」僕は返事をして、ララと共にその宿に向けて歩き始めた。
風も急き立てるように、僕の背中を押す。




