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同時連載。『異世界ファンタジーはハッピーエンドを求めている。』もよろしく。
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「……もちろん。僕もまだ見たことがないんだ。自分のね」
確かにララの言う通りだ。僕は先まで幾度と、小学生の作文のように愚直に自身について語った。しかし、果たしてそれが客観的で公正的な僕なのかと問われたら、そうだ、と言える自信はない。僕たちは自らの背中を直接見ることは出来ないのだ。鏡を使って見ることしか出来ない。だが、僕たちの所有する鏡はひどく歪んでいる。サルバドール・ダリの『記憶の固執』の時計のように。とても見れたものじゃない。ならどうするか。誰かに直接見てもらって教えてもらうしかない。黒子の数やできものの数まで克明にスケッチをしてもらわないといけないのだ。それはとても時間のかかる作業だし、あまりの疲労で頭から地面に倒れこむような惨事になるかも知れない。でも、僕とララなら、やり遂げられる。もう虚しく独り語りをする必要はなくなるのだ。たとえそれが、外面的にはひたすらに孤独な作業であっても。
しかしそこに辿り着ける前に、『黒い腕』が、僕をあちら側に引き戻すだろう。それは幾億の歳月と潮風と波によって損なわれ、黒く、いや、暗黒そのものにまで染め上げられた、月のクレーターのように無機的で荒々しく獰悪な腕だ。僕はその腕に何度も捕らわれ、失われてきた。空を飛んでいる時、人魚になって海を泳いでいる時、動物に変身して野を駆け回っている時、海賊や軍隊と戦っている時、あの腕はまるで夏に降る氷の粒のように突然に、『ゴースト/ニューヨークの幻』の地獄からの使者のように、無慈悲に無感情に、僕をそこから引きずり下ろし、混沌渦巻く地の底に閉じ込めてきた。楽しい夢であるほど、奴は現れた。
この夢は至上だ。きっとこの夢でも、奴は来る。僕はそれが恐ろしくて仕方がない。あの月には、クレーターが無いのだから。
「ねぇ、カエデの世界のことをもっと聞かせてよ」
僕はプシュケが平静を取り戻すのを待ってから、ララを見直した。ララはその大きな目をさらに見開いていた。これから僕が語ろうとする口舌を、全身で感じ取ろうとしているようだ。全身総てを新品のスポンジのようにして、水分を認めたら跡も残さず徹底的に吸収するつもりなのだ。そのララの佇まいを見ていると、僕も昔、よくこういう顔をしていたことを思い出した。そして、途端に胸を締め付けられるような感覚を覚えた。あの頃を懐かしく思った。あの頃は自身を支えるのがとても楽だった。生と死は自身の内で完全に分離されていて、生の輝きを遮られることなく浴びることができた。目に映るものすべてが、新鮮な夏野菜のような瑞々しさを持っていた。しかしそれらは、トラックに轢かれたように中身をぶちまけ、ぺしゃんこになって、やがて腐ってしまった。後に残ったのは青臭い異臭だけだった。
種も土も、死んでしまった。




