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同時連載。『異世界ファンタジーはハッピーエンドを求めている。』もよろしく。
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「……誰かに連れ去られてきたってこと?」
ララは顔を上げて、さらに質問を重ねた。どうやら事態の動因を、悪意ある第三者の介在と定めたみたいだ。申し訳なさそうに僕を見ている。不意に僕を傷つけたと思っているんだろう。眉尻が、まるで頭を垂れるように下がっている。
「分からない。多分違うと思う」
「……もともとはどこにいたの?」
「――――ここじゃないどこか、かな」
「どういうこと?」ララは眉を寄せ不機嫌な表情を浮かべた。僕に揶われていると思ったのかもしれない。
いつもそうだ。僕はいつも言葉選びに苦慮し、大抵の場合全く的外れなものを引き当てる。僕は衆多の敵に囲まれ、攻撃され、畢竟には他者との間に壁を作ることにした。それは僕の専用として型どりまでした極薄の膜のようなもので、僕の全身に隙間なく糊着し、表情や思想、発言や企て、外面的に顕れる事象総てを静謐に隠匿した。その代わりとして、その膜の表面には小気味良い表現が映し出される。そのほとんどは、これまでに触れた取り取りのフィクションからの借り物だ。そうして、僕は滅多に傷つかなくなった。悉くその膜の表面で打ち消され、他者は誰も僕の心に闖入することは出来なくなったのだ。
そうだ。結局のところ他者から感じる疎外感は、僕自身の映し鏡なのだ。僕は僕自身に槍を向けている。壁から出るな、外は恐ろしいぞと。刃先をちらつかせ、痛いほどの光の反映を目に焼き付かせながら。だからララは、壁のこちら側にいなければならない。目を瞑っても触れられる範囲内にいなくてはならないのだ。
僕は慌てて言い直す。「いや、言い方が悪かったね。何もかもが違うところといった方がいいかな」
「どういうこと?」
ララは寄せていた眉をより離し、本当に頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいそうな顔をした。ころころと変わる表情を見ていると、本当に揶いたくなってくる。耳元で小振りな鈴が鳴っているみたいだ。
「風景も、空気も、世界の理も、何もかも違うんだ」
「もっと分かりやすく言って!」
ララは声を荒げて怒った。ちょっとやり過ぎてしまったようだ。しかし怒っているララも、相変わらずとても可愛らしかった。大丈夫だ。ララはちゃんと僕の側にいてくれている。
「僕のいたところには、魔法という言葉はあっても魔法そのものは存在しない。月もあんなに大きくないし、こんなにきれいな自然や空気じゃない。まるで違う世界に迷いこんだみたいだ」
「……つまり、カエデは別世界から来たの?」
「……別世界……そういうことになるのかな。――こういうことってよくあるの?」僕は何気なく聞いてみた。ララが別世界という結論を導くのに、妙な軽さを感じたからだ。
「うんうん。よくはない。でも、たまに起こるって聞いたことがある」
なるほどと、僕は言った。僕も本当に偶さかに、こんなにも素晴らしい表象を見ているのかも知れない。
ララの言葉に偽りはないと、僕は思った。あの延々と続く深いぬかるみのような世界と比べれば、ここは陽光差し込む森の小径のように思えた。すべての事象が僕に深く作用してくる。僕の心の奥深く、深潭にまで届いて、速やかに染み込んで浸していく。陽光のかたちをとった事象はさらに僕の生来の熱と重なって、僕自身を内側からぽかぽかと温めてくれる。まるで名湯に浸かっているようだ。時の天下人が足しげく通っているみたいな。
本当にここは、あそことは多くのことが異なっている。
「……うん。カエデの違和感の正体がこれで分かった。……よかった」ララはじっと僕の目を観察し、そして安堵の表情を浮かべた。
僕も映し鏡のように安堵の表情を浮かべる。ララに懐疑的な眼差しを向けられるのは、けして気持ちのいいものではなかった。その間、僕を取り巻く時間と空間は扁平に引き伸ばされ、僕のプシュケは酷い息苦しさを感じていた。まるで横暴な不可視の手が僕の口と鼻を抑え込んだみたいに。その手は解き放たれ、新鮮な空気が今、僕の身体を駆け巡っている。しかし、時間と空間、プシュケが公正的に戻っても、ララに総てを話せないという気持ち悪さと罪悪感だけが、水浸しの靴に足を突っ込んだ時のように冷たく心に残り、新鮮な空気と共に身体中を駆け巡る。
ごめんよ。




