君への手紙
隔日連載予定。
僕はひとえに、君のためにこの文章を書いた。
いや……ごめん。それは嘘だ。僕は、僕自身の救済のためにこの物語を綴ったんだ。
とても長い時間を掛けてしまった。その間に僕は高校と大学を卒業し、兼業作家として幾つかの小説を世に出した。本当は最初にこの物語を出版したかった。ただ若く、執筆についての蓄積がまるで無かった僕は、君を文章に落とし込むことがまるで出来なかった。当時の僕が君のことを語ろうとすると、言葉は僕のもとから清廉な煙のように離れていき、後には何も残らなかった。
僕は途方に暮れた。
そのことをどうか許してほしい。でも君なら、紫の雨の中で、微笑んで許してくれると僕は信じている。
僕は、人生で初めて物語を紡いたんだ。もう僕の手には届かない君を、君の仕草を、笑顔を、志を、行動を、末永く保存するために。ただそれは、慰めのための救済ではない。僕が自立し前進するための決意なのだ。人々がより良い未来に進むために、あえて悲しい歌を唱うみたいに。
しかし、いざ君のことを書き出そうと思うと、僕は絶望的な気分に襲われることになった。僕が書くことのできる君は君そのものではなく、僕自身の主観や感性、能力によって歪められ、もしくは切り出された君かも知れなかったからだ。いや、実際にそうだったのだ。僕が君のことを語ろうとすると、言葉は僕のもとから清廉な煙のように離れていき、後には何も残らなかった。だからと言って、僕は君を書き出すことを諦める訳にはいかなかった。僕はいくつもの『旅』に出て、その先々で君のことを限りなく正確に表現出来る言葉を見つけてきた。しかし時に騙され、欺かれ、紛い物を掴まされたりもした。順調にいっていると思われた作業が一時中断したり、幾度も最初からやり直すはめになった。でもその度に、君は違う表情で僕を迎えてくれた。それはまるで雲の中を泳ぐように心地よくて、僕は信念を失わずにすんだのだ。君は文字と思念のみの存在になっても、変わらず僕の背中を感触を覚えるほどにまで押してくれた。
そしてここにようやく、『僕と君の物語』が完成した。その旅が『君の物語』から、『僕と君の物語』へと昇華させてくれたのだ。僕にとって、君を言葉に変換する作業はひどく苦痛なものだった。もう言葉の上でしか君に触れられないことを、その度に実感したからだ。しかし、それは同時にとても楽しい作業だった。まるで煌びやかな音の鳴る方へひたすらに歩いていくような楽しさだった。
ありがとう。僕は間違いなく救われたよ。
『言葉は力を持ち、作品は永遠に生き続ける』
『作品』になった君は、翡翠の勾玉のような美しい歌声を響かせて、素晴らしい『人間讃歌』を語ってくれるだろう。様々な事象、人々をきれいに置き換え、とても素敵なところに僕たちを運んでくれるだろう。
それは僕の歌と言葉じゃないかって? いや、総ては君のおかげだ。総ては君がいたからさ。
最後にもう1度言いたい。
ありがとう。僕は、『ララ』、君に救われたんだ。




