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ハーメルンのぼやき男

作者: 南野 雪花


 ネズミが増えて困る、というのは間違いだ。

 猫だって犬だって、いっそ人間だって、増えすぎたら困るに決まっている。


「そもそも、原因すら探ってない状態で退治してくれって話にはならないだろ」


 不機嫌に言って、私は唇をゆがめた。

 突き放しているように聞こえないとしたら、この市長は医者にでも診てもらった方が良いだろう。


「そこをなんとか。本当に困っているんだ」


 食い下がってくる。

 知るか、という思いでいっぱいだ。


 食事をしていたら屈強な男たちにいきなり声をかけられて、かなり強引に市長の家に連れてこられた。

 まだ半分も食べてなかったのに。


 この状況で上機嫌になれるほど、私は人間ができていない。


 だいたい、こいつらは魔法使い(メイジ)を便利屋か何かだと勘違いでもしているのか。


「仮に、百歩譲って、君たちが困っているとして、どうして私がそれを助けないといけないんだ?」


 魔術協会(アカデミー)に所属する魔法使いたちは、見聞を広げるために数年に一度の割合で旅をする。

 私がこのハーメルンの町に立ち寄ったのはたまたまであって、彼らの問題を解決すめためではない。


 そもそも、我々は世俗の出来事に対して不干渉というのが不文律だ。

 困っている人を見かけたら助けましょう、というのは、魔術協会ではなく教会の教えだろう。


「か、金なら払う」


 そーゆー問題じゃないじゃないんだが。


「私の話をどこで聞いてるんだ? 増えすぎた原因が判っていないのに、ただ退治するのは危険だと言っているんだ」


 深く深くため息をつく。

 なんで凡俗の徒というのはこんなにも愚かなのだ。


 ネズミが増えすぎてます。そりゃ困るだろうさ。

 失業者があふれています。そりゃ困るだろうさ。

 犯罪者があふれています。そりゃ困るだろうさ。

 伝染病が流行っています。そりゃ困るだろうさ。


 で、私にどうしろと?


 ネズミを殺せば良いのか? 攻撃魔法でも使って。

 それでなにか解決するのか?


「問題には必ず原因がある。それを探らずして解決などありえない。逆にに言えば、きちんと原因がわかっているなら必ず解決策は見つかるということだ」


 くい、と、私は帽子のつばをあげる。

 市長がものすごく嫌な顔をした。


「私たちは、いま困っているのだ! 悠長に原因究明などやっていられるか!」


 怒っちゃった。

 典型的な、今が良ければそれでいいってタイプだな。

 こういう輩に限って、自分は将来を見越していると思っているのだ。


「原因を探る気はない。ただネズミを退治したい。と、貴公はそういうんだな?」

「当たり前だ!」


 当たり前なのか。

 まあ良いけど。


「それで私の力を借りたい、と、そう主張するのだな?」

「そうだ!」

「ならば、何も調べずにネズミは一掃しよう。しかし、その後については責任を持てないぞ」


 面倒くさくなったので、私はそう言い放った。

 ていうか、腹が減ったんだが。

 宿に戻っても、もう食事は片付けられているだろうな。






 ネズミなどを操る魔法は、そう難しくない。

 一部の不死者(アンデッド)にだって、できることだ。

 町全体となると少し時間はかかるが、それでも十日のうちにネズミを一掃することに成功した。


 そして、その後が地獄だった。


 ネズミが増えるということは、それを捕食する犬や猫も増えるということ。

 突如として餌を奪われた野犬や野良猫は、違うものを襲って食べるようになった。

 すなわち家畜や人間だ。


 しかも抵抗力の弱い子供が重点的に狙われる。

 人間なんて、個体戦闘力はものすごく低い。同じ大きさで比較したら最弱といって良いだろう。


 人間は弱い、と、認識した野犬たちは徒党を組み、次々に民家を襲ったという。

 自警団が組織され、なんとか野犬どもを殺し尽くしたときには、子供たちの被害は百名を超えていた。





「笛吹き男、か」


 ハーメルンを遠く離れた空の下、エール酒を傾けながら私は独りごちた。

 二月ほど後のことである。


 吟遊詩人のうたう歌、というカタチで彼の地の噂を聞いた。


 町にネズミがはびこり、人々は困じ果てていた。

 そこに道化師が現れ、ネズミを退治してみせると豪語した。

 市長たちは疑いながらも彼に事態を委ねた。


 道化師が笛を吹くと、ネズミどもは群れをなし、次々と川に飛び込んで死んだ。

 こうしてネズミは退治されたが、市長は道化師に報酬を支払わなかった。

 怒った道化師は、町の子供たちを笛で操り連れ去ってしまった。


 ずいぶんと戯画化されているが、道化師とは私のことだろう。

 笛は呪文詠唱のことかな。

 まあ、すっかりと悪役にされてしまったらしい。


「いいんだけどな。私たちは大抵いつでも悪役だ」


 結果だけを求める連中にとっては、ちゃんと原因を調べろと主張する魔法使いは、きっと鼻持ちならないのだろう。

 人は安易に成果を求め、途中経過を軽視する。


「たぶん、何百年経っても変わらないだろうな……」


 酒精混じりの息とぼやきを吐き出し、私はテーブルに幾枚かの銅貨を投げ出した。

 ちゃりん、と、安っぽい音を立てる。


 まるで私を非難するかのように。


「よせよ。ちゃんと私は忠告したんだぜ」




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― 新着の感想 ―
[良い点] いつもと違う雰囲気ですが‥‥この感じも良いですね。 連載でぜひ!
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