コドクなセンタクキ
なぜ、そんな事をしたのか? それは彼自身にも答えられなかった。ただ出来心だったのだ。彼は運命に導かれるように洗濯機の中に入り込んだ。
洗濯機の中で体育座りすると、彼を覆う洗濯機の内壁が液晶画面になった。彼は混乱して洗濯機から逃れようとする。だが、洗濯機の蓋はなぜいつの間にか閉まっていて開くことは無かった。
洗濯機の液晶には金属の穴が開いた地面と鉄の壁に覆われた広大な空間が広がっていた。その広大な空間に洗濯機がまだらに散らばっていた。
「なんなんだよ!!」
彼の悲痛な叫びは全く届かない。洗濯機の液晶をタップすると洗濯機が揺れて動いた。
洗濯機の内側の液晶はタッチパネルになっていて洗濯機を操作できることを彼は気がついた。タップした方向にタップしている間、洗濯機が進むのだ。
彼は液晶をタップして洗濯機を動かした。とりあえず一番近い洗濯機をタップした。彼はまた出来心で液晶から手を離しまたタップした。ダブルタップだ。
するとタッチした部分から親指より二回り大きい緑の光が飛んでいった。一番近い洗濯機に緑色の光が命中して爆発した。
「おい、俺はヤってねーぞ」
彼の悪態を聞く者は誰もいない。
他の洗濯機も動き始めた。他の洗濯機からも緑の光が放たれた。緑の閃光が辺りを飛び交った。彼は自分に向かってくる緑の光を直視できず液晶をデタラメにタップした。
「チクショー」
彼の操る洗濯機のデタラメな挙動は奇跡的に全ての緑の光の着弾を回避した。
そうして彼は半狂乱に陥った。デタラメなダブルタップで緑色の閃光を乱射した。爆発が鉄の空間で頻発する。
彼は自分に向かってくる緑の閃光を巧くかわしていった。緑の閃光は光に圧倒的に劣るスピードで動いていて、厳密に言えば緑色に光る低速のなにかだろう。
気がつけば彼は最後の洗濯機に緑の閃光を当てていた。
彼の息づかいは荒い。彼は先刻まで呼吸を忘れていたのだ。呼吸を思い出し過呼吸になった。
「俺は殺してない。俺は殺してない」
彼は震えながらそう唱え始めた。彼は自らが爆発させた洗濯機に人がいた可能性に思い至ったのだ。
彼の洗濯機の蓋が開いた。
彼はおそるおそる洗濯機の外へ出た。彼の家の洗濯機と同じ物でこの非常識的な空間で唯一日常的な物に触れて、つい抱きしめてしまった。
『やあ、勝利者君。我々はウオッシュマシン星人だ』
彼が抱きついている洗濯機がいつもの音声ガイダンスと同じ声でそんなことを言った。
『我々ウオッシュマシン星人は、この人間星の洗濯機に憑依して、洗濯機適性のある人間を洗濯機の中に集めてウオッシュマシン星の侵略兵器をつくりたいのさ』
そう言う洗濯機に恐れを抱いた彼は後ずさった。
『もう遅い、ここはウオッシュマシン星人の宇宙船、洗濯機号だ。今は地球の衛星軌道を周らせてもらっている。十分後に地球への侵略を開始する』
「止めろ」
彼はその場の思い付きでまた洗濯機に乗り込んだ。彼は洗濯機の内部から鉄の穴に向かってタップを連続でおこなった。連続で放たれた緑の閃光は洗濯機に穴を開けた。空気圧の差により彼の搭乗する洗濯機は押し出された。
外から見たウオッシュマシン星人の宇宙船は巨大な洗濯機の形をしていた。
巨大洗濯機から大量の緑色の閃光が放たれる。
彼はそれをぎりぎりで回避した。
彼は洗濯機の弱点について真面目に考え出した。そして、洗濯機の液晶やボタンなどがある上部をなんとなく狙ってタップした。
巨大洗濯機は爆発した。
その後、彼がどうなったかはご想像にお任せしよう。