君と、相合傘を。
粗忽者め。
あいつを見つけて、最初に湧きあがった言葉はこれだった。
学校帰りの商店街。閉店日でシャッターの閉まった店の軒先。
クラスメートの内藤が、夏服の肩をびっしょりと濡らして佇んでいる。薄い色目の髪も濡れ、いつもよりも色が濃かった。
空からはすでに結構な雫が降り落ちてきている。足もとのアスファルトがすっかり色を変えている。
今朝の天気予報では、朝のうちは晴れていても急速に天候が崩れると言っていた。
『急な雨や落雷にはご注意ください』。
それはまあ、決まり文句のようなものではあるが。
俺は小さく息を吐きだした。まったく、相変わらず迂闊な奴だ。
もっとも彼のところは、少し前に母親を亡くしていて、今は小さな弟のいる完全な「男所帯」だ。いま現在、彼が家事の多くを一手に引き受けていることは知っている。特に朝ともなれば、まだ小学校低学年の弟の世話もあって、自分のことは二の次、三の次だろう。無理もない話ではある。
俺は足早に彼のほうへ近づいた。
寒そうに足元に落とされていた彼の視線が、俺の靴先を見つけて上がってくる。
「……あ。佐竹」
途端、彼の顔いっぱいに面目なさと羞恥とが広がった。
いや、だから恥ずかしいならもう少し、事前にどうにかする術を身につけろ。
と、ここで言っても始まらないのは百も承知だ。
俺は黙って自分の傘を彼の頭の上に差しかけた。
「入れ。早くしろ」
「え、え……? でも──」
「四の五の言うな。時間の無駄だ」
それだけ言って、問答無用とばかりに奴の首根っこを引っ掴み、傘の下に引き入れる。
「行くぞ」
「あ、いや。えっと、佐竹……??」
「やかましい。お前が風邪をひいたら、困る人がいるんだろう。少しは考えろ」
目を白黒させている内藤のことは無視して、俺はいつもの二割増しの歩度で進んでいく。
「いやあの、男二人じゃさ……佐竹、めっちゃ濡れちゃうし──」
相変わらずどもってああだこうだ言い続けている内藤の首もとを掴んだまま、俺は無言で足を進める。
本格的な夏まで、あと少し。
彼の髪から、ふわりと雨の匂いがした。
了
2019.6.8.Sat.
遥彼方さまによるお題から着想したものです。
お題は
雨が降り出し、歩いていた主人公が傘を広げる。
↓
軒先で雨宿りしている同級生を見つける。
↓
相合傘をして二人で帰る。
これを一人称で書いてみよう、というものでした。
遥彼方さま、素敵なお題をありがとうございました^^